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Record1 『式神の儀 7』


「それでは、式神ノ儀を始めさせて頂きます」


舞台の中央、オオカミは用意された場に腰掛けあぐらをかいていた。

その前に跪き、(こうべ)を下げたのは白狼神社の巫女であるミウである。


「うむ、始めよ」


ニッと口角を上げて笑った。

それを見るや否や、ミウは立ち上がり懐から二枚の札を取り出した。

そしてその札をオオカミから少し離れた所に並べて置いた。


「……」


ミウはオオカミに背を向けたまま片膝をついて札に向かって詠う様に言った。


「白き神の刃となる者よ、汝この神にその魂と身体を捧げ仕え、螺旋の理にその生を差し出し、理の守護者となる事を此処で誓うか」


静かなその問いに答えるかの様に右側の札がふわりと舞い上がった。


「我が名はシローー」


舞い上がった札が青い炎を上げて燃え上り、その炎の中から声が返ってきた。


「此処に誓うーー、我が魂とこの身を貴女様と螺旋の理に捧げ、貴女様の刃となりましょう」


炎は消えた。

その代わりに、札が置かれていた所に儀式用の真っ白な狩衣(かりぎぬ)を着た青髪の人狼少女、シロが跪き、頭を下げていた。


「うむ、そちを式神として受け入れようぞ」


そう、軽く言うオオカミ。

それを聞き、ミウは続ける。


「白き神の盾となる者よ、汝この神にその魂と身体を捧げ仕え、螺旋の理にその生を差し出し、理の守護者となる事を此処で誓うか」


シロの隣に置かれていた札が舞い上がる。


「我が名はカイリーー」


同じく炎が上がり、声が返ってくる。

その様子をずっと静かに見物人達は見守っている。


「此処に誓いますーー、我が魂と身体を貴女様と螺旋の理に捧げ、貴女様の盾となりましょう」


先程とは違い、真っ白な巫女服を着ているカイリ。

儀式用の巫女服で、先祖代々この儀式でだけ着用される代物だ。


「うむ、 そちも受け入れようぞ」


またも軽い返事だった。

それもその筈、そもそもオオカミ的には儀式は無くてもいいものだからである。

しかし、そうも言っていられないのも事実なので仕方なくこうやって苦手な早起きまでして儀式を行っているのだ。


其方(そなた)らをワシの式神と認め、理の守護者となる事を認めよう」


オオカミは右手を挙げた。

すると、後ろから紫の布を纏った腰の曲がった老婆がやってきた。

その足取りは見た目通りゆったりとしている。


「其方らに理の守護者の烙印を渡す」


老婆は舞台の中央、シロとカイリの前までゆっくりと歩いてくる。


「その老婆は星バァと呼ばれておる、そして其奴(そやつ)から其方らに守護者の烙印、即ち守護星を授ける」


守護星、それは世界の理を守護するとされる星座である。

いわゆる12星座というやつだ。

星座にはそれぞれ役割があり、それは世界の理、ルールの様なもの。

守護星は守護者のみが烙印をもらう事を許される。

勿論神であるオオカミの式神になった者は、その中でも一際特殊な守護星を与えられる。


「……お前さん達に授ける守護星は、……天秤」


星バァと呼ばれた老婆は手に持った杖で天を指した。


「ミウよ、小娘達の魂を引きずり出せ」

「御意」


ミウは懐から二枚の札を取り出し、自身の両腕に貼り付けた。


魂縛(こんばく)


腕に貼られた札が青い光を放った。

その光は次第に腕に広がり、肘から指先までに達する。


「二人共、私の前に立て」


シロとカイリにだけ聞こえる様な小さな声で言った。

その間に、腕に広がった光は徐々に光量が減っていった。

いや、どちらかと言えば減ったというより腕に吸収されていった様に見えた。

吸収された光は青白く発光しながら指の先から肘までゆっくり浸透していく。


「……」

「……」


二人はその光景をじっと眺めていた。

勿論、この二人は今から何をされるのかはわかっていた。

しかし、言葉だけで聞かされたそれと、今目の前で行われているものとではイメージの差が大きかったのだろう。


(……なんだよ……あれ……)


シロは思わず固唾を飲んだ。

それもその筈、ミウの光っていた腕の肘から先が消えたのだ。


(いや、……消えてはいない……?)


