笑顔 2/2 サヨナラバス
日曜日の大通公園のベンチに座って、因幡くんがハーモニカを吹く。すっきりと晴れた空には水をたっぷりと含んだ筆で描いたような雲が浮かんでいる。そんな空に、ハーモニカの音色はどこまでも高くのぼっていった。
「ハーモニカ上手いんだね」
素直に感心していると、
「そりゃ十歳のときからやっているからね」
と、少し得意げに因幡くんが言った。
「ハーモニカ、誰に教わったの?」
「俺の爺さん。昔小学校の先生だったけど、音楽が得意だったんだって。ほら、俺らの小一のときの音楽の教科書って、巻末にまだハーモニカの話が載ってたでしょ」
「覚えてないよ、そんなの」
そりゃそうか、と因幡くんが笑った。目の前をアキアカネがすうっと横切っていく。この前来た時からまだ一週間くらいしか経っていないのに、もう季節は秋にすっかり片足を突っ込んでいるみたいだった。
「今のなんて曲?」
「サヨナラバス」
「誰の曲?」
「ゆずだよ」
「ふうん、ゆずの曲あんまり聞いたことないな」
「めちゃくちゃいいよ、今度CD貸すわ」
「ありがとう」
目が合って、どちらともなくふふっと笑った。
「というか、俺のiPodに入っているけど、聞く?」
「あ、聞きたい」
そう言って、ヘッドホンのコードの先端を差し出そうとリュックの中を漁っていたら、目の前に片耳のイヤホンを差し出された。
「一緒に聞こうよ」
人差し指に絆創膏が貼ってあるのが見えた。
「そういえば、指、怪我したの?」
何気なく尋ねると、因幡くんは一瞬きょとん、とした顔をしてから、ちょっと照れたように笑って、夏休み中にギターを買ったのだと言った。
「Fも弾けるようになったんだよ」
因幡くんがギターを買ったのは意外だったけれど、会えなかった間も一人で練習をしているところを想像したら、自然と微笑みが浮かんだ。
「ギター、レスポール? ストラト?」
「ストラトだよ」
「色当ててあげる、赤でしょ」
「あたり」
丸くてイヤホンを受け取る。思えば、イヤホンをするのはいつ振りだろう。赤と黒の、どこにでもありそうな普通のイヤホンだ。耳が少しひやりとした。
因幡くんがiPodの電源を入れ、軽快なイントロとハーモニカの音が聞こえてきた。音はやっぱり普段使っている四千円のヘッドホンとは比べ物にならないけれど、思っていたより悪くもなかった。
同じ曲を二人で聞く。二人で、二人で。心の中が暖かいさざ波で満たされていくような気がした。ゆらゆらとした心許なさに、そのまま身を任せてみる。因幡くんの肩に頭をもたせてみた。ヘッドホンとは違って、弾かれずに、頭は肩の柔らかい弾力に受け入れられた。今までずっと、この弾力を求めていたのかもしれない。
「翔」
名前を呼んでみたら、因幡くんがこっちを見た。
「すきだよ」
彼は、羽が宙を舞うように、ふわりと笑った。
二〇一〇年 九月の、いつか。
サヨナラバス ゆず