Record1 『式神の儀3』
ついにその日がやって来た。
天気は眩しいくらいに晴天で、今が秋であるという事を忘れてしまいそうなほどの暑さ。
時間は午前8時。
白狼山の山頂には神様が住む屋敷がある。
山頂は拓けており、木々に囲まれた草原の真ん中にその屋敷はあった。
木造の武家屋敷の様な見た目で、門の前には朱塗りの鳥居が構えられている。
神の住んでいる場所だからといっても、その屋敷自体はなんの変哲も無い感じで、別に金箔で輝いているだとか、妙に浮世離れした見た目や雰囲気があるというわけでは無い。
田舎にある村長とかが住んでいそうな感じの普通の屋敷である。
「……」
そこは神が寝床としている部屋。
その部屋の襖が開かれたと同時に、開いた人物の動きがそのまま止まった。
それもその筈。
「んガッ」
部屋に充満した酒の匂い。
床に散乱した酒瓶の数々。
そしてその部屋の中央に敷かれた布団で大口を開けて寝ている人物がいた。
更には着ていた筈の着物は酒瓶と一緒に仲良く部屋に転がっている。
つまり全裸である。
一応、今ここで大口を開けているこの人物こそがこの世界に存在する神の2柱のうちの1柱、『オオカミ』である。
……女性だ。
「……」
襖の所で頭を抱える者。
彼女は今日、このオオカミという神の式神になる2人のうちの1人、『シロ』である。
身長はそこそこあり、短く青い髪は無造作に跳ねており、赤い目がその者が人間では無い事を気づかせてくれる。
しかし、一見少女とは思えぬ風貌でまるで少年の様だ。
服装はノースリーブ、生地も動きやすさを重視しており、身体に密着している。
しかし胸は無いに等しい位ペタンコなので余計に少年と見間違える。
そして大きめのダボっとしたズボン。
加えて、彼女が人間では無いという証明になるものがある。
それは頭に生えた狼の耳と尻にある尻尾だ。
彼女は獣人だ。
しかし、何故彼女がここにいるのか。
答えは明確だった。
この神を叩き起こし儀式の行われる神社へ急ぎ向かわねばならないからだ。
「予想していたとはいえ……少しはその予想を裏切って欲しかったぜ……」
シロはそうため息交じりで漏らして術を唱えた。
それはオオカミを起こす時によく使われる目覚まし代わりの術。
決して人に向けて使ってはいけない術だ。
術の詠唱が終わり霊力がシロの右手に集まった。
「オオカミ様……」
何故人に向けて使ってはいけないのか、それは……。
「朝ですよ」
指定した空間を爆破させる術だからだ。
午前8時13分、白狼山山頂にて屋敷の一室が吹き飛ぶ程度の爆発が観測された。