目を凝らし、腕があるはずの所を凝視した。

ボンヤリだがそれらしきものを捉えるも、集中していなければシロには見えなかった。

その(かたわら)、カイリはそれをしっかりと捉え、何が起こっているのかを理解していた。

ミウの腕は消えたのではなく、肘から先を霊体化させたのだ。

それ故、腕が消えた様に見えた。

勿論巫女であるカイリにはそれがはっきり見え、その類の能力が無いシロには見えなかったのだ。


「少し痛むぞ」


そう言い、ミウは両手を二人の胸の中心へと突っ込んだ。


「ぐっ…」

「っ…」


霊体化されたその手には物理的法則は働かない。

肉体をすり抜け、どんどん奥へと入っていく。

そして、一定の所でその動きは止まった。


「星バァ様、捉えました」


ミウは両手で掴んだ感触を感じ、すかさず星バァに言った。


「うむ、よろしいぞ」


天に指していた杖の先が光った。

それと同時に先程まで眩しいくらいに晴れていた空が一瞬にして星の輝く雲一つない夜空に変わった。


「では」


引き抜いた。

シロとカイリの身体の中からそれは引きずり出された。

勿論それは彼女らの魂であった。

そう、ミウの腕を霊体化させたのは、二人の魂に触れる為であったのだ。

いくら巫女とはいえ生身で霊的存在である魂に触れることは不可能では無いにせよ、困難であることは確かだ。


「天よ、示したまえ、天よ、導きたまえ、星々よ、照らしたまえ」


星バァが杖を振り下ろした。

そして、その杖の先を追いかけるかの様に空から二筋の光が二人の魂めがけて滑り落ちて来る。


「星々よ、かの者らに力を授けたまえ」


それはまるで花火が目の前で弾けたかの様だった。

二筋の光は二人の魂に触れるや否や、眩い極彩色の光を撒き散らしながら魂の中へと消えていった。

星の光が完全に魂と混ざり合ったのを確認し、ミウは二人の魂を身体の中へと戻した。

その様子を見守り、星バァは杖で床をゴンっとひと突きした。

すると、先程までの綺麗な夜空は消え、元の青空へと戻った。


「白狼の神よ、終わったぞい」

「うむ、ご苦労であった」


星バァはそれだけを告げ、舞台裏へと消えた。


「オオカミ様」


腕から札を外し、オオカミに向き直った。

それを眠そうに見つめ、


「うむ」


と言い立ち上がった。


「これにておしまいじゃ」


ニィッと口角を上げて不敵に笑って見せたオオカミ。

それを見たカイリは次の言葉を待つ。

それはきっと、これからよろしく、……等という言葉が来るであろうという期待。

しかし、シロは違った。

それは数年間一緒に過ごしていたからこそ浮かんだ推測。


「さてっ!」


オオカミは何処から取り出したのか、大きな酒瓶を掲げた。

思わずシロはため息をついた。


「今日は宴じゃっ!!皆の者よっ呑むぞ!!」


待ってましたとばかりに沸き立つ見物人達。

シロは項垂れてさっさと神楽殿の舞台から消えていった。

その様子を目をパチクリとさせて立ち尽くしているカイリにミウが近づいて言った。


「オオカミ様はこういうお方なのよ」

「……はぁ」


依然ついていかない思考。

先程までシンッと静まり返った境内だったのに、いつの間にか人々の声で溢れ、お酒の香りが辺りに充満して、舞台の真ん中ではオオカミが酒瓶を一気飲みしてみせていた。


「……あれっ」

「ん?」


カイリが辺りを見回した。

おかしい、さっきまで隣にいたのにいつの間にかいなくなってる。


「お母様、……あの子がいません?」

「あの子?……あぁ、シロね」


一度首を傾げたミウだったが、カイリが見た視線の先にいた筈の人物がいなくなっている事に直ぐに気付いた。


「まぁ、仕方ないけどね」

「仕方ないのですか?」


辺りを落ち着かない様子で見回すが此処から見える範囲にはいなさそうだった。


「気になる?」


その問いに、カイリは首を大きく縦に振った。


「なら探しておいで、きっと人気の無いところにいるだろうから」

「人気の無い所ですね!ありがとうございますっ」


そう母に頭を下げ、走り去っていくカイリ。

その背を見つめていると、元気な声が飛んできた。


「ミウーッ!ちょっと来てよーっ」


振り返ると、そこにはオオカミと杯を交わすアルヴァの姿があった。

その周りにもアルヴァ以外の賢者達が集まり、酒やつまみを食べていた。


「これはこれは、皆様お揃いで」


一礼し、その輪に入っていった。


「お疲れ様でした、ミウさん」

「あ、ありがとうございます」


杯を渡したのは賢者の一人、テナトスだ。

彼女は元天使、即ち堕天使であるが、その風貌は堕天使のイメージとは違い、白い大きな翼に綺麗な金色の髪。

そしてその物腰は優しさと気品にあふれている。

事実、ミウに向けた笑顔は陽だまりの様な温かさのある優しいほほえみだ。


「いやぁ、無事終わって何よりだ」


彼はイグリード。

白金の鎧を身につけた中年オヤジだ。

しかし、その鎧の下に隠された鍛え上げられた身体は、一般的な中年のそれとは大違いだ。


「ほんとよね、とちゅうであのワンコが暴れるんじゃ無いかってヒヤヒヤしてたのよ、……アルヴァが」


金髪碧眼の幼女はクイっとオレンジジュースを飲み干し、アルヴァを見た。

彼女はルーカス。賢者である。


「いやだって、シロってば短気だからっ」


アルヴァもオオカミに無理矢理注がれたお酒を口にする。


「心配し過ぎでは無いか?……少なくともあの子は君より賢い」


顔は狼、しかしその身体は人。

彼は賢者ランドルフ。

その見た目こそ獣人ではあるが、賢者一の博識で学者である。


「お姉様はシロちゃんの事が大好きですからねっ」


短くゆるっとウェーブがかったうすい桃色の髪。

白いふわっとしたドレス。

正しくふわふわ女子という言葉が似合う彼女も賢者、シャルロである。


「だとしても、落ち着きが無いのも如何なものかとボクは思うよ」

「…同じく」


黒いローブに身を包んだ僕っ子賢者ユーリィ。

星バァの孫だ。

その隣で静かにお酒を嗜む女性はミーティア。

黒いショートボブで賢者の中で一番クールな印象を持つ。


「みんな……なんか酷くない?」


威厳もクソも無い。

これでもアルヴァは最初の賢者であり、この中で一番最年長なのだが。


「よかったのぅ、皆に愛されとるのじゃなっ!」


オオカミはアルヴァの背中を思いっきり叩いた。


「痛ぁっ!!」


その光景を見ていた周りの村人が一斉にわらいだし、境内は更に賑やかだ。

朝から村人達が準備していた出店も開店したようで、お酒の香りに負けない位美味しそうな香りが辺りを包んだ。


秋の空はとても高い。

そして、日は夏よりも短く、涼しい。

楽しい時間とは本当にあっという間に過ぎゆくものである。

日は沈み、次第に夜を運んでくる。


雲一つない綺麗な満天の星空が広がった。

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