Record1 『式神の儀2』
同刻。
神が宿ると言われている大きな山がある。
『白狼山』
山に宿った神の姿を現した名だそうだ。
その麓に私達の住む町がある。
町の歴史は古く、母の話によるとこの世界が形成された頃からあり、山の神に従えてきたといわれてている。
木造の家屋が立ち並び、子供たちの楽しそうな声がいつも聞こえている。
その町並みはまるで江戸の城下町を彷彿させると母はよく言っていた。
町の北側、その先には小高い丘がある。
その道中には1千を超える朱塗りの鳥居が連なっている。
鳥居を抜けた先にあるのは、その裏にある『白狼山』から名を借り、『白狼神社』と呼ばれる神社があった。
私の母はそこの9代目巫女であり、私も将来は母の跡を継ぎ、10代目巫女となる。
明日は、その第一歩である神様の式神になる儀式が執り行われる。
それは、私が生まれた時からその運命は決まっていて、その為に必要な勉強や修行を重ねてきた。
「どうしたんだい?カイリ」
この神社には神楽殿がある。
そこで代々式神の儀が執り行われてきた。
勿論、明日の儀式もそこで行われる予定なので神社の巫女である母と私は最終の準備をしていた所だった。
「な、なんでもないよ」
舞台の真ん中でぼぅっと空を眺めていたら母に声をかけられた。
その行動自体には意味は無く、ただ眺めていただけだった。
「……怖い?」
母は私を見て言った。
その顔はとても複雑な、言葉にし難い表情。
しかし私は、その意味を理解するのに時間はかからなかった。
「怖くは、……ないよ」
ただ、と付け加え。
「心配なだけだよ」
秋の少し冷たい風が頬を撫でていった。
ざわついて落ち着かない私の心境を体現するかの如く、周りの木々達も僅かに揺れてその紅く色付いた葉をちらした。
「そっかぁ……」
母はそう軽く返事をして高くなった秋空を見上げた。
「じゃー、先代からのアドバイスを一つあげよう!」
母はぴんっと人差し指を立てた。
「心配なんて幾らしても仕方がない!ピンチの時だってなるようになるっ!」
その声はあまりにも軽かった。
まるで開き直ったかのような、そんな声。
私は思わずキョトンとした顔で母を見た。
「……世界なんてそんなもんよ」
母が私の肩に手をおいて、静かな声でそう付け足した。
その眼は、『母』の眼では無く、『式神』の眼をしていた。
……そう思えた。
今まで母のミウは神様の式神としてこの地を離れ、その役割を果たしてきたという。
それまでの間見てきたモノは、今の私には到底想像し得ないものばかりだろう。
きっと、先程の言葉もそれらをひっくるめての言葉だったに違いない。
「まー、そんな事言っても今のあんたには分かんないかもね」
にししっと無邪気に笑って見せた母。
「でもまぁ、今すぐにわかる必要も無いと思うよ、私は。
ゆっくり、時間をかけてわかってくといいさ……」
また、秋風が頬を撫でた。
今度は先程よりもすこし強い。
「世界の事も……、人の事も……」
私はそれから何も言えなかった。
きっと母は私の心配事を見抜いていたんだと思う。
それは、新しい役目を貰うという不安と緊張。
世界を守護するという責任感。
パートナーとなる人とうまくやっていけるのかなという恐怖。
きっと、全て見抜いていたに違いない。
「……お母さん、ありがとう」
でも、心のざわつきはだいぶ治った。
「ん?私はなんもしてないよ」
母はそれだけを言い残して「残ったり準備がある」と言って舞台の奥へと消えていった。
舞台の上には私だけが残されて残暑の日差しを浴びていた。
明日。
全てが始まるんだ。
私はその為に生まれて、その為に生きてきた。
今もまだ、少し怖い。
でもきっと、母が言ったように案外なんとかなっていくようにも思えた。
そう思えたら、なんだか胸が軽くなったような気がした。
ーーーそう、明日。
ーーー全てが始まる。
ーーー俺達の。
ーーー私達の。
ーーー運命が。
ーーー始まった。