第6章 起動実験
第6章 起動実験
「バカげた事を言うな!」
それが、キャシーが上司にこの女性型アンドロイド、ユーファの起動実験のプランを提案した時の第一声だった。
キャシーが自分の憶測を踏まえて、ユーファの起動実験のプランをまとめ、上に提出したのは今から約半年ほど前の事である。その時は、彼女のたてたプランは現実性が無いという事で、上記のように一蹴された。
キャシーが立てたプランはこうだった。
そもそもユーファは、古代アルメリア神聖国の遺産、我々人類にとってはブラックテクノロジーの塊で、解明している部分はほんのわずかに過ぎず、動力システムそのものの解析は全く進んでいないのが現状だった。
いわばこのアンドロイドが、何をエネルギーとして動くのか、動力源すら全く不明なのである。
今まで電力をはじめとした多くのエネルギーをユーファに注入し実験したが、結果彼女がそれを受け入れる事はなく、起動実験はことごとく失敗に終わった。
そこでキャシーはある仮定を踏まえて一つの提案をした。それはアダマンタイトによる無限エネルギーのユーファへの注入である。
しかしそれは現実味がないという一方、あまりにも危険な実験として却下されたのである。
アダマンタイトは、この銀河の至る所で採れるエネルギー鉱石である。惑星ペペでも採取することができる。
この鉱石は、科学的に理由は解明できていないのだが、エネルギーを無尽蔵に放出する特性を持つ。
そのエネルギーの実用化に向けて、かつて多くの科学者の間でこの鉱石の研究が進められてきたが、その実用化の道は非常に困難であった。
このアダマンタイトは、非常に危険な側面も持つ鉱石だったからである。
まずアダマンタイトはその鉱石の大体半径10メートルほどの有機物質を全て消滅させてしまう特性を持つ。
つまり人はこの鉱石に近づく事が出来ないのだ。近づけば自分の体が消滅してしまう。何故そのようなことが起きるのか、その理由は全く不明ではあるが、それが原因で今まで多くの人間が命を落とした。
しかもこのアダマンタイトのエネルギー制御は非常に難しく、一歩間違えれば大爆発を起こしかねない。
記録によれば、アダマンタイトの爆発で星1つがまるごと消滅した例もあるという。
それでも今からおよそ150年前、帝国はついに多大な犠牲を払いながらも、このアダマンタイトのエネルギー制御に初めて成功した。
そしてそれを搭載したアダマンタイトエンジンを開発、今では大型戦艦又は空母のエンジンのほとんどはこのアダマンタイトエンジンを採用している。
しかし、そのアダマンタイトエンジン、略してAEというが、これにはどうしても構造上解決できなかった問題があった。それはエンジンルームの小型化である。
エネルギー制御には成功したとはいえ、それでもこの鉱石の半径10メートル以内には人は近づけない。それはつまり、必然的に最低でも半径10メートル以上もの大きなエンジンルームが必要ということである。
つまり、AEはどうしても巨大なエンジンと化してしまうのだ。このAE搭載型の戦艦のほとんどが、大型の宇宙戦艦や宇宙空母に限られていることからもその事が分かる。
AEの小型化を研究し、なんとかスターナイトに搭載できないかと、日々科学者は研究を重ねているが、今現在、この銀河でそれに成功した者はいない。物理学者の間では理論上不可能な事だと位置づける者も少なくなかった。
そして、キャシーが提案したのはまさにその理論上不可能な事を提案したのだ。
つまり、この眠り姫、ユーファというアンドロイドの動力源はアダマンタイトであるという仮説を立て、起動実験を行う事を提案したからである。
そしてその提案は当然の如く、上層部からは馬鹿げたことと言われ、はじめは退けられる結果となった。
