3章 おもいがけない再会
3章 おもいがけない再会
カイトとユリコはミルの病室を出るとバイクが置いてある駐輪場に向かった。
「しかし今でも信じられないわ、ミルちゃんとカイトが兄妹だってことがね」
「ふっ、確かにこの兄の妹にしては不詳の妹だが、あれはあれで中々出来た妹ですよ」
「……逆よ」
ユリコはため息をつく。
「全く、あんたとミルちゃんが兄妹だってことはこの宇宙最大の謎の1つだわ。どうしてこんな兄とあんな素直な妹が兄妹なのかしら」
「ふう、兄が天才すぎるのも困ったものだ」
「いつまでも言ってなさい」
カイトはいつもこんな調子だ。まあこれが彼のキャラクターではあるが……、
ユリコとカイトは階段を降り、病院の一階まで来た。入院患者などや外来の患者がちらほらと見えるだけであまり人はいない。
まあこの病院は星立病院で軍関係の患者が多いため、基本的にあまり一般の人はこない。ミルの場合は特別なのだ。
「会長、学園祭にミルの外出を願い出るにあたり、この病院の医院長にも話をしておいた方がいいですかね」
「それなら私の方から父を通して話を通しておくわ」
「そうですか、でもエリカさんも学園祭に来るのならミルの事は多分心配いらないですね、どうです、学園祭は私と一緒に回って見るのも」
「そうね、一応考えておくわ」
そんなことを話しながら、病院の外に出ようとした。その時、
ゴツン!
ドアの所で出会いがしらにユリコは人とぶつかった。
「痛!」
ユリコはその場で尻もちをつく。
「会長、大丈夫ですか」
「ありがとう。ちょっとどこ見て歩いているのよ、私も悪いけどあなたもちゃんと前見て……」
「ごめんなさい、ちょっと急いでいたもので……」
その瞬間、ユリコはぶつかった相手を見て言葉を失った。いや、相手もユリコを見て絶句している。
暫く時が止まったようだ。2人ともお互いの顔を見て固まってしまっている。カイトは不思議そうにユリコとぶつかった相手を見比べた。
「姉さん……?」
「ユリコ?」
ユリコがぶつかったのはキャシーだった。
2人は姉妹だ。思いもかけない再会に2人は言葉を失い、ただ双方の顔を見ているだけだった。そこへカイトが声をかける。
「あのー……」
しかし2人にカイトの声は届いていない。ただ2人は驚いて絶句しているだけだ。そこでカイトは気づかれないようにユリコの裏に行き、後ろから腰を両手で突いた。
「きゃっ!」
その瞬間2人の氷が解けたように、ユリコとキャシーはカイトに気がつく。
「あんた、それってセクハラよ」
「まあいいじゃないですか、それより会長、先ほど姉さんと言いましたが、もしかしてこちらの方は会長の?」
「……ええ、私の姉よ」
想像通りの答えが返って来た。確かに2人の顔立ちは良く似ている。会長が数年経って大人の女性になればこんな感じになるだろうと思う感じの人だ。
2人の顔立ちは良く似ている。はっきり違う事といえばヘアスタイルだろうか。姉のキャシーはカールがかかっているが、妹のユリコはストレートである。
カイトはキャシーの前に進み出る。
「あなたが会長の、つまりユリコさんのお姉さんですか」
「……ええ、あなたは?」
「申し遅れました。わたくし会長と同じ学園で、生徒会の仕事を一緒にしているカイト・クラフトという者です」
カイトは深くお辞儀をする。
「あなたの妹さん、ユリコさんとは健全なお付き合いをさせていただいて……」
ビシッ
ユリコのチョップがカイトの脳天に炸裂した。
「痛!」
「でまかせを言うんじゃない。いつ私があんたと付き合ったのよ」
「やだなー、会長照れなくたって……」
ギロッ
ユリコはカイトを睨みつけた。
「はい、冗談です。それよりも、会長にはお姉さんがいたんですね、初耳です。しかもこんな美人の」
「あら、お上手ね」
「いや、本当の事ですよ」
「ありがとう」
「いやいや、ちょっと待って」
話にユリコが割り込んできた。
「それより何故姉さんがここにいるのよ、いつ帰って来たの?」
キャシーはこの星に来る事を自分の家族に誰も伝えていなかった。ユリコがこの質問をするのは当然のことだ。
「仕事よ、特務のね、だから帰る事を伝える事はできなかったの、ごめんね」
「仕事って?」
「今言ったでしょ、特務って、極秘任務なの、守秘義務があって家族といえども話すわけにはいかないわ」
「そう……」
