序章 すべてのはじまり
序章 すべてのはじまり
「保存状態はこれまでで最高ですね、博士」
助手のネイ君が私に話しかけてきた。
今までに無い保存状態の良い遺跡の発掘で彼女も興奮しているようだ。宇宙服に身を包んでいても興奮しているのが分かる。
「ああ最高だよ、ネイ君」
私は彼女の言葉に相槌を打つと、遺跡の調査を続けた。
私の名前はニコラス・ケーニッヒ。宇宙考古学者だ。
今はネイ君を含む数人の助手たちと共に、ある名も無き星のある遺跡を調べている。
この遺跡は数十万年も昔に、かつて強大な力を持ち、銀河全土を統べていたアルメリア神皇国の遺跡である。
アルメリア神皇国。
単にアルメリアとも呼ばれているが、その遺跡は銀河のあらゆる星から発見されている。
この国が数十万年も前に、強大な力を有して銀河に君臨していた国家であるという事は子供でも知っている周知の事実だ。
しかし、なにかと謎の多い国でもある。
その一番大きな謎は、この銀河を統べるほどの強大な力を持ったその国が、なぜ滅びなければならなかったのかという事だ。
幾つかの説はあるものの、その謎を解き明かしたものは誰もいない。
しかし、銀河のあらゆる星からその遺跡が発掘されるという事実が、かつてこの国が強大な力を持っていた事の証左となっている。
今、私たちが調べているのはその銀河中に散らばる朽ち果てた遺跡の内の1つというわけだ。
私たちが今調べているこの遺跡は、ある建物の中で、おそらく過去この都市にて何か大きな役割をしていた施設の可能性が高い。
今で言う都庁や、そんな感じの施設であり、至る所にもう動かなくなって石と化しているコンピューターなどの残骸が散らばっていた。
私はその遺跡の1つの残骸にある装置を取り付けた。簡易的な年代の鑑定装置である。するとその装置のメーターが回り出し、40万という表示が出た。
つまり、この遺跡は約40万年前のものだとコンピューターが解析したのである。
40万年前と言えば、我が故郷である地球は、生命は存在しても、このような文明を作り上げる事の出来る知的生命体は存在しなかった。
そんなはるか昔に、アルメリアは銀河に一大国家を築いていたわけである。
「博士、結果は出ましたか」
「ああ、40万年前という結果が出た。時期的に見てもアルメリアの遺跡と見て間違いないな」
「でもここまで保存状態の良い遺跡を見たのは初めてです」
「私もだよ、ネイ君。これまでにない良い調査が出来そうだ。ところでビッツ君とワルツ君はまだ帰ってこないのかね」
「そろそろ帰ってくる頃だとは思うんですが……」
すると遺跡の奥の方から灯りが見えた。ライトの光だ。どうやらビッツ君とワルツ君が帰ってきたようだ。
2人ともネイ君同様、私の助手を務めてもらっている。
ビッツ君はかなりのベテランで私の助手をするようになってから数年が経つ。兵士あがりの少し変わった経歴の持ち主だ。
ワルツ君はまだ新人だ。まだまだ勉強不足の面もあるが見どころはある。
彼らには遺跡の奥の調査をするために、簡単な偵察を命じた。その偵察が終わったようだ。
「すいません博士、遅くなりました」
「構わんよ。それでどうだった?」
「向こうのエリアは居住区ですね。ですがこちらと比べると損傷が激しく、あたりに瓦礫が散乱しています。とりあえずはこのエリアを中心に調査をした方が良いですね」
「そうか、わかった。ではネイ君を手伝ってくれたまえ」
「わかりました」
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
当たりに轟音が響く。地震だ!
(大きい!)