最低でもアダマンタイトのエンジンは理論上10メートル以上もの巨大なエンジンが必要となるのに、スターナイトどころか、人間と同じサイズの、等身大アンドロイドの動力源にアダマンタイトが使われているなど理論上、ありえない話だからだ。
しかしキャシーはユーファが我々の科学力を遥かに超えたブラックテクノロジーのアンドロイドであるという面を強調し、このアダマンタイトによる起動実験を行う許可を再度願い出たのである。
それでも許可がなかなかおりる事は無かった。
そもそも今のキャシー達の組織の上層部では、ユーファの起動実験に対し、その実験自体する必要無しと、否定的な立場をとる者たちも少なくなかったからだ。
50年近く、起動するどころか、その構造の解析さえ満足に出来ないアンドロイドに時間と金をかけるくらいなら、対帝国に対して軍備増強を図った方が遥かに有意義だというのがその理由だ。
しかしキャシーは、それでは帝国に勝つ事は不可能だと上層部に訴えた。
帝国と、キャシー達のいる組織の戦力差はおよそ100対1以下である。これでまともに帝国と戦うのは不可能だ。勝てる見込みが無い事は子供にでもわかる。
そんな状況で、もし一縷の望みがあるとしたら、アルメリアの遺産であるユーファの起動に賭けるしかないとキャシーは上層部を説得したのだ。
ユーファはかつて銀河に覇を唱えたアルメリア神聖国のアンドロイドであり、我々の科学力ではその構造さえ解析できないブラックテクノロジーの塊だ。
もしもユーファを起動させ、その構造を解析することが出来れば、アルメリア神聖国の超テクノロジーを我々が手に入れる事が出来るかもしれない。
そうなれば帝国との戦いにも望みがでてくる。我々が帝国に勝つにはそれしかないと上層部に訴えたのだ。
彼女の言い分は確かにその通りだった。現状では帝国に歯が立たないのは明白なのだからそれしか帝国に勝つ可能性が無いのだ。
しかしそれでも上層部はなかなか了承しなかった。だがある男がキャシーの提案を支持した。その男はキャシーらの組織の中で、猛将と誉れ高いクルーゾー大佐であった。
クルーゾー大佐はこれまでの帝国との戦いに置いて、戦力差をものともせず、神出鬼没の奇抜な戦術で何度も戦いを勝利に導いた英雄である。
その彼がキャシーの申し出を全面的に支持したのだ。それが決め手となった。上層部はキャシーの申し出を受け入れ、キャシーの立てたプランに沿う形でユーファの起動実験を了承したのである。
そしてキャシー達は今ここにいる。この惑星ペペに。この星でユーファの起動実験を行うために。そして今まさにその起動実験が、病院の地下、秘密研究室で行われようとしていた。
このキャシーの立てた起動実験には必然的にアダマンタイトが必要なる。
そして起動実験の概要であるが、それは単純に説明できる。ただ単にアダマンタイトのエネルギーを直接ユーファに注入するだけである。
しかし、アダマンタイトの危険性は誰でも承知であるし、その準備にはかなりの時間を費やすこととなった。結果実験のGOサインが出てから実験開始まで数カ月の期間を要した。
今、キャシーのいる研究室では、職員による実験の最終チェックが進められている。キャシーも端末で状況を確認している。キャシーは今回の起動実験に対して、自信はあったが、逆に不安も大いに感じていた。
上手く起動できるだろうか、仮に上手く起動したとして、それが組織にとって本当にプラスになるのだろうか。
不安を考えればきりがない。まあ我々の科学力を遥かに超えたテクノロジーに手を出すのだ。ある程度のリスクは承知の上である。
そんなことを考えていると、マイクを通して副主任のミハラから声が掛った。
「主任、起動実験開始5分前です」
「了解」
キャシーは余計なことを考えるのを止めた。今はユーファの起動の事だけを考えるんだ。
それに不安を感じているのは自分だけじゃないはず。ここにいるスタッフ全員が何かしらの不安を感じているはずだ。そんな中、主任である自分が不安な気持ちを表に出すのはよくない。
