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冥府の門番は嘲笑う  作者: 川端 怜汰
2/2

story 02 - 決意

個人的には主人公の性格いらっときたり。←









父さんと母さんの火葬が終わった。

葬式には2人の仕事関係の人間が軽く100人程集まり、手を合わせてくれた。

伊達に仕事ばかりしていなかったようで、何人もの人が涙を流し、俺に2人の話をしてくれた。


「後輩思いの先輩で、とても好かれていた」とか、

「部署1仕事の早い人で、頼りがいのある人だった」

一番多く耳に入ったのは、

「息子1人家に残す事をとても心配していた。けれど、息子が困った時ややりたいことが出来た時に力になりたい、と毎日の様に話してましたよ」


だった。

目元が熱くなるのを感じながら、俺は必死に普通の顔を貫いた。


一方で親族達は、葬式の間も火葬の間もずっと何人かに固まって噂話に徹していた。

「 息子さんひとり残して自殺なんて ... 」

聞こえてるわ。黙れ。お前らが言うな。何しに来たんだ。

帰れの一言を熱された鉛玉を呑む気持ちで抑えた。

一通りの事が終わって、遺産相続や土地関係の話になると親族達は目の色を変えて俺に擦り寄ってきた。


腸が煮えくり返るとはこの事かと思った。


拳が潰れるまでその胸糞悪い作り笑顔を殴ってやろうかと思った。


皮肉にもそれを止めるのは両親で、俺の脳内を真面目の三文字が駆け巡る。

深呼吸をすれば落ち着いてしまう、自分の冷静さに呆れた。

寄ってくるゴミ共をまるで居ないもののように俺は歩き出した。

一歩踏み出す事に肩や腕がぶつかる。

それでも「何事も無かった様に」俺は進む。

呼び止める声は中学生の下手くそな応援歌の様に俺の耳を左から右へとすり抜けた。

親族の中でも一番年配にみえる五十代半ばの男が、痺れを切らしたように俺の肩を掴んだ。

まるでドラマの中にいるようだ。

男は「下手に出てれば調子に乗るなよ。」と言う。


ちゃんちゃらおかしい。

俺は叫んだ。

嘆き疲れた喉を震わせて、叫んだ。


「 ふざけるな!!!」


男や周りの大人達の顔が、一瞬びくついた。

後退りする女も居た。

俺は荒らげた息を直そうともせずに、掴まれた肩を強引に払った。

視界に入る大人達の顔は、すべて歪んで見えた。

並んだ真新しいスーツが、父さんと母さんを思わせた。

使い込んだ2人のスーツはいつだって綺麗だった。

夜遅くに帰る頃には二人共ヘトヘトな筈なのに、丁寧にアイロン掛けられたスーツが毎朝バスルームの壁に掛けられているのを見ない日は無かった。

「一流の仕事をする一流な人は、一流なものを身に付けて一流な身なりで居なければならないのよ。これは、どんな仕事でもどんな状況でも通じる事。人の上に立つ者として、適した言動を心掛けなさい。」