しかし、その言葉にユリコは何となく不安な気持ちを覚えた。
ここ数日、この星の警戒が妙に強化されていることや、ミルちゃんがいつもと空気が違うと感じていることに、キャシーが無関係とは思えなかったからだ。
なぜならキャシーは帝国の技術部に所属している人物だ。そのことはユリコも知っていたが、それが何故この星の病院にいるのだろうか。
特務とキャシーは言ったが、彼女の仕事と病院に共通点などないだろう。それがユリコを少し不安にさせた。
もしかしたらキャシーは帝国にも秘密にしている何かをしているのではないだろうか。それもこの星の警戒レベルが強化されるような何かを……そんな気がしてならなかったのだ。
「それより……」
キャシーはユリコの顔をじっと見据えて言う。
「どうしてここにっていう意味なら私の方こそ聞きたいわ。ユリコは何でここにいるの、何かケガでもした?見たところ元気そうに見えるけど」
「ああそれは……」
「私の付き添いですよお姉さん。私の妹がここの特別病棟に入院しているんです。それに会長は付きあってここにいるんです」
ユリコが話すより先にカイトが答えた。
「へー、友人のお見舞いの付き添い、ユリコがねえ……」
そう言うと何か含みのあるような笑みを浮かべキャシーはユリコの顔を見た。
「何よ……」
「いや別に……、ただ変わったなあって」
「……」
「私がこの星を離れる時、ユリコと別れた時はとても友達のお見舞いに付き合うなんて事をユリコがするタイプとは思えなかったからね、人間って変わるものね」
「そうなんですか?」
カイトが少し驚いた感じで聞いてくる。
「ええそう、昔のユリコはって、それほど昔でもないけどね、少なくとも4年くらい前のユリコはプライドの塊みたいなタイプで、そもそも同年代の友達と一緒にいる姿さえ見た事なかったもの」
「へー、そうなんですか」
「もう姉さん、昔の話はいいでしょ」
ユリコは照れているのか少し顔が赤い。
「良い方向に変わったと思って言っているのよ。正直、私はあのままあなたが大人になったらと思うと心配だったわ、でもこうして数年ぶりにあって人安心、もう大丈夫の様ね」
「もう、それより姉さんは仕事で来ているんでしょ、仕事に行かなくて大丈夫なの?」
「私の事は心配しなくてもいいわ、それより時間を気にするんだったら私よりあなた達の方じゃないの。もう学校が始まる時間よ」
そう言われてカイトとユリコは時計を見る。確かにもう学校が始まる時間だ。というよりもう急いで学校に行っても遅刻確定の時間だ。
言い換えればもう遅刻確定なので、逆に急ぐ必要はないような気がカイトはしてきた。それはユリコも同じ様だった。慌てた様子も無くキャシーに答える。
「学校にはもちろん行くわ。それより姉さん、久しぶりに会ったんでどこかでゆっくりお話したいわ。夜にでも時間はとれないの」
「さっきも言ったでしょ、私が今回この星に来た理由は……」
「極秘任務だって言うんでしょ。そんなことは分かっているわ。だから私と会うのも極秘で会えない?」
「おもしろいこと言うわね」
「無理かな、父さんと母さんに会うのは極秘というわけにはいかないでしょうけど、私と夜に会うくらいならなんとかなるんじゃない。なんなら私が姉さんの泊まっているホテルに行ってもいいし、もちろん誰にも見つからないようにしてね」
「いいわ、私は後1週間くらいこの星に滞在しているから、時間が取れたら連絡するわ、それでいいでしょ」
「ありがと姉さん」
「それより早く学校に行きなさいよ、あなたたち。遅刻確定でもいいかげん学校には行った方がいいわ」
「わかったわよ、行くわよカイト」
「お姉さんとの話はもういいんですか」
「ええ、そろそろ行きましょう、じゃあね姉さん、連絡楽しみにしているわ」
「勉強頑張りなさいよ」
そう言うとカイトとユリコはキャシーと別れ、駐輪場に行きバイクに跨ると、バイクを走らせ学校へと向かった。
キャシーはその姿を見えなくなるまで見送っていた。そのキャシーの後ろから副主任のミサワが声をかける。
「あの子がユリコ・アロー。主任の妹さんですか」
「ええそう」
「主任の若いころにそっくりですね、主任がうちの部署に配属になった頃を思い出しますよ」
「あら失礼ね、わたしはまだ20代前半よ」
「すいません、ただ新人の頃の主任を見ているようだといいたいんですよ」
「そうかもね……でも」