キャシーは気持ちを切り替えた。
「それでは最終確認を行う」
一度深呼吸をして、キャシーはマイクを通して機器の最終確認を取り始める。
「エネルギー」
「ゴーです」
「誘導」
「ゴー」
「環境」
「ゴー」
キャシーが各部署の名前を読み上げると、その部署を管理しているスタッフがゴーサインを出し、機器のスイッチを入れる。
すると、キャシーの端末のディスプレイには、その部署の表示が青く映し出されていく。青く映し出されるという事は、それが何も問題は無く、正常に機能しているという事を意味する。
「医療」
「ゴー」
「遠隔」
「ゴーです」
「進行管理」
「ゴー」
「計測」
「ゴー」
「ネットワーク」
「ゴーです」
最終確認は進められていく。そしてついに最後まで確認をし終わるとミハラが最終報告をする。
「主任、最終確認終わりました。全部署オールクリアです。いつでも起動実験は始められます」
「了解」
ついにこの時が来たのだ。キャシーは意を決し皆に言う。
「それではユーファの起動実験を開始する。安全装置を解除。アダマンタイトルームへの接続開始」
「接続しました」
「エネルギー充電開始」
「了解、充電開始します」
スタッフがスイッチを押すと、部屋の隅に設置してある装置が音を立て作動し始める。この装置がアダマンタイトから送られてくるエネルギーの充電装置なのだ。そこから出るコードが隣の部屋へと続いている。
アダマンタイトはこの起動実験が行われている隣の部屋に設置してある。簡易的に作られたアダマンタイトのエンジンルームだが、何も問題なく機能しているようだ。
「エネルギー充電、20パーセント」
「環境班、今の状態は?」
「問題ありません、周囲への影響なしです」
「了解」
「エネルギー充電、50パーセント」
今のところは上手く行っている。扱うのが難しく、危険なアダマンタイトも無事コントロール出来ているようだ。
「エネルギー充電、80パーセント」
部屋の隅の充電装置が大きく音を立ててエネルギーを充電している。
隣のアダマンタイトの簡易エンジンルームの中ではアダマンタイトが淡い光を放っている。これはアダマンタイトがエネルギーを放出している状態の時に見られる現象である。
「エネルギー充電、100パーセント。エネルギー充電完了、アダマンタイトからのエネルギー供給停止」
アダマンタイトからのエネルギーの供給が停止されるとアダマンタイトの放っていた光も収束する。
「ユーファへのエネルギー回路接続」
「了解、接続します」
ユーファの開かずの棺へと続くコードが接続されロックされる。
「接続完了」
キャシーはここで一息入れる。ここまでは順調だ。アダマンタイトからのエネルギー供給は何も問題なく終了した。
しかし本当の勝負はここからだ。ユーファがはたしてそのエネルギーを受け入れるかどうか。
今までの実験でも、このエネルギー注入の段階で全て失敗に終わっている。ここにいるスタッフも全員それが分かっているのだろう。全員が緊張した面持ちで、次のキャシーの言葉を待っている。
キャシーはもう一度大きく深呼吸をする。そこへミハラからマイク越しに声が掛かる。
「主任、エネルギー注入開始準備完了です。ご指示を……」
「ええ、わかっているわ……」
ふとキャシーはユーファの開かずの扉を見た。ユーファはこの部屋にいるスタッフの緊張など何事もないかのようにただ横になっている
キャシーはまた不安な気持ちになった。このまま、起動が上手くいったとして本当に大丈夫なのだろうか。
彼女は目覚めたら我々をいきなり攻撃したりしないだろうか。本当に彼女は我々の味方となるのか……
キャシーは頭を振り思い直す。今回の起動実験は自分から進言したものだ。ここまでくるのに莫大な費用もかかっている。ここで起動実験を止める訳にはいかない。そもそも本当に起動するかどうかということも不明なのだ。起動した後の事を考えるのはまだ早い。