地震の規模が大きい。立ってもいられない。
私は尻もちをつくと、身近にあった遺跡にしがみついた。ネイ君達も同様だ。みんな立ち上がる事も出来ずに、身近な何かにしがみついている。
天井から地震によって壊れた残骸が落ちて来る。もしあれが一発でも私の頭にでも当たろうものならお陀仏だ。そこは神に祈るしかない。
ふとその時、私はこの遺跡を調べるための記録装置を、遺跡の中央に設置したままであることを思い出した。
いつ瓦礫が装置の上に落ちるとも限らない。そうなったらこの遺跡の今までの調査が無駄になる。そう考えたら自然と私は記録装置に向かって走り出していた。
地震の揺れはまだ収まらない。私は大きく揺れる地面に足を取られながらも記憶装置に向かって走る。
「博士!危険です」
ネイ君が叫ぶ。しかし私の耳には入らない。
私は数回転びながらもなんとか記録装置の所にたどり着いた。初めは記録装置ごと持ち上げて運ぼうとしたが、私の力だけでは記録装置は重すぎて運べない。
そこでデータだけを抜き取る事にした。暗証番号を押すと中からディスクが出て来る。そして私はそのディスクを取りだした。
その時だった。なんと天井の底が抜け、天井全体が落ちて来る。
私はディスクを持ってまた走り出す。そして天井の底が地面に激突する寸前に私はなんとかその場所から退避する事が出来た。
間一髪だった。
その後、揺れはだんだん収まり地震は終息した。私は安堵の息を漏らす。
もし遺跡全体が崩れるような事にでもなったら助からなかった。ネイ君達も無事の様だ。向こうで手を振っている。
「博士、無茶しすぎです」
ネイ君は私の所に来るや、開口一番そう言った。
「すまんすまん。考えるより先に足が動いてね」
「しかしこれでこの遺跡の調査、難しくなりましたね」
ワルツ君は辺りを見回してそう言った。残念ながらワルツ君の言う通りだ。
さっきまで、この部屋は痛みもそれほどなく、遺跡としてほぼ原形を留めていたが、もうそれは見る影もない。
辺りには地震で落ちてきた瓦礫が散乱し、天井は大部分が落ちてきたために空が見え、星まで見えている。
ピー・ピー・ピー
突然通信機の呼び出し音がなる。待機している宇宙船からだ。
多分今の地震が船の方からでも確認できたのだろう。ネイ君が通信に出る。
「はい、こちらニコラス調査隊。……ええ、思った以上に地震の規模は大きかったですが、幸い全員無事です。ケガ人もいません。……はい、もう少し調査してから帰ります」
船との通信はネイ君に任せておけばいいだろう。しかしなんとタイミングの悪いことだ。
地震などの天災は何処の星に行っても起こる可能性はあるが、何もこんなタイミングで起こる事もないだろうに……。
おかげでせっかく損傷の少ない遺跡を見つける事ができたのに台無しだ。
「……はい、わかりました」
どうやら通信が終わったようだ。
「博士、船の方からだと、今の地震でかなりこの遺跡全体が壊れたのが確認できたそうです。余震も起きる可能性があると言う事で、一度船の方に戻られた方がいいと言っていました。どうしましょう」
……確かに、大きな余震が起きる可能性がある。これ以上ここにいては危険か……。
「わかった。船に戻ろう。連絡しておいてくれ」
「了解です」
そしてネイ君はまた船と連絡をとりはじめた。ビッツ君とワルツ君はあたりに散乱した遺跡を見回している。
私は手に持っていた記録ディスクを見た。なんとかこれだけでも守れたのはよかった。
残念ながらこの遺跡の調査はここで断念せざるを得ないようだが、このディスクから何か新しい発見があるかもしれない。
そう思い私はそのディスクを大切に懐にしまった。
だが……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
再び鳴り響く轟音。また地震だ。
先ほどと同じ、いや先ほどよりももっと大きい。
「博士!」
ネイ君が私に向かって叫ぶ。
「動くなネイ君!ビッツ君もワルツ君も頭を低くして動いてはならん!」
私はそう皆に指示した。本能的なもので、今起きたこの地震が先ほどよりも危険であると感じ取れたからだ。
私たちは全員そこにうずくまった。しかし今度の地震は長い。
そして地面に亀裂が走った。
ビシッビシッ
(ッ!)
音を立て、この部屋全体の地面に亀裂が走る。
(まずい!)
もしも床が崩れたら私達は……
私は死を覚悟した。逃げる事は出来ない。みんなも同じ思いだったのだろう。みんな絶望的で死を前にした顔をしている。
そしてついにその時は来た。
床全体が崩れ落ちた―――と同時に私達も奈落の底へと落ちていった。私は気を失った。
どれくらい気絶していただろうか、1時間か2時間、いやそれ以上かもしれない。しかし私は生きていた。
私はゆっくりと体を起こし、自分の体を触ってみる。どこも痛くはない、
不思議なことにどこもケガをしていない。
その後私は辺りを見渡し、ここがどこなのか確認しようとした。
「!」
何だこの場所は……。
私は辺りを見て驚愕した。
おそらくここは先ほどの遺跡の一部だと思うが、この場所はさっきまで我々が調べていた遺跡と全く様子が違う。
いや、そもそもここを遺跡と呼んでいいのだろうか。
私が今いる場所は遺跡などではなく、何の損傷も無い、さっきまで人が住んでいたと言われてもおかしくないほどの真新しいものだったのだ。
ここは何かのホールだろうか。右手の方にドアが見える。
私は上を見た。すると、私が先ほどまでいて、落ちたと思われる部屋が見える。そこからここまで大体30メートルといった所だろうか。
(なぜ……私は生きている?)