「偶然とはいえ家族に会ってしまった事を後悔しているんですね」
「……」
ミサワの言う通りだった。
今回の任務は危険な任務だ。それゆえに万が一の事態が起きた場合に備えて今回の帰郷に対し、家族に誰も連絡しなかったというのに……偶然とはいえ妹に会ってしまった。
もし今回の任務が奴らにばれたら、おそらく私の家族にも危害が及ぶ。
だから先ほどユリコには後で連絡をとって会う約束をしたが、実はキャシーにその気はなかった。だからユリコと会う気はないのだ。
後で謝罪のメールでも送っておくが、ユリコも馬鹿じゃない。こちらの事情は分かってくれるだろう。
それでも今日、ここで妹と会ってしまった事は計算外の何物でもない。まさか病院に妹が来るなどとは夢にも思っていなかったのだから……
「主任、主任!」
「あ、なに?」
ミサワに大声で声を掛けられた。
「主任、家族と会ってしまった事はこの際仕方がありません。でも我々の任務に変わりはありません」
「わかっているわ、ミサワ君」
そう言うと私とミサワは病院の奥へと歩き出す。私とミサワが受付の所まで来ると、受付の看護婦さんにある言葉を掛けられる。
「誰のお見舞いですか?」
「タチバナさんのお見舞いです」
「ではこちらへ……」
今の看護婦さんとのやり取りはいわば合い言葉だ。つまり暗号である。
この病院で看護婦を務めている者の何人かはキャシー達の組織の構成員で、彼女もそのうちの1人だ。
キャシーとミサワはその看護婦の後に付いていく。やがて、ある無人の部屋に連れて行かれた。
連れて行かれたその部屋の中は何もない。奥に1人分のベッドがあるだけで誰も入院していないいわば空き室だった。
看護婦さんはその部屋の奥に行くと壁を軽く叩く。すると壁の一部から端末が現れた。
彼女はその端末を操作する。すると床の一部が突然開いたかと思うと、地下への隠し階段が現れた。
「それじゃあ看護婦さん、私達はこれで……」
「ええ、自由と平和のために」
「自由と平和のために」
その後、キャシーとミサワは部屋に現れた隠し階段を降りて行った。彼女らが降りると階段の扉が静かに閉まる。
その扉が閉まるのを確認すると、その看護婦は懐から携帯電話を取り出し誰かに電話をかけた。しばらくするとその相手が出る。
「はい……こちらは全て予定どおりです。はい、では今後も予定通りに……」
そうだけ言うと彼女は電話を切り部屋を静かに出て行った。その口元に冷淡な笑みを浮かべながら……
キャシーとミサワは地下への階段を降りて行く。かなり深い階段だ。それだけでこの地下へと続く階段が機密である事が分かる。
やがて階段が終わると、今度は平坦な地下通路に出る。その通路を暫く歩くと今度は付きあたりに扉が見えた。キャシーとミサワはその部屋に入る。
その部屋は最先端のコンピューターが所々に設置してあるいわば研究室だった。明らかに上部の病院とは毛並みが違う施設だ。
その中では十数人のスタッフが忙しなく働いている。彼らは皆キャシーとミサワと同じ制服を着ている。
彼らは皆キャシーが働いている技術開発部のスタッフだ。
キャシーとミサワがその部屋に入ってくる事に1人のメンバーが気づき、仕事の手を止め、立ち上がり敬礼して挨拶してきた。
「おはようございます。主任、副主任」
そう言うとその場で働いていたみんながキャシーたちに気付き、立ち上がり敬礼して挨拶をする
「おはようございます」
皆が口をそろえて挨拶する。キャシーとミサワも彼らと同じく敬礼を返し挨拶する。
「おはようみんな」
そして一通り挨拶を交わすと再びスタッフは仕事に戻る。
気のせいだろうか、いやそうではない。この場にいるスタッフからはどことなく緊張感が伝わってくる。
みんな今日すべきことの任務の重大さを知っているのだ。
そんな中、キャシー達のもとへ、他のスタッフとは違い、あまり緊張感を持っていない1人の女性が近づいてきた。
「おはようございます!先輩!」
元気よく挨拶してきたのはランという女性でキャシーの大学時代の後輩の女性スタッフだ。だからこの中で彼女だけはキャシーの事を先輩と呼ぶ。
大学時代、学科は違ったが同じクラブの先輩後輩という間柄で、キャシーは何故か彼女に好かれ、キャシーが軍の技術部に就職した後、数年後、彼女もキャシーと同じこの部署に配属されてきた。
どうもキャシーを追っかけて来たらしい。それくらいキャシーはこのランという女性に好かれているのだ。