「主任?……」
しばらく次の指示が無いので、ミハラが心配そうにキャシーを見ていた。いやミハラだけではない。その場にいたスタッフ全員がキャシーを見つめていた。
皆次のキャシーの指示を待っているのだ。そんな皆の顔を見てキャシーは決心した。
「それでは実験の最終段階に入る」
キャシーはスタッフ全員の顔を見渡し、そして告げた。
「注入開始!」
キャシーがそう言うとミハラがキャシーの言葉を復唱する。
「ユーファへのエネルギー注入を開始します」
ミハラが端末を操作すると、再び部屋の隅のエネルギー充電装置が動き始めた。エネルギーをユーファに送り始めたのだ。
しかし先も言ったがこの実験の最大の問題はここだ。今までは全てここで実験は失敗に終わっている。
ユーファが送りこまれたエネルギーを受け入れたことは過去一度もないのだ。皆が皆、固唾を飲んでスクリーンを凝視している。
エネルギーの注入を開始してから1分間近くが過ぎた。コンピューター上ではユーファからはまだ何の反応もない。
もしもエネルギーの注入が上手く行き、ユーファがアダマンタイトのエネルギーを受け入れるのなら、ユーファから何らかの反応が返ってくるはず。しかし今のところは何の反応もない。
さらに1分ほど経過した。ユーファからはやはり何の反応もない。皆の顔は明らかに落胆の表情をしていた。残念ながら今度の実験も失敗に終わったのかもしれない。キャシーはモニターから目をそらし天井を見上げた。
(そう上手く行くわけがないか……)
そして立ち上がり、皆に実験停止を告げようとしたまさにその時だった。
「しゅ、主任!」
ミハラが興奮してキャシーに声をかける。
「モニターを見てください」
キャシーがモニターを見ると、コンピューターからの応答が書き込まれていた。書き込まれている内容はユーファへのエネルギー注入開始……OKと出た。
そのOKとモニターに出た瞬間、コンピューターから音声によるアナウンスが室内に流れる。
「ただいま、ユーファからエネルギー注入受け入れのOKサインが出ました。エネルギーの注入を開始いたします。ユーファ起動まで後3分」
すると、それぞれのモニター、及び部屋の中央に設置してある4方向中央モニターに大きくカウントダウンの表示がなされる。
カウントダウンの表示は3分。つまり、後3分でユーファは起動すると言うことだ。
「やったぞ!」
ミハラが大声で叫んだ。それを皮切りにその場にいた全員から歓声が上がる。スタッフ同士抱きしめ会う者、握手を交わす者など皆大いに喜んでいる。
カウントダウンは進む。すでに残り2分30秒。
そしてこの実験でキャシーが仮定していたユーファの動力源がアダマンタイトである事が判明した。
アダマンタイトは危険で半径10メートル以内に人間は近づけない。が、どういう仕組みかは知らないが、古代のアルメリア神聖国ではそのアダマンタイトを完全に制御し、そしてユーファの様な人型アンドロイドの動力源として活用できる技術を持っていたという事になる。
さすがはかつてこの銀河全土を統べる力を有していた国である。
しかし遺産の起動に成功した事で、キャシー達のいる組織が、そのアルメリア神聖国の超科学力を味方につける事が出来るかもしれないのだ。そうすれば帝国とも互角以上に戦える事も夢ではない。
カウントダウンは進む。残り1分30秒。そこでキャシーはハッと気づく。まだ厳密にはユーファは起動していない。皆に指示を与えなければ―――
「ミハラ君」
「はい?」
ミハラは隣のスタッフと握手していた。
「現在の状況を確認して、エネルギーの誘導は?」
「あ、ちょっと待ってください」
ミハラは再び席に座りなおすと端末を操作する。
「大丈夫、順調です。エネルギー注入に何も問題ありません」