30メートルも下に落ちれば普通は生きてはいまい。運よく助かった所でかなりの重傷を負っているはずだ。
しかし私は無傷だ。それどころか体をぶつけたような痛みすらない。
(どういうことだ)
それにネイ君たちは何処にいったのだろう。姿が見えないが……
その時、右手に見えるドアが開きネイ君が姿を現した。ビッツ君とワルツ君も一緒だ。
「あ、博士、お気づきになられましたか」
「ネイ君、それにビッツ君もワルツ君も、どこに行っていたのだ」
「簡単ではありますが安全を確認してきました。この施設に我々意外に生命反応はありません。有毒な物質等も検出されませんでした」
「そうか、しかしこの場所は一体何なのだ」
「私達にもわかりません。私も驚きました。あの遺跡の下にこんな地下施設があるなんて……しかもここの遺跡は全く痛んでいません。ドアもスイッチを押したら普通に開きました。このエリアの施設が生きているという事です」
「なんと!信じられん」
私はドアの所まで行きスイッチを押す。するとドアが開閉した。ネイ君の言う通りこのエリアの動力は生きているということに他ならない。
しかし、40万年以上も経っている遺跡が生きているなどという事がありえるのか、いや、そもそも我々が今いる遺跡は本当に40万年も昔のものなのか。
昨日まで人が住んでいたと言われても納得するような、そんな場所だ。
そして私はもう1つの疑問をネイ君に聞いてみた。
「ところで私たちは何故生きている。あそこから落ちたのだろう。無事で済むはずはないと思うが」
「それも良く分からないんです……ただ不思議な事が起きました。床が抜けて私たちが落ちて、この地面に激突しそうになった時、何故かは分かりませんが私たちの体が突然宙に浮いたんです」
「浮いた?」
「はい。まるで風船のように、そしてゆっくりと地面に降りたんです」
本当の話か……いや、ネイ君は嘘をつくような人ではないし、そもそも嘘をつく理由なんてない。
正直分からないことだらけだ。そもそもこの遺跡にこんな地下施設があることが驚きだ。
事前に宇宙船で行った遺跡のスキャニングでも、このような地下施設があるという結果は出なかった。
「しかし、この施設はいったい何なんでしょう。事前に行われたスキャニングではこんな場所は写りませんでした」
ワルツ君も私と同じ疑問を感じたのだろう。同じ疑問を口にする。
「もしかして……ここはクロノスボックスではないでしょうか」
ネイ君がある事を口にした。
……なるほど、それなら説明がつく。
「なんです。クロノスボックスって」
バコッ
疑問を口にしたワルツ君をビッツ君が叩く。
「お前も宇宙考古学者の端くれだろう。クロノスボックスも知らんのか」
「……すいません」
「ネイ君。説明してやれ」
「わかりました」
私がそう言うとネイ君は説明をはじめる。
「クロノスボックスとは、遥か昔に存在し、今は失われた技術でロストテクノロジーの一種です。異次元の世界にある特殊な空間を作り出し、その空間のことをクロノスボックスというのです。そのクロノスボックスは我々の技術で見つけることはほぼ不可能です。今回、船で行ったこの遺跡のスキャニングでも全くこの遺跡の反応が無かったことからもお分かりになるかと思います」
「……説明が難しくて良く分からなかったのですが」
「簡単に言うと、非常に発見されにくい隠し部屋という事だ」。
「ああ、なるほど」
「これまでにも我々と同じように遺跡の調査団がクロノスボックスを発見した例はあります。それも全て我々と同じようにみんな偶然発見されたということです。そして今までに発見されたクロノスボックスとこの遺跡は非情に特徴が良く似ています。例えば時を感じさせない痛みの無い遺跡であることも、その特徴として一致します」
「それは私も不思議に思っていました。上の遺跡は40万年も昔のものとコンピューターは解析したが、今、我々のいるこの遺跡はそんな年月を感じさせない。これはどういう事でしょう」
ビッツ君もこれは不思議に思ったみたいだ。
「それは……」
ネイ君が説明しようとしたのを私が制止した。
「ここから先は私が答えよう。これは憶測でしかないが、そのクロノスボックスの中の世界は、我々のいる世界とは全く別の時間軸で構成されていると考えられている。つまり時間の進み方が違うんだ。我々のいる世界での40万年が、このクロノスボックスの中ではほんの数分に過ぎないのかもしれない」
