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第8章 キャシーの憂鬱


第8章 キャシーの憂鬱



 起動実験が失敗に終わり、その過程で仕方が無かったとはいえ、強制的にこの病院への送電をストップさせた事で責任を感じ、キャシーは病院の中を見回った。

確かに多少のトラブルにあった人達もいたようだが、人の命に関わるような事故は無かったようだ。キャシーはホッとした。

 その後、キャシーはこの実験の協力者でもあるこの病院の院長に事の顛末を報告しに行った。

院長は停電の原因について、大体の予想は付いていたらしくあまり驚いた様子はなかった。とりあえず人命に関わるような重大な事故の報告は受けてないと言い、安心するようにとキャシー達に言ってきた。

そしてキャシーはまた地下の研究室へと戻って来たのである。

 研究室ではミサワをはじめとするスタッフが、システムダウンしたコンピューターの復旧に力を注いでいた。キャシーもその復旧作業に加わろうとしたがミサワに止められた。

ミサワはこの所、毎日徹夜続きでずっと働いていたキャシーの体を労り、休憩室で寝てくださいと言って来たのだ。

キャシーはそれでも復旧作業に取り掛かろうとしたが、ミサワだけでなく、スタッフ全員がそう言ってきたので、言葉に甘えてキャシーは休憩室で暫く休憩を取る事にした。

しかし、体は疲れていても眼が冴えてしまい眠る事は出来ず、結局ソファに横になりながらゴロゴロとしているだけだった。しばらくしてランが部屋に入って来る。

「眠れないんですか、先輩」

「ええ、ちょっとね、体は疲れているんだけど……」

「そうですか」

 そう言うとランは自動販売機の所に行きコーヒーを買う。

「先輩も何か飲みます?」

「ありがとう、でも遠慮しとくわ。何か飲みたいというような気分じゃないし」

「疲れている時こそなにかお腹に入れた方がいいですよ、ジュースでも何か飲んだ方がいいんじゃないですか」

「……」

 キャシーは何も答えなかった。

その様子に心配になったのか、ランはコーヒーを飲み、紙コップをゴミ箱に入れるとキャシーに近づいてきた。ランは何か言いたそうな顔をしている。

「どうしたの、ラン」

「先輩にちょっと聞きたい事があるんですけど」

「何?答えられる範囲でなら答えるけど」

「あの……さきほど先輩が言った「そうだといいけどね」とはどういう意味でしょう」

「そうだといいけどね?」

「はい、さっき停電で病院内の様子を見に上に行こうとした時です。私が廊下で今回の実験が失敗に終わったとはいえ進展があって、次こそ上手く行くかもしれないと言ったら先輩は「そうだといいけどね」と言いました。なんか先輩らしくない言葉だと思えたんです。まるで次の実験も失敗に終わるだろうというような投げやりな言葉に思えましたから」

「ああ、そういえばそんな事言ったわね」

「しかも先輩はさっきの実験から以後、妙に落ち込んでいるようにも見えます。それがどうも先輩らしくありません」

「私だって実験が失敗すれば落ち込みもするわよ」

「でもやっぱり先輩らしくないです。先輩は過去の実験で失敗してもいつも諦めずに仲間を鼓舞していたと聞いています。旧世界の偉大な発明者、エジソンの名前を出して……」

(あれ?……)

 何故ランが過去、私がユーファの実験が失敗に終わった度に、エジソンの名前を出して仲間を鼓舞した事を知っているのだろう。

エジソンと言えば白熱電球の発明のために、述べ数千回にも及ぶ実験を繰り返し、白熱電球を実用化へと導いた旧世界の地球の偉人だ。でもランがキャシーのいるこの部署に配属されたのは約半年前、その間にエジソンの話などしたことは無かったはずだが……

「ラン」

「はい?」

「ミサワ君に私の様子を見て来いと言われたわね」

「……う」

 やはりそうか、おそらく先ほど気落ちしていた自分の様子を見てミサワ君は心配になったのだろう。それでそれとなく様子を見てきてほしいとランにお願いしたということか。

 そこでランはミサワ君から私がエジソンの話を持ち出して、仲間を鼓舞していたことを聞いたのだろう。

 キャシーは自分を主任失格だと思った。主任である自分が部下から心配されるなどあってはならないと思ったからだ。

でもラン自身もどうやらキャシーの事を心配している様子だ。一応何故キャシーが今回の実験で落ち込んでいるのか、その理由を話しておいた方がいいと思った。

「ラン」

「はい」

「今回の実験だけど、なぜ失敗したと思う?」

「原因はまだ分かりません。これからの調査でそれは解明していかなければならないと思いますけど」

「そうね、でもこれだけは確かだわ、今回の実験では私達の落ち度は何もないのよ」

「え……?」

「つまり、今回の起動実験失敗の原因は私たちではなく、ユーファ自身に問題があるということなの」

「どういうことですか」

「私たちがアダマンタイトからのエネルギーをユーファに送り込んだ時、一度ユーファはそれを受け入れて、コンピューターがユーファの機動シーケンスに突入したことを宣したわね」

