Record1 『式神の儀5』
時刻は午前9時14分。
山の木々の間を物凄い勢いで駆け下りていく影が二つ。
森の中では目立つ、青と白の影。
森の動物達もその音に反応し、何事かと顔を覗かせている。
「オオカミ様っ…もっと急げないんですかっ!?」
青い影、シロはそう後方に目をやり怒鳴った。
しかし、後ろの人物はというと、
「朝からワンワンとうるさい奴じゃのう……」
白い影はこの世界の神、オオカミだ。
眠たげな目をこすり、あくびを噛み殺しているのがひとめでわかる。
白く長い髪が風でなびいている。
名前の如くその頭には狼の耳が生えており、少し吊り上がった紅い目が印象的だ。
この後に祭典が控えていることもあり、朱色に金箔や鮮やかな翡翠の色で染められた綺麗な着物に身を包んでいた。
二人の速度はまるで風の如く。
音に気づき振り向いた頃には既に後方のはるか先へと行ってしまった後。
それでもオオカミの顔は相変わらず眠気と戦う何とも神らしく無い表情のままだった。
「一体誰のせいでこんなに遅刻してると思ってんですか!!
そりゃぁ吠えたくもなりますっ!!」
「知らぬわっ、寧ろ朝から祭典なんぞ催すのが悪いのじゃ。
……ワシは夜行性じゃというのに」
「文句は祭典が終わってからにして、とにかく急いで下さいってばっ」
そう言い残しシロは一層地面を蹴り、一気に加速してみせた。
「……」
オオカミは目を細めて遠くなるシロの背を見つめた。
出会った頃と変わらない背中なのに、何故か違って見えたのだ。
(ワシも歳かの……)
口角を僅かにあげ、一度目を伏せた。
シロと出会って5年。
オオカミはこの日のためにシロを守護者に相応しくなれる様に育ててきた。
その日々が、ふと瞼の裏に映った。
「……」
ゆっくりと瞼を開き、ゆっくりと息を吸い込みながら地面を足の裏で掴むように身を屈めた。
それと同時に。
「っっ!」
地面を思いっきり蹴り飛ばし、身体が地面に落ちる前に更に足元に空気の塊を発生させては破裂させ、その推進力を利用して遠く離れて行っていたシロに追いつくどころか追い抜いてしまった。
「遅すぎるぞシロ?修行が足りんのではないか?」
振り返り笑って見せたオオカミだが、シロも直ぐに追いついて見せて開いた距離を一瞬で詰めて来た。
「……ほぅ?」
オオカミとシロは目線だけで互いを一瞥し、ニィっと口角を上げた。
「ならば、何方が先に神社に着けるか競争しようではないか」
「遊んでる場合じゃ無いですっ」
双方が同じタイミンングで前を向き、踏み込んだ。
すると同時に空気がドンッと音を立てて揺れる。
まさにそれは和太鼓でも強く打ったかの様な低く強い音。
その衝撃で木々が激しく揺れた。
突風を巻きをこしながら山を駆け下りて行く二つの影。
時刻は9時19分だ。