「じゃあ、我々がこうしている間にも、今もしかしたら外の世界では何十万年も経っているかもしれないということですか」
「いえそれは無いと思います。先ほど宇宙船と連絡をとり救助を要請しましたが、その時に時間の誤差はありませんでした。今我々は通常の時間軸の中にいるはずです」
これにはネイ君が答えた。
「どういうことだ」
「おそらく、先ほどの地震で上の岩盤が崩れ、このクロノスボックスが我々のいる世界と繋がった際に、このクロノスボックスも通常の時間軸にもどったのではないでしょうか。どういう原理なのかは私にも判り兼ねますが……」
「そうか、それで宇宙船の連中は何て言って来たんだ。救助には来るのだろう」
「はい。ただ、思ったより先ほどの地震の被害が酷いらしく、救助に来るには時間がかかると言っていました」
「そうか、ならその間待っているのもなんだな、少し調査をしてみようか。クロノスボックスの中を調査できる機会などめったにあるものではないからな」
「調べてみる気ですか、博士」
「我々意外に生命反応は出なかったのだろう。有毒な物質なども検出されなかったと言っていたじゃないか。危険はあるまい」
「そうですが、それは飽くまで簡単な調査の結果です。本格的に調べてみない事には完全に安全かどうかは……」
「大丈夫。過去に発見されたクロノスボックスも危険なものがあったという例は聞いていない。ここも多分大丈夫だろう。それに何か重大な発見が見つかる可能性もある。残念だがこの探究心は自分では抑えられそうにない。科学者の端くれとしてな。君もそうだろう、ネイ君」
「……わかりました。では私も御同行いたします」
「うむ。ただ救助隊がここに向かっているなら全員で行くわけにも行かないな。ワルツ君。君はここに残って、もし救助隊が来たら連絡してくれたまえ」
「わかりました」
「さあ、行くぞ」
そう言うと、私は先頭に立って歩き出した。後をネイ君とビッツ君がついてくる。私は右手の方にあったドアのスイッチを押して、ドアを開けると中に入った。
どうやらここは通路らしい。真っ暗だったが、私たちが入ると突然電気が点いた。
「おお!」
「驚きましたか、先ほど私たちが入った時もそうでした。この施設の動力は完全に機能しているようです」
「そうだな。しかし、本当にここが40万年も前に作られた施設とは思えんな」
そして私が先頭で、その通路を進んでいく。
通路は一本道だった。しばらく歩くと突きあたりにドアが見える。
「あそこのドアを開けよう」
そう言ってドアを開けようとした時、ビッツ君が私を止めた。
「待ってください博士。一応私に安全確認をさせてください」
「一度安全確認はしたのだろう」
「そうですが念のためです。万が一という事もあります」」
「そうか、ではたのむ」
「はい」
そう言うとビッツ君はドアに簡易スキャニング装置を取り付け、端末を操作する。
すると手元の端末にこのドアの向こうの簡単なスキャニング結果が出る。この映像からでは詳しい事は分からないが、中はそれなりに広い部屋のようだ。
「どうやら大丈夫のようですね。生命反応、及び有毒物質は検出されず。特に危険なものはなさそうです」
「では入るとしよう」
私はドアの開閉スイッチを押した。ドアが開く。そして私は中を見て驚嘆した。ここは巨大なコンピュータールームだったのだ。
おそらくはここはこの都市の中枢を担う施設だったのだろう。この都市の様々な事をここで管理、運営していたに違いない。
部屋には様々なコンピューターが設置されており、中でも目を引くのは中央に置いてある巨大なコンピューターだ。
しかもまだ機能しているらしく、機器が点滅している。
私は興奮を抑えられなかった。私たちは世紀の大発見をしたのかもしれないのだ。私はその場で声も出せず、感嘆のあまり立ちすくんでいると、突然ビッツ君に後ろから押されて前のめりに倒れ込んだ。
「何だ!」
「博士、顔を上げないで!」
そう言うとビッツ君は懐から銃を取り出し、前方に数発撃った。すると前方からも撃ち返してくる。凄い弾の数だ。
「これは……」
「ガーディアンロボットです。2体います」
「なんと」
私はおそるおそる顔をあげて部屋の奥を見てみる。見るとそこにはビッツ君の言った通り、多足歩行型のガーディアンロボットがいた。
多重歩行で蜘蛛みたいなやつだ。廃墟となった遺跡でほぼ化石と化したガーディアンロボットは見た事があるが、稼働しているものは初めて見た。