それは、母さんがいつも口癖のように言っていた。

それを聞きながら、恥ずかしそうに父さんが笑って。


もう二度と聞くことのない言葉だと思うと、止められない何かが湧き上がってくるようで。


泣くな。泣くな。泣くな、泣くな。

こんなゴミのような人間達に、見せる涙はない。

誇らしく居ればいい。

俺を一人にした父さんを許さない。

けれど、許さないのは俺だけでいい。


噛み締めていた奥歯が、学校のパイプ椅子を引いたときのような音を立てた。

それで俺は強く握り締めすぎた掌が赤く滲んでいる事に気付いた。

ゆっくり、ゆっくりおろし金で肉を剃られるような鈍い痛みが、涙を引かせてくれた。

開いた指の爪の先が淡い朱色で塗ったようになっていて、痛々しかった。

大人達はそれを見て顔を歪めると、やっと俺を見た。

痛みに同調した様な苦い表情を浮かべながら、1人の若い女性が後ろの方から恐る恐る近寄って来た。

そういえば、この人だけは遺産の話にも食い付かず、後ろの方で心配そうに俺を見ていた。

ような、気がする。確信はない。

女性は小さい鞄から束になった絆創膏を取り出すと、俺にそれを差し出した。

俯いたまま何も言わなかった。


生ぬるい気持ちになった。

例えるなら、そう、日に当てられたペットボトルの水と炭酸の抜けた清涼飲料水を混ぜたのを飲んだみたいな気分だった。

食いつく食いつかないの問題ではなく、俺は大人達に怒りを覚えていた。

けれど差し出された好意を跳ね除ける理由も無かった。

俺は小さく「ありがとう」と呟いて、絆創膏を受け取った。

もう、誰も俺に声を掛けなかった。

暫くの沈黙のあと、あの男が俺の肩を優しく叩いて「すまなかった」と言った。

塞き止めていた何かが豪快な音を立てて崩れ落ちた気がした。

膝を付いて、俺は顔を伏せた。

押し殺しきれない嘆きが火葬場に響いた。

熱い釜とは打って変わって大理石の床は冷たかった。

一粒涙を流す毎に思い出すふたりの影があった。


嗚呼、俺は本当に1人になってしまったのだ。

亡くしてしまった。

不思議に思っていた冷徹さが今こそ発揮されろと思った。

でも俺は人前で無様にも涙を流す。

もしも男が「すまなかった」ではなく「気持ちはわかる」とか「落ち着け」とか他の言葉を俺に掛けたなら、きっと俺は大人達をゴミとして見たまま、一人家でまた泣いていたと思う。

アルバムを濡らした数日前のように。

繊細な何かがあったのだと思う。

自分の中で「彼等」が「ゴミ」から「対等な位置」へと変わった。

自分の気持ちであるのに、確信的な何かが無いのことに、らしくないなんて俺は思った。

相も変わらず冷静さを取り戻すのにさほど時間はかからなかったけれど、俺が人前で泣くことは生涯この一度だけだろうと真剣に思うほど、その時の熱は凄まじいものだったと思う。



大人達は、俺が泣き止むまでその場を離れなかった。

俺の背中を摩ったり、同調するように泣き出す人も居た。

涙の枯れた乾いた目は瞬きするのも苦痛だった。

顔を上げると、母さんと父さんの遺骨を重そうに抱えた絆創膏の女性が居た。

きっと状況を察した係員が俺には渡せず、彼女に託したのだろうと思った。


空っぽになっても重い身体を起こし、俺は女性から遺骨を受け取った。

二度目のありがとうを女性に伝えると、道端にのどかに咲くたんぽぽの花のように、彼女は柔らかく微笑んだ。


俺はゆっくりと火葬場の扉の前に立った。

すると遺骨で両手の塞がっていた俺の代わりに、あの男が代わりに扉を開けてくれた。

少しずつ開く扉から外の光が差し込んだ。


その一瞬だった。


「 危ない ――― 」


男の後ろに立っていた絆創膏の女性が、叫びながら顔を強ばらせ、俺ごと横に押し飛んだ。


車のタイヤの叫び声と、硝子が砕け散る音がした。


「 きゃああああああ 」


火葬場の入口に突っ込んできたのは、黒い乗用車だった。

入口の扉を押し破り、大人達の何人かを下敷きにしている。

その中にはあの男も居た。

大理石の床は赤黒い液体が書き殴ったように染められていて、父さんの最後を思わせた。

無事だった数人の大人も腰を抜かし、叫ぶ。


当の俺は、女性がいち早く気付き、一緒に押し飛ばしてくれたおかげで少々の打撲と飛び散った硝子の欠片で腕をかすったくらいで済んだ。


目の前で起きたことを理解しきれず、俺は口を開け惚けていた。

当たり前だ。

もしも女性が気付かない、もしくは一緒に押し飛ばしてくれなければ、俺は死んでいたかもしれない。


ポケットから何かが落ちる。

カツーン、と甲高い音にハッとした。


「 鍵 ... 」


落ちたのは あの鍵だった。

直感だった。

確かな証拠や要素なんて一つもなかったけれど、この鍵が母さんと婆ちゃんを殺したのだと思った。

そして、そのせいで父さんも。


その時その鍵をもう一度自分の手に取らなければ、もしかしたら違う未来が待っていたのかもしれない。

けれど俺は、取らずには居られなかった。

知らなければならなかった。

婆ちゃんの残した言葉の意味を、母さん達が死ななければならなかった理由を。


俺は小さな金属片を握り締め、

真実を知る為に生きる事を決めた。


読んでいただいてありがとうございます(๑o̴̶̷᷄﹏o̴̶̷᷄๑)

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