「進行管理、ユーファの状況は?」
「あ、はい」
次々とキャシーから指示が出たので、その場にいたスタッフはみんな席に座りなおし、再び緊張した顔つきになった。
「ユーファの状況に何も問題ありません。拒否反応なし、順調です」
「了解」
カウントダウンはさらに進み、残り1分を経過した。キャシーは開かずの棺を見る。ここまで来たらもう大丈夫だろう。彼女自身、ユーファが動く瞬間を見てみたい。不安は払拭され、その知的好奇心が彼女の頭を全て支配していた。
カウントダウンはさらに進む。残り30秒。そこでコンピューターによる音声のカウントダウンがスタートした。
「起動まで残り30秒。29.28.27……」
この秒読みの1秒1秒がキャシーにとって、いやこの場にいた人達にとっては気の遠くなるような時間に感じられた。
このユーファが遺跡から発見されてから50年。ついに動き出す事になる。その姿が遂に見られる。キャシーを含め、その場にいた全員はユーファがもう動きだす事に何の疑いも持たなかった。
「10、9、8……」
カウントダウンは遂に10秒を切る。
「6.5、4……」
その場にいる全員がユーファの開かずの棺を見つめる。しかし、カウントダウンがちょうど3秒に差し掛かったその時だった。
「ビー!ビー!ビー!」
突然大きな警告音が鳴り響くと共にそれぞれのモニターに大きく「WARNING」の文字が映し出される。
トラブルが起きたのだ。
その場にいた全員、何が起きたのか分からず、ただ茫然とモニターに映し出された「WARNING」の文字を見つめていた。最初に我に返ったのはキャシーだった。
「ミハラ君。何が起こったの?」
「え……、あ、はい調べてみます」
ミハラは我に返り端末を操作する。
「みんなも、それぞれの担当部署を再チェックして、とにかく現状把握を最優先」
キャシーが指示すると皆我に返り、また皆いそがしく端末を操作し始めた。
「ユーファへの命令回路接続確認、ですがこちらからの指示を受け付けません」
「諦めないで、シーケンスを整えて何度でも試して」
「はい」
(なぜ、なぜなの?)
キャシーは表情には出さなかったが心の中では混乱していた。
ユーファは一度アダマンタイトのエネルギーを受け入れた。これはつまりユーファの動力源はアダマンタイトのエネルギーであるという事に疑いはないはずだ。
これによりキャシーの仮説は立証されたことになる。ならばなぜユーファは起動しないのだ。少なくとも起動のカウントダウンに入ったのだから、手順としては間違っていなかったはずだ。ならば何故?
(!……まさか……)
一瞬キャシーの頭に1つの仮説が浮かんだ。それは突拍子もない仮説だったが、今はそんな事を悠長に考えている余裕は無かった。
ミハラの悲痛の叫びがキャシーの思考を途切れさせたのだ。
「これは……、いけません!アダマンタイトのエネルギーがユーファから逆流しています!」
「!」
キャシーはエネルギー充電装置を見た。今のところ充電装置に異常は見られないが、下手にアダマンタイトのエネルギーが逆流しようものなら、病院を丸ごと巻き添えにして吹き飛びかねない。
「今すぐ充電回路への回路を切って、早く!」
直ぐにミハラが端末を操作したが、モニターにエラーが表示された。
「駄目です。こちらの指示を受け付けません。制御不能!」
「!」
(制御不能……なぜ?……)
いや、今は原因を考えている時ではない。とにかくこの状況を打破しなければならない。
「エネルギー充電装置、ユーファからの逆流により強制充電が始まっています。今のところ装置に異常は見られません……しかしこれは!」
今度はエネルギー充電装置を監視していたランが悲痛な声を上げる。何かに気づいたようだ。
「充電装置からアダマンタイトへの回路が開いています。こちらも制御不能、解除できません!」
