第7章 ゼフ
第7章 ゼフ
(ここは……どこだ!)
気が付いたら暗闇にいた。全く前が見えない。上も下も分からない。ただどこまで続くとも分からない闇の世界。そこにカイトはただ一人で佇んでいた。
カイトはその暗闇の中を歩いてみる。いや、自分でそう思っただけかもしれない。なにしろ地面があるかどうかすら分からないのだから。ただ感覚的に前方に向かって歩いた。
どれくらい歩いただろうか。1時間、いや2時間、でもそう感じるだけで実は5分も歩いていないようにも感じる。
ふと彼はある気配に気づき立ち止った。
(誰かいる……)
闇で何も見えないはずなのに彼にはそれが分かった。周りは完全な暗闇。だから当然見えたわけではない。だがそう感じたのだ。
「そこにいるのは誰ですか、会長ですか?」
いや、違う。会長じゃない。たが、つい会長なのかと聞いてしまった。
さらに、カイトにはその暗闇の中にいる人物が、自分にとって不愉快な人物である事を悟っていた。
「敵」、そう表現するのがこの際一番正しいと感じた。
カイトは本能的に身構える。殺気のようなものは感じられない。しかしカイトは警戒した。そうさせる何かがその「敵」にはあったのだ。
「そう身構えるな、選ばれし子よ」
その何者かは突然カイトに話しかけてきた。暗闇の中から聞こえて来る声、だがカイトはその声の主を直感的に敵と認識しながらも、不思議と今度は不愉快な印象は受けなかった。
それよりもどこかで聞いた覚えのある声だ。しかし、それが誰だか思い出せない。
「お前は誰だ!」
カイトは大声で叫ぶ。すると直ぐに返答は返って来た。
「我が名はゼフ」
「ゼフ?」
「そうだ、人は私をクロノスの眼と呼ぶ」
「クロノスの……眼?」
まったく聞いたことの無い名だ。カイトが今まで会った人物にそんな名前の人物は1人もいない。
そもそもクロノスの眼とは何だ。しかし何故だろうか、カイトはそのゼフと名乗った人物をやはり以前から知っているように感じる。ゼフという名にも聞き覚えがないし、会ったことなどない筈なのに……。
とりあえずカイトは別の疑問をその男にぶつけてみた。
「ここはどこなんだ?」
「こことは?」
「今私がいるこの場所だよ」
「知ってどうする。ここがどこだか知った所で、おまえはここから抜け出す事は出来ないぞ」
「……」
一瞬寒気がした。まさか一生この闇の中で暮らすことになるのか、そんなことが頭をよぎったが、その考えを読んだのかゼフと名乗る人物がまた話しかけてきた。
「心配するな、時が来ればこの世界からは自然と抜け出せる。そのことは心配しなくていい」
この男の言うことを完全に鵜呑みには出来ないが、今は信じるしかない。
「ところでこの私に何か用があるのか」
「用というほどのことではない。ただ警告と忠告をしにきたのだ」
「警告と忠告?」
「そうだ」
「何のために?ああそうか。私は未来に置いてこの銀河を統べる王になる予定だからな。何らかの警告があっても不思議じゃないな」
カイトはふんぞり返った。この銀河を統べる王になるというのはカイトの口癖だが、いくらカイトでも得体のしれない相手にいきなりこんなことを言ったことはない。
ただ、カイトは何となく強気に出ないと、このゼフという男の雰囲気にのまれて何も言えなくなるような気がしたのだ。
このゼフという男はそんな凄味も持ち合わせていた。するとゼフは笑った。当然だ。こんなことを聞いて笑わない奴はいない。だがゼフという男は、ただバカにして笑ったわけではなかった。
「はははっ」
「信じてないな。まあ今は当然か」
「いやすまん。別に信じていない訳じゃない。いやむしろ確信している。お前は確かにこの銀河の王になる」
「へ、へえ……面と向かってそんなこと言われるとは思わなかった」
いつもカイトは冗談のつもりで銀河の王などと言っているのだが、その銀河の王になるなどと相手に言われたのは初めてだった。しかもどうやら冗談ではなく、本気で言っているように聞こえる。そのせいもあってカイトは逆に狼狽した。
そしてゼフは続けて言う。
「お前は確かにこれから近い未来に銀河の王になる資格を得ることになる。だからこうして警告と忠告をしに来たのだ」
「それで、警告と忠告とやらの内容は」
