Record1 『式神の儀6』
一方その頃麓の神社では其処に仕える巫女達による舞が催されていた。
これも、オオカミが遅れるという事を見越しての事だ。
オオカミが遅れるのは毎度の事。
それはこの場にいる誰もが知っている事で、前回の祭典はオオカミの寝坊により開始時刻が12時だったという。
しかし、一応祭典は9時からだという決まりらしく、こうやって朝から人が集まっているのだ。
「まぁ、こうなる事は読めてたからなぁ……」
「……」
舞台の裏から外を眺めていた賢者アルヴァとカイリ。
苦笑いを浮かべて言ったアルヴァを緊張の面持ちでカイリは見ていた。
それに気づいたアルヴァはどうにか緊張を解そうと思考を巡らせる。
「……カイリ」
「はひっ!?」
名前を呼んだだけでこの反応、これは相当だなぁと苦笑した。
アルヴァはオオカミの一番弟子だ。
故に今までの式神たちを知っている。
だからこそ余計に思ってしまう。
「緊張し過ぎじゃないかい?」
「そうでしょうか……」
「うん」
歴代の巫女達は自分というものをしっかり持っており、強気であり、自信家だったのだ。
それはそうさせるが故の強さがあったのもまた事実。
なのに、カイリはそれを感じさせる事は一切ない。
何処か自信がなさそうに見えてしまう。
「心配しなくたって大丈夫さ、何故ならば君のパートナーになる子はとても良い子だからね」
「……良い子…ですか?」
「そそっ」
カイリは眉をひそめて首を傾げた。
しかしアルヴァはそれを笑顔で返したのだ。
巫女同様、オオカミが育ててきた式神達も見てきたアルヴァだからこそ言えるものだった。
「……まぁ、最初は大変だろうけどねぇ……」
「……はぁ……」
「近いうちに分かるさ、楽しみにしておくと良いよ」
そう言ってアルヴァは表に目をやり巫女達の舞う舞を見た。
それはとても美しい舞であった。
優美な音色に優雅な舞。
その舞は、ここ白狼神社の巫女が初めてオオカミという神と出会った時の様子を表していると言われている『神降ろしの舞』である。
勿論、ここにいるカイリも神降ろしの舞は出来る。
しかし、今日の主役は神であるオオカミと式神になる二人である。
そして、その式神になる者はこの後に行われる儀式が終わるまで顔を合わせては成らぬという掟があるのだ。
故に舞台で舞っているところを見ても見られてもいけないが故に他の巫女達が舞っているという訳だ。
「ん?」
「どうかされましたか?」
不意に空を見上げた。
「……来るよ」
「え?」
ニッと口角を上げてカイリを見た。
その時だった。
神降ろしの舞も終わりが見えてきた。
いよいよ初代巫女と神が出会うシーンである。
シャラシャラと鈴の音が境内を満たす。
見物人達も見入っている。
そこに、一際強い風が吹き付けたのだ。
周りの木の葉を引き連れて、不自然にその風は舞台の中央に。
「な、なんだぁ!?」
「うわぁっ!!」
見物人達がどよめいた。
それは舞っていた巫女達も例外ではない。
中央に落ちた風は竜巻の様に渦を巻いていた。
「も……もしかしてあれって…?」
カイリは目を凝らした。
うっすらと見えたそれをアルヴァは半ばあきれ顔で言う。
「また目立つ事をする人だなぁ……オオカミ様は……」
中央の風が一瞬で四散した。
そして、その場には一柱の神が佇んでいた。
白く長い髪はふわりと揺れて、鮮やかで美麗な着物は静かになびく。
「……」
その神こそがオオカミという神である。