「!……なんとか回路を切って!早く!」
「駄目です、受け付けません。完全に制御不能です!」
その場にいた全員のスタッフが凍りついた。
アダマンタイトは非常に危険な鉱石だ。近づくことも危険だが、軽いショックを与えただけでも大爆発を引き起こす。下手をすればこの病院どころか、この惑星ペペそのものを巻き添えにして吹き飛ぶ可能性すらあるのだ。
「もう一度試して」
「やっています。でも駄目です」
キャシーは充電装置を見る。このままでは爆発は時間の問題だ。なんとかしなければ、その時ふとキャシーはある考えが浮かんだ。彼女は素早く端末を操作する。そこへミサワがまた報告する。
「計算出ました。計算によると……、そんな!」
ミサワは驚愕している。
「計算によると……アダマンタイト爆発まで後1分です!」
ミサワのその言葉を聞き、皆に動揺が走る。するとスタッフの1人が恐怖のあまり部屋を抜け出そうとした。
それが合図となり、後から後から皆部屋から抜け出すためにドアに殺到したが、それをキャシーが一喝する。
「あわてないで!今からじゃこの星のどこに逃げたって無駄よ」
「でも先輩……」
「大丈夫、私に任せて、なんとかするから」
そうランに言い、キャシーは端末を操作し続ける。
「あと30秒……」
ミサワがぽつりと言う。彼はもう観念したような顔だ。もう助からないと思っているのだろう。
しかしキャシーは諦めずに必死に端末を操作する。そして残り10秒を切ったあたりだった。キャシーの操作している端末のモニターにYESとNOの選択肢が表示される。
(間に合った!)
彼女は迷うことなくYESを選択しリターンキーを押す。すると、一瞬にして部屋の明かりが消えた。
「な、なんだ!」
皆何が起こったのか分からない。ここは地下室だ。明かりが消えれば完全な暗闇状態になる。1メートル先も見えない。皆混乱して取りみだしている。しばらくすると病院が自家発電に切り替わり、再び電気がついた。
「何が起こったんだ……」
ミサワは辺りを見回し、充電装置を見た。充電装置は動いていない。そして爆発もしていない。
とりあえず爆発は回避できたようだが何故だ。何故助かったのだろう。
ミサワはとりあえず現状を把握するためにコンピューターを操作しようとしたが、そのモニターに「システムエラー」と表示され、何の操作も受け付けなかった。
「これは……」
ミサワは何度も端末を操作するが結果は変わらない。ただシステムエラーと表示されるだけだ。
「主任……」
「ええ、わかっているわ、システムエラーでしょ」
ミサワは現状をキャシーに報告しようとしたが、キャシーは全て分かっているという感じで答えた。
そういえば爆発直前までキャシーは端末で何かをしていた。今、コンピューターが操作できなくなったことや、先ほど明かりが消えた事と何か関係があるのだろうか。
「主任が何かしたんですか?」
「ええそう。とりあえず上手くいったみたいだけど」
「何をしたんですか」
「この病院への送電施設のコンピューターにハッキングして送電を止めたのよ」
なるほど、そういうことか。
つまり電気製品のコンセントを抜いたようなものだ。電気が無ければコンピューターや充電装置は動かない。キャシーはコンピューター上でアダマンタイトの爆発を阻止する事が無理だと判断し、この病院ごと送電を止めたのだ。
コンピューターがシステムエラーを起こしているのは強制的に電源を切られ、システムダウンを起こしたことで作動不良を起こしている訳だ。
しかし、あの危機的状況でよく送電施設へのハッキングなど思いつき、しかもそれを実行できたものだ。さすがは主任というべきか。ミサワは彼女の行動に舌を巻いた。
とりあえず彼女の機転で爆発という危機は逃れる事が出来たわけだ。少なくとも危機的状況は脱した。
「さすがです先輩」
ランがキャシーの元に駆け寄り手を握る。