「内容自体は簡単なことだ。人を信用するなと言いに来たのだ」
「……」
「お前は先ほども言ったがいずれ銀河を統べる力を持ち、そして銀河全土を巻き込む大きな戦いに巻き込まれる。そして多くの者からお前は英雄、救世主と煽てられる事になるだろう」
「へ、へえ。例えそれが冗談だとしても英雄なんて言われると悪くない気分だな」
「冗談ではないさ、ただそれはいいことではないぞ」
「……え?」
「英雄とはいわば生贄だ」
「生贄?」
「そうだ。乱世の世の中なら英雄は救世主として多くの者から称えられる。しかし、英雄など実際は平和を得るための捨て駒に過ぎない。自ら戦わないもの達がその責任を押し付ける存在だ。勝てなければお前のせいだと責められ、そして例え平和になったとしても世の中からうとまれ嫌われる。その力を危険視されるのだ。」
「……」
「そして殺される。世界のために戦った英雄はその世界から殺される」
「それに私がなると……」
「そうだ」
「そんな話を信用しろというのか」
「別に信用などしなくていい。しかしこれはすでに決まっている事だ」
こいつの言っている言葉には妙な説得力がある。まるで未来に起きることを予測しているというよりも、あらかじめ知っているような……
しかし、カイトにとって未来で自分が銀河を統べる力を持つと言われても全く実感が湧かない。
この未来で銀河を統べる王になるというセリフはカイトの口癖ではあるが、はっきり言えば冗談だ。人に面と向かってそうなると言われてもあまりにも現実味が無さ過ぎて信じられない。
カイトは惑星ペペで、学校に通う17歳の普通の少年だ。妹のために必死に勉強し、ノンエリーターからエリーターとなった珍しい存在とはいえ、普通の少年であることには変わりはない。
カイトは別に出生が貴族の出だとか、資産家の出だとか、そんな出自に係る特別な事情もない、いわば普通の家庭に生まれた子だ。出自にまつわる話なら、ユリコの方がよほど特別な存在だろう。
そんな普通の17歳の学生に、お前は未来で銀河を統べる力を持つと言われて実感が湧く方がおかしい。
そもそもこのゼフという男は誰だ。何故俺にこんな忠告をしてくる。
「私のことを疑っているな、だがそれも当然だろう」
カイトはドキリとした。このゼフという男はどうもさっきから自分の思考を読んでいるような気がする。まるで心の中を見ているようだ。
「一体お前は誰だ!どうせなら私の目の前に姿を現せ!」
「姿を現せとは妙な事を言う」
「何?」
「我はお前の目の前にいるよ。はじめからな」
そう言われた時、カイトは自分の数メートル先にいるそのゼフという男にはじめて気付いた。黒いフードをスッポリと被り、全身に黒い服を着ている全身黒ずくめの人物。背は大体自分と同じくらいだろう。
黒いフードと黒い服のせいで顔は見えない。だが、本来ならその男自体が見えるはずがない。
ここが何処だか分からいが、ここは全てが闇に覆われた世界だ。一点の光も無い。そこで全身黒ずくめの格好をしているこのゼフという男が本来なら見えるはずはない。
しかしカイトにはそれがわかった。見えるはずもないのに目の前にそのゼフという男が立っているのがわかる。分からないのはその男の顔だけだ。
「気が付かなかったのか、我が目の前にいた事を」
確かに気が付かなかった。いや気が付かなくて当たり前なのだ。先も言ったが闇の中に佇む黒服の男など見えるはずもないのだから。だが、今ははっきりとわかる。さっきまで気が付かなかったのが不思議なくらいに。
「困惑しているな、それも当然だろう」
「お前は一体何者だ」
「いずれわかる」
「ならせめて顔ぐらい見せたらどうだ。さっきのあんたの言葉じゃないけど俺だって闇雲に人を信用したりしないさ。でも、顔も見せないような人の言葉を信じるほど俺もお人好しじゃない」
「これは一本取られたな。だが、貴様は我を知っているはずだ。遥か昔から」
「……」
「そう感じるだろう」
このゼフという男の言葉には全く淀みが無い。それはつまりこの男の我を知っているという言葉が真実であるとカイトは直感的に感じ取った。実際カイトもそう感じていたからだ。
しかし、過去を思い返してみてもこの男と会ったことなど一度もない。少なくとも思い出せない事は事実だ。