「はい」

「それはつまりこちらの起動に関してのやり方が何も間違っていないことを表しているの。今までは動力源そのもののエネルギーが不明で、エネルギーそのものをユーファは受け入れなかったのだから、失敗の原因はエネルギーが特定できていないこちら側にあった。けれども、今回の実験ではアダマンタイトからのエネルギーをユーファは受け入れた。つまりユーファのエネルギーがアダマンタイトである事に疑いはなく、私達のやり方は間違っていないのよ」

「だから今回の失敗の原因はユーファ自身にあると……」

「そう、私達に問題が無いのだから今回の起動実験失敗の原因はユーファ自身にあることになる。でもね、その解明にはおそらくかなりの時間がかかる。5年、いや10年でも解明できるかどうか……」

「……」

「私たちがユーファで分かっていることは少ないわ。今回の実験で動力源の解明は結果としてわかったけど、動力システムそのものの解明は出来ていない。あなたもアダマンタイトを動力として使う場合の制約は知っているわよね」

「はい。アダマンタイトは非常に不安定で危険な物質です。およそ約半径10メートル以内の有機物質を消滅させてしまうから人は近づけないし、ほんのちょっとのショックを与えただけで星一つを巻き込みかねない大爆発を起こします。ですからその扱いには細心の注意が必要です」

「そのとおりよ、アダマンタイトを動力として使うには必然的に巨大なエンジンルームが必要になる。でも見ての通り、ユーファは我々人間と同じ大きさの個体よ。私達の常識ではユーファにアダマンタイトがエネルギーとして使われている動力システムの説明は出来ない」

「……」

「どのような方法でアダマンタイトをユーファがエネルギーとして使っているのか、そのシステムすら私達には解明できていない。いえそれどころか私達にはユーファが一体何の物質で出来ているのかさえ厳密には分かっていないの……、だから起動実験失敗の原因がユーファにあるということは彼女自身の分析を進めなくては進展が無い。でもそれは今の私達の科学力ではほとんど不可能なのよ」

「先輩」

「なに?」

「不可能だと先輩が言うからには、今回の件である程度の予想はついているんじゃないですか、ユーファの何が原因で彼女は起動しなかったのか」

「そうね、これはまだ仮説に過ぎないのだけれども、原因は2つ考えられるわ」

「2つですか……」

「ええ、まず1つは強制起動に関してユーファにロックがかかるようにあらかじめ彼女にその命令がプログラムされていた場合。この場合だと、そのロックをユーファの頭脳、つまりシステムに侵入してそのロックを解除しなければユーファは起動しない。でも前にも言った通り、私達はユーファのことで分かっていることは少ない。特に彼女の頭脳であるシステムの解明は彼女が発見されてからこの半世紀、何一つ分かっていない。今回は彼女のエネルギーがアダマンタイトだと運よく判明したけどそれだってはっきり言えば宝くじに当たったようなものよ。理論的に導いて分かったことじゃないわ」

「でもユーファのシステム上の問題なら、これから時間をかけて分析、解明していけば……」

「ええ、確かにそうね。でもそれには先も言ったけどとてつもない時間がかかる。私達の科学力が彼女に追い付いていないのだから。先も言ったけど5年、10年、いやもっとかかるかも、でも私達の組織と帝国との戦争は日々熾烈を極めている。そんなに長い間悠長に分析を進めている時間はないの……」

「……」

 ランはキャシーの言う通りだと思った。彼女のシステムを時間をかけて解明しても、その前に我々が帝国にやられてしまえば何にもならない。

「言いたい事がわかった?私が落ち込んでいる理由……」

「はい……」

 やはりユーファの起動は無理なのだろうか。約半世紀、50年以上にも長きに渡り、我が組織の技術部がユーファの事を調べてきたことは無駄になってしまうのだろうか。

確かにキャシーの言う通りならユーファの起動に関してはほぼ絶望的だ。科学力がそれに追いついていないのだから

「あれ……」

 ランは先ほどキャシーが言った事を思い出した。確かキャシーはユーファが起動しない理由について原因は2つ考えられると言った。1つは彼女のシステムに問題があるとしてもう1つは何だろう。