「あんな短時間でよくこんなことが出来たものです。尊敬します!」
すると他のスタッフ達もキャシーに対し「素晴らしい」「さすが主任」と口を揃えてキャシーの機転と行動に喝采を送る。
キャシーは少し照れたようにそれを手で制すと、ミサワにコンピューターのシステムダウンの状況を確認するよう指示を送った。
「ミサワ君、とりあえずコンピューターのシステムダウンの状況を確認してもらいたいんだけれど」」
「わかりました」
ミサワは端末を操作する。が、コンピューターのどの場所を開いてもシステムエラーの文字が表示されるだけだった。
「……だめですね、メインコンピューターはほぼどの機能もやられています。復旧には早くても2、3日はかかるかと」
「そう……」
「でもそのおかげで爆発は阻止できたんです。この際仕方ないですよ先輩」
「そうです主任、ランの言う通りです」
「ありがと」
そう言うと彼女は立ち上がった。
「とりあえず私は今から病院の様子を見て来るわ。病院ごと送電を止めたからね。今は自家発電に切り替わっているけど、なにか上でトラブルが起きたかもしれない。ちょっと様子を見て来るわ」
「それなら部下に行かせても」
「いえ、送電を止めたのは私よ。私に責任があるわ。もしかしたら入院患者の命に関わるようなトラブルが起きているかもしれないし」
「それなら私も付いていきます」
「いえ、ミサワ君はここに残ってコンピューターの復旧の指揮をとって、病院の中を見て来るだけだから私だけでも大丈夫よ」
「しかし、私は主任のボディガードも兼ねています。万が一の事が起きたら……」
「だったら私が主任に付き添います」
「ラン君が?」
「はい。私こう見えても軍事訓練は受けた事がありますので」
「そう、じゃあラン君にお願いしようかな」
「はい」
「しかし主任」
それでもなおミサワは心配そうな顔でキャシーの顔を見つめる。
「大丈夫、ほんのちょっと上の様子を見て来るだけだし、もし何かあれば連絡するから」
「そうですか……わかりました」
「それじゃあ後お願いね」
そう言うと、キャシーとランは部屋を出て行った。
「よし、それではシステムの復旧作業を行う。各自持ち場に戻れ」
キャシーとランがいなくなった部屋でミサワが指示を出すと、スタッフは皆ばらばらと再び自分の席に着く。
そしてシステムの復旧作業に入った。
キャシーとランは部屋を出た後、あの隠し階段に向かうために長い廊下を歩いていた。
「でもやったじゃないですか先輩」
隣を歩いているランがキャシーに声をかける。
「別に感心なんてしなくていいわよ。ハッキングの腕を褒められてもあまり嬉しくないわ。それに非常事態とはいえ非合法な手段を使ったんだから」
「いえ、そっちではなくてユーファの件です」
「ユーファ?」
「はい」
キャシーは立ち止まった。
「ユーファって?実験は失敗に終わったのよ」
「でも進展はありました」
「……」
「失敗したとはいえ、今までユーファの起動実験でそのエネルギーの特定さえ出来ない状態だったんです。でも先輩の立てたプランでユーファははじめてアダマンタイトから送られるエネルギーを受け入れて、起動までもう一歩のところまで行きました。これは大きな前進です。少なくとも先輩が立てた仮説、ユーファの動力はアダマンタイトだという仮説は今回の実験で実証されたじゃないですか。次こそ上手く行くかもしれません」
「そうだといいけどね……」
そう言うとキャシーは歩き出した。
ランはそんなキャシーの態度を少し怪訝に感じた。実験が失敗に終わったとはいえ、自分の理論が実証されたわけだから、もう少し喜んでも良さそうなものだと思ったからだ。
「先輩?」
「今はとにかく病院の様子を見てきましょう」
「はい……」
全く嬉しそうではないキャシーの態度を怪訝に思いながらも、ランはキャシーの後に付いて行った。