そしてカイトはもう一度顔を見せてほしいと言おうとしたが、その前にゼフが先に話しかけてきた。
「慌てるな、我の正体はいずれわかる。だが今はその時ではない」
まただ、カイトはそう思った。
この男は自分の思考を分かっているかのごとく話しかけてくる。本当に自分の心が読めるかのようだ。
そう思うと急に不安になって来た。そして今度はその不安な心を見透かしたようにゼフは話しかけて来る。
「不安か。しかし、貴様は未来においてもっと過酷な運命が待っている。皆に英雄と崇められながらも、多くのものを失い、そして多くのものを無くす。その覚悟はしておけ。そして重ねて言うが人を決して信用してはならぬぞ。自分以外の何者をも信用するな」
「……」
カイトはもう何も答えなかった。
「もう時間だ。我は行く。またいずれ会う事になるだろう」
するとゼフの気配が消えていく。
カイトは待ってくれと言おうとしたが、何故か声が出なかった。
「我が名はゼフ、クロノスの眼、我は運命の導き手なり、宇宙の理を知る者なり……」
そしてゼフの気配は完全に消えた。カイトは闇の中に一人取り残される形となった。
ゼフという男のことが気になってしかたがなかったが、今はとにかくこの闇の世界から抜け出すことが先決だ。
ゼフという男は時が来ればここから抜け出せると言っていたがそれは本当だろうか。もしかしたら一生ここから出ることはできないのではないか。
すると今度はどこかで微かにカイトを呼ぶ声が聞こえてくる。
「……カイト、カイト」
今度の声は聞き覚えがある。良く知っている声だ。
「カイト!」
すると突然耳元で、大きな声で名前を呼ばれた。
「!」
カイトは気が付いた。というより眼を覚ました。ここは学校の屋上だった、
カイトは今まで夢を見ていたのだ。
カイトは授業が終わった後、生徒会のミーティングにまだ時間があるからと思ってここで昼寝をしにきた。つまりさっきの妙な出来事は全て夢だったというわけだ。
カイトは体を起こし辺りを見回す。するとそこに自分を見降ろす会長の姿があった。
「あ、会長、おはようございます」
「おはようございますじゃないわよ。まったくいつまでたっても来ないから生徒会のミーティングが始められないじゃない」
「それで私を探しに?」
「そうよ」
「そうですか、しかし私の寝ている場所がよくわかりましたね……やはり私と会長は見えない糸で繋がっているのかも」
「……あんた昼寝している時ほとんどここで寝ているでしょ」
「そうでしたっけ」
「まったく、さっさと行くわよ。もうみんなとっくに集まっているんだから」
「へいへい」
「返事は一回、それに返事は「へい」じゃなくて「はい」よ」
「はい」
「よろしい」
ユリコとカイトは生徒会室へと向かう。今日は約1月後に迫った文化祭のミーティングが行われる日だ。
もうすでに他の生徒会のメンバーは全員集まっている。まだ来ていないのはカイトだけだ。そこでカイトのいる場所に心当たりのあるユリコがカイトを探しに来たわけである。
屋上から生徒会室までは目と鼻の先だ。実際すぐに生徒会室に着いた。
ユリコが先に生徒会室に先に入ると、他の生徒会のメンバーから声がかかった。
「会長、カイ君はいたんですか」
話しかけてきたのは書記を務めているエル・ピアーノだ。
「ええ、案の上屋上で寝ていたわ」
「それはそれは、今日は良い天気だからぐっすり寝ていたでしょう」
「肯定するわ」
「酷いな会長、自分は寝ていながらも文化祭を成功に導くためのシュミーレーションをしていたんです」
後から入って来たカイトが反論する。
「へー、シュミーレーションってどんな」
「例えば夢の中で実際に文化祭を行ってですね……」
カイトはそこで、夢の中であった黒いフードの男を思い出した。
確かゼフとかいったか、妙なことにその男のことが今でも鮮明に思い出される。夢の中で起きたことなど、それほど鮮明に心に残ることなど今まで一度もないのに……
少し難しい顔して考え込んでいたので、怪訝な顔してユリコが話しかけてきた。
「どうしたの、難しい顔して考え込んじゃって」
「あ、いえ、ちょっと考え事を」
「会長、カイト君、無駄話はいいですから早く席についてください、そろそろ会議を始めましょう」
「あ、ごめんね、ルイス君」