私は部屋の中央に設置してある巨大コンピューターに目を奪われガーディアンロボットに気がつかなかったが、ビッツ君は気がついたのだ。
さすがは元兵士。ネイ君はこういった体験は初めてなのだろう。扉の影に隠れて怯えてうずくまっている。
しかし、簡易のスキャニング結果では危険は無いと出たはずだが……
「博士、ネイさん。これから私が飛びだしてガーディアンロボットを破壊します。博士たちはそのまま頭を低くして待っていてください」
「飛びだすって、君一人でか」
「はい」
「馬鹿を言うな、君一人ではどうにもならん。ここは一旦逃げて救助隊の応援を待った方がいい」
「博士はそれでいいんですか」
「何」
「過去クロノスボックスにガーディアンロボットがいた例など1つもありません。でもここには配備されている。もしかしたらここには何かアルメリアに関して重大な謎が隠されているかもしれないんです。しかし救助隊がここに来たら、おそらく調査は帝国の手に委ねられて我々には何も手出しできなくなる。博士はそれでいいんですか」
「……」
「ここは我々で見つけた遺跡です。私たちの手で調査するべきです。だからなんとしてもあのガーディアンロボットを破壊します」
ビッツ君は銃を構えると飛びだすタイミングを伺う。
ビッツ君は小石を拾うと前方に放り投げた。コツンと音がする。その音に釣られて、ガーディアンロボットがその方向に向いた瞬間にビッツ君は飛びだす。
「うおおおおおおおお!」
ドンッドンッ
その後、しばらくガーディアンロボットとの間でビッツ君が銃を撃ちあっている音が聞こえる。私は恐ろしさの余り見る事が出来なかった。
どれくらい時間がったただろうか。静かになった。もう銃声は聞こえない。
私は恐る恐る顔を上げ部屋を見渡す。ネイ君も扉の影に隠れていたが私と同様、恐る恐る部屋を見渡した。
見ると2台のガーディアンロボットは煙を上げ、もうその機能は停止していた。ビッツ君が上手くやったようだ。
でもビッツ君は何処にいるのだろう。
「ビッツ君どこにいる。大丈夫か」
私は声をかける。すると前方のコンピューターの影から、私の問いかけにビッツ君が応えた。
「大丈夫です博士。少し手傷を負いましたが」
どうやら無事の様だ。私が駆け寄るとビッツ君は座り込んで腕を抱えている。どうやら腕に銃撃を受けたらしい。宇宙服が破れ赤い血が流れている。
「ネイ君!」
「は、はい」
「ビッツ君を診てやってくれ、ケガをしている」
ネイ君はさっきまでの銃撃戦の余韻が抜けないのか呆けていたが、私が呼びかけると直ぐに来た。そしてビッツ君の腕をとり包帯を巻きはじめる。
「本当に大丈夫か」
「大丈夫ですよ。私も考古学者の端くれ。この遺跡を前にして何も分からないまま逝きたくありません。ただ、心残りがあるとすればあのガーディアンロボット。出来れば破壊することなく持って帰りたかったですね。ああ…ネイさん、ありがとう。もう充分ですよ」
「すいません。私、足がすくんじゃって」
「いいんです。こんな時のために私の様な兵士あがりの人間がこの調査隊に配属されているんですから」
ビッツ君は気落ちしているネイ君を慰める。どうやらビッツ君は本当に大丈夫のようだ。
私は煙を出してもうすでに動いていないガーディアンロボットに近づく。
起動しているガーディアンロボットを見たのは初めてだ。壊れたとはいえ、それでも研究価値はある。アルメリアの技術を少しは知ることが出来るかもしれない。
しかし何故、このガーディアンロボットが配備されているのに、安全確認では探知できなかったのだろう。生命反応が出なかったことは理解できるが……
「ビッツ君、この部屋に入る前に行った安全確認ではこのガーディアンロボットは探知できなかったのか」
「……はい。理由は分かりませんが全く反応はありませんでした」
「ふむ」
これもアルメリアの技術なのだろうか、この件も一度検証してみる必要があるようだ。
私はその後、この部屋で一番目を引く中央の巨大コンピューターへと向かった。
「ネイ君、ちょっと来てくれないか」
「はい」
ネイ君は先ほどの戦闘の余韻がまだ抜けていないのか、多少足取りがおぼつかなかったが、ゆっくりと私の所へ来た。
「何でしょう」
「私はコンピューターの操作には疎くてね。君にこれを操作してもらいたい」
そう言うと私は目の