もちろん、ラン自身も優秀であり、容姿もショートカットの似合うなかなかの美人である。
「おはよう、ラン」
キャシーも挨拶を交わす。そこへミサワが口を挟んだ。
「ラン職員。先輩ではなく主任と呼びなさい。もう学生ではないのだから」
「いいじゃないですか副主任。別に先輩と呼んだって、そんなおじんくさいこと言っていると老けこみますよ」
「なっ!」
ミサワは少しカチンときたようだ。
「まあまあミサワ君、ここは抑えて、ランもミサワ君は上司なのだからもう少し敬意を払うように」
「はい、すみません」
ランはそう言うと頭を下げた。しかし頭を上げるとミサワにだけ分かるようにあかんべーをした。
「くっ!」
ミサワは怒ってランに何か言おうとしたが、ランの方がミサワを無視して先にキャシーに話しかけた。
「でも先輩、今日は遅刻ですよ。几帳面な先輩にしては珍しいですね」
「ごめんね、ここに来る前にちょっとね、たいしたことじゃないんだけど」
「そうですか」
「それより準備はどう、順調に進んでいる?」
「はい、万事抜かりありません。全て予定通りです」
「そう」
ランの報告はいつも正しい。彼女が順調に進んでいると言っているのなら、実際全て抜かりなく事は進んでいるのだろう。
予定通り起動実験は勧められるはずだ。
キャシーはその後、ゆっくりと部屋の奥に行く。その部屋の奥にはたくさんのパイプに繋がり、横たわる一つの箱があった。
その箱はちょうど人が1人入るくらいの長方形の形をしており、形から言えば箱というより棺と呼んだ方がしっくりくるだろう。実際、彼女達の部署ではこの箱を棺と呼んでいた。そう、「開かずの棺」と……
その「開かずの棺」の前面の一部に窓ガラスがついており、その棺の中をのぞき見る事が出来る。
キャシーは棺の前まで来ると、その棺の中を覗き込んだ。
その棺の中にはある1人の女性が横たわっていた。
その女性の名前は分からない。分かっているのは彼女がただの女性ではないという事だ。それはその窓から覗き見る事の出来る範囲で、女性の体に取りつけられてある様々な金属製と思われる装置で明らかだった。
つまり、彼女は人間ではなく、アンドロイドなのだ。
今から約50年前、ある名も無き星の調査を行っていた調査隊の一団が、神聖アルメリア神皇国と思われる遺跡を調査中、その星でクロノスボックスという隠し部屋を発見した。
そこで発見されたのが彼女だった。
アルメリア時代のアンドロイドの残骸はこれまでも発見されていた例はあるが、そのクロノスボックスで発見されたアンドロイドはこれまで発見されていたアンドロイドとは全く様子が違っていた。
損傷や痛みがほとんどない状態だったからである。まるで今工場からロールアウトしたばかりといわんばかりの状態だった。
故にこのアンドロイドが普通の、言わば他の残骸のアンドロイドと違うということは誰の目にも明らかだった。
そこで、その調査団はそのアンドロイドを帝国の目から隠し、秘密裏にその遺跡から運び出したのだ。
そして我々の組織でそのアンドロイドの徹底的な調査が行われた。しかし、50年の時を経ても判明した事は少ない。
まずそのアンドロイドはおそらく戦闘用のアンドロイドであるという事。体の至る所に取りつけられた金属製の装置は、おそらく何らかの武器だと思われるからだ。
ただ、分かった事はそれだけだった。
このアンドロイドの動力源が何なのか、動力システムは解明できず。このアンドロイドを形成している素材がなんなのかすら解明できなかった。
つまり我々にとってこのアンドロイドはオーバーテクノロジー、つまり我々の認知できる科学を遥かに超えた超科学の塊で、その分析がままならない状態だったのである。
しかし、技術部ではそれでも諦めず、このアンドロイドが発見されて50年、様々な調査、分析をこのアンドロイドに対し行ってきた。
他に分かった事といえば、このアンドロイドは生命体ではありえないということ。生命反応がまったく存在しないことで、医学的にも科学的にも、それは明らかであると断定された。
ただ、その結果に対し、キャシーは反論がしたい気分だった。
根拠は無いのだが、キャシーはこのアンドロイドが意思を持つ生命体である気がしてならなかったのだ。