ルイスと呼ばれる生徒が話しかけてきた。彼は副会長を務めている人物で、この生徒会の議長も兼任している生徒だ。
「副会長、私と会長との恋の語らいの時間を邪魔しないでください」
「何が恋の語らい時間よ……」
ユリコはため息をつく。いちいち反応するのが面倒になってきて、カイトにはもう突っ込まない。
「くだらない事を言ってないで早く席に着け、お前も一応生徒会のメンバーなのだからな」
「へいへい」
「返事は一回だ」
「へい」
ルイスに促されカイトは席に着く。
「それでは皆がそろった所で会議を始めたいと思う。今日の会議の内容はちょうど1月後に控えた文化祭についてだが……」
ルイスが話を始める。
彼の名前はルイス・アベーティング。成績は勉学でトップこそユリコに譲っているものの。次点の成績である。
しかし、こと運動面に置いてはユリコよりも上だ。身長も180センチそこそこあり、外見的には中々いい男である。いわゆるイケメンだ。
しかし、彼は昔のユリコのようにプライドが非常に高く、おまけに融通も利かない頑固な面がある。
さらに彼は会長であるユリコの事をどうやら好いているようで、そのせいもあって、なんだかんだとユリコとよく一緒にいるカイトを非常に嫌っている。まあカイト自身はルイスのことをあまり気にしている訳ではない。
そして、先ほどカイトたちが生徒会室に入ってきた時、カイトが見つかったかとユリコに聞いてきた生徒は書記のエル・ピアーノという女性徒だ。
エルはカイトの事をカイ君と呼ぶ。いわば渾名などで名前を呼ぶ生徒だ。唯一ユリコだけを会長と呼ぶ。学年も2年でカイトと同級生である。
彼女はエリーターでありながらそれを鼻にかけない性格で、誰とでも気軽に話し、友人も非常に多い。カイトが生徒会に入った時、いろいろと教えてくれたのも彼女である。
あと生徒会のメンバーは他2人いる。その内の1人はエルと同じ書記を務めているルル・アンダーソン。
名前からして女性の様な気もするがれっきとした男である。学年はカイトやエルと同じ2年で、今日学校にカイトが来た際に後ろの席にいて話しかけてきた生徒である。
彼は飄々とした性格で掴みどころが無いが、前にも書いた通り、非常に礼儀正しく誰にも敬語を使うのが特徴である。
ただ、自分の女性のような名前はあまり気に入らないようで、他人には名前ではなく、アンダーソンという名字で呼ばせている。ちなみに彼は運動面で学園一の成績を修めている。
最後の1人は会計を務める生徒会唯一の1年生、ナギ・フロイドである。
彼女はこと計算やコンピューター関連に関しては、ユリコも舌を巻くほど優秀で、本来なら会計は2人必要なのだが、彼女一人でその仕事をこなしている。自分1人で仕事は出来るのだから、2人いるのは無駄だと彼女は言うのだ。
ただ彼女はものすごく無口で無愛想。めったにものをしゃべらないし、そのせいもあって友人もあまりおらず、クラスでも浮いた存在のようだ。ただ、彼女はエリーターだからプライドが高く、そういった態度をとるというわけではなく、彼女の性格がただ無口で無愛想というだけだのようだ。
以上のメンバー、会長1人、副会長1人、書記2人、会計1人、そして最後の庶務係であるカイトを含めた計6人が生徒会のメンバーである。個性的なメンバーではあるが、今まで大した問題も無くなんとかやってきた。
そして今日の生徒会の会議の議題は、来月に行われる文化祭に向けての話し合いである。議長を兼任している副会長のルイスが、淡々と概要を説明しているが、カイトはその話の内容があまり頭に入っていなかった。
原因はわかっている。さっきの夢が気になって仕方が無いのだ。
カイトは夢の中でも思っていたが、ゼフという男に心当たりが無い。でも心当たりの無い人物が夢の中に出て来る事自体おかしい。なぜなら夢は脳の記憶から作られる世界だからだ。
だから記憶に存在しないはずのゼフという男が現れる事がありえない。しかも夢の内容も鮮明に記憶に残っている。ゼフの言葉の1つ1つも鮮明に思い出されるくらいだ。こんなことは初めてだった。
あのゼフという黒いフードを被り顔も定かでは無い謎の人物。それでいてどこかで会ったような気のする男。
その正体がカイトには気になって仕方が無かったのである。