「あの、先輩」

「なに」

「先輩は先ほど原因は2つ考えられると言っていましたけど、もう1つの理由はなんです」

「ああ、もう1つの理由ね……」

「……?」

 何故かキャシーは言いづらそうにしている。どうしてだろう。何か言いたく訳でもあるのだろうか。

「先輩?」

「ん……」

「どうかしましたか」

「いや、なんでもないの。ああそうそう、もう1つの理由の方ね、もう1つは……私たちにもユーファのシステムにも何も問題が無かった場合よ……」

「は?……」

 ランはキャシーが何を言っているのか分からなかった。私たちにも問題が無くてユーファにも問題が無い?それでは実験が失敗に終わった原因が無いじゃないか

「あの先輩、それはどういう意味でしょう」

「……」

 キャシーは黙ってしまった。その様子にランはキャシーの考えていることの内容はわからずとも、言いにくそうにしている理由は察しが付いた。

つまり彼女は突拍子もないことを思いついているのだ。おそらくその原因とやらは常識外れの発想なのだろう。

「先輩、私は先輩を尊敬しているし信じてもいます。何を言われてもそれは変わりません。だから教えてください。先輩が考えている事を」

 ランがそう言うと、キャシーは少し考えた後、静かに説明を始めた。

「そう、じゃあ言うけど、厳密にはユーファに原因はあるのだけれど、飽くまで彼女のシステム上の問題には該当しないということよ」

「……?」

「つまり、今回の実験の失敗の原因はシステムといった科学的なものとは別の次元、ようはユーファ自身がそれを拒否したからという理由よ、つまり……」

 キャシーは少し間をおいて話した。

「彼女が自分の意思で起動を拒否した」

「!……」

 ランはキャシーの言いたい事がわかった。そして何故彼女が少し言いにくそうにしていたのかも。

つまりキャシーはこう言いたいのだ。ユーファには意思、つまり心があると。

「先輩、でもそれは……」

「ええあなたと言いたい事はわかっているわラン。この仮説にはある前提が必要よ。つまりユーファが実は生きている、つまり生命体であるとういうね」

「……」

「過去の分析に置いて、彼女自身で分かった事は非常に少ないけれど、それでも生命体であると言う事は医学的にも科学的にも否定されている。彼女は飽くまでロボットの様なものであって生命体ではない。そう結論付けられている。理由は簡単、ユーファには生命反応がないというのがその理由よ」

「……そうです」

「でもねラン。心というものは生命体だけに宿るものなのかしら」

「……」

「心とか、意思や魂といったものの存在は科学的に証明されてはいない。でもそれがもし、ユーファに宿っているのだとしたら……」

「つまり先輩はこう言いたいんですね。ユーファには心があるのかもしれないと」

「そう。もちろんそんなことは科学的に証明することは不可能だと思うし、馬鹿な事だと人に言われかねないけど、私は何となくそう思うの……科学者がなんとなくそう思うなんて失格だけどね」

 しかし、ランもキャシーの言葉に共感を得られる部分もあった。ランも初めてユーファを見たときは、実はユーファは生きているんじゃないかと思ったほどだった。今でも時々彼女を見て、ユーファはただ寝ているだけじゃないかと思うこともある。

いや、キャシーはまさにそう言っているのだ。ユーファは寝ているのだと。

「いずれにしろその件を調査、分析する事は不可能よ。根拠もただの私の勘だしね」

 たしかにその通りだ。キャシーの仮説を証明することはまず不可能だろう。

「それより私もシステムの復旧の手伝いをしましょうか、ミサワ君に休んでくださいと言われたけど、あんまり休んでいたい気分じゃないわ。1人で休んでいると落ち込んじゃうし」

「でも大丈夫なんですか先輩、ここ数日あんまり寝ていないんじゃ……」

「大丈夫よ、確かに徹夜続きだったけどそれほど疲れていないわ。どうせ休んでいても考え込んじゃって寝ることはできないしね。それに仕方がなかったとはいえシステムがダウンした責任は私にあるし部下に任せきりというわけにもいかないでしょ」

「そうですか」

「じゃあ行きましょう」

 そう言うとキャシーはソファから立ち上がり、休憩室から出て行く。ランもその後を追った。



 実験室の方では職員が皆コンピューターのシステム復旧のために忙しく動いていた。

「あ、主任」

 ミサワが休憩室からキャシーが出てきた事に気が付いた。敬礼をする。すると皆手を止めてキャシーに対して敬礼をした。

「いいわ、そのままで、ミサワ君状況を説明してくれる」

「はい、メインコンピューターを中心に今復旧作業を続けておりますが、結構手間取りそうです。復旧には3日ほどは掛かるかと思います」

「……そう」

「それより主任、もういいんですか。休憩室に入ってから1時間ほどしか経っていませんよ」

「みんなが働いているのに私だけ休んでいても、申し訳なくてゆっくり休めないわ。それにシステムダウンの原因は私にあるんだから」

「それは……しかしあの場合ああするしかなかったことはみんな承知しています。下手をすれば星ごと吹き飛びかねない状況だったのですから」

「それでもよ」

「……」

 もうそれ以上ミサワはキャシーに何も言わなかった。彼女は頑固だ。言い出したらこちらが何を言っても聞かない。

「それでは私も作業に参加するわ」

「わかりました主任。それでは復旧が終わった個所のチェックをお願いします」

「了解」

 キャシーは自分の席に座り端末を操作しはじめた。ランもミサワも自分の席に着く。しかしこのシステムの復旧が最後まで完了することはなかった。

帝国の派遣した隠密強襲部隊がこの星を襲うまであと30分足らずだったからである。


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