もちろんこれはキャシーの勘である。医学的にも科学的にも生命体であることを否定されたことに対し、キャシーがこのアンドロイドを生きていると感じる事に根拠は無い。
重ねて言うが、これはただ単にキャシーの直観だ。
しかし、このアンドロイドは我々の科学を遥かに超えた技術で作られているオーバーテクノロジーの塊だ。
それを、我々の物差しだけで生命体ではないと決めつけていいものかどうか、キャシーの説に根拠があると、強いて挙げればそこである。
しかし、キャシーはその自分の説を誰にも話したことがない。このアンドロイドが実は生命体で生きていると誰かに話せば、キチガイだと思われかねないと思ったからだ。
だから彼女は誰にも話さなかった。
このアンドロイドの発見以後、キャシーの技術部では、アンドロイドの起動実験が第1級プロジェクトとして行われる事となった。
それはキャシーの先先代の主任がいたころからのプロジェクトとして行われてきた。しかし、結果は全て失敗に終わった。
先先代が病気で他界し、さらに一年ほど前に先代の主任がシャトルの移動中に事故で亡くなり、その後、その才能を見込まれキャシーは、異例の若さでこの技術部の主任に就任した。
そして新たな機動実験を行うためにここ、惑星ペペに極秘で帰って来たというわけである。
キャシーが提案した起動実験の方法には、どうしてもこの星で採れるエネルギー鉱石、アダマンタイトが必要不可欠だったからである。
キャシーはその開かずの棺で眠り続けているアンドロイドを見る。
彼女の名前は不明だが、便宜的にキャシー達はそのアンドロイドをユーファと名付けている。
名前の由来は銀河に伝わる童話の中で、いつまでも眠り続ける姫の名前から借料したものである。
ユーファはその童話に出て来る女性と同じく、この開かずの棺の中で一度も目を覚ました事は無い……ユーファが発見されてから50年、一度たりともだ。
故にキャシーの技術部や上層部では、もう諦めの声をあげる者も少なくない。起動する見込みがないのに無駄な事をしているというのである。
しかし、キャシーは諦めなかった。キャシーはこのユーファが必ず我が組織にとって有益になるとして、皆を説得したのである。
キャシーのいる組織と帝国との戦力差は100対1以下である。
まあ帝国の戦力はその大部分が対シャルリナ連邦に向けられてはいるが、それでもまともに帝国と戦うにはあまりにも戦力差が大きすぎる。
その戦力差を埋めるためには、人類にとって未知の領域であるオーバーテクノロジーのユーファを起動させ、その技術を自分達のものにすることが、その戦力差を埋める唯一の方法だとキャシーは訴えたのである。
これは確かに間違いではなかった。
現状のままではいずれにしても帝国とまともに戦う事は出来ないのだから、現実、可能性としてその方法しか帝国と戦う術はないのである。
それでキャシーの申し出は通ることとなった。
ユーファは開かずの棺の中で眠り続けている。医学的にも科学的にも彼女は生命体ではないという分析結果が出はしたが、キャシーは彼女を見ると、やはりその分析結果を信じる気にはなれなかった。
彼女は生きており、ただ眠っているだけで、今すぐにでも目を覚まし、立ち上がって歩き出すような気さえしてくる。
このアンドロイドにユーファという名前を付けた人もそう感じたのではないだろうか。だから童話に出て来る眠り姫の名前からユーファと名付けた。
キャシーと同様に、ユーファが実は生きていて、ただ眠っているだけだと感じる者は過去、他にもいたのだろう。
キャシーは暫くユーファを見た後、気持ちを固め、この場にいるスタッフの方に向き直った。
「今日、13:00よりユーファの起動実験を開始する」
その言葉を聞き、皆の表情が緊張で固まる。
「ここにいる者はみんな知っていると思うが、この起動実験は極秘で行われる。故に守秘義務が課せられ、成功、失敗如何に関わらずこの件は外部に絶対漏らしてはならない。起動実験まで後約4時間、それぞれベストを尽くし、準備は抜かりなくするように、以上!」
そう言うとキャシーは敬礼をした。皆も敬礼を返す。そして皆再び仕事に戻った。キャシーはまたユーファを見る。
(さて、この眠り姫が目覚めるかどうか)
キャシーは踵を返し、彼女もまた自分の席に座り、コンピューターの端末を操作し始めた。
―――その時、アンドロイドのユーファの口元が僅かに動いた事に、気がついた者は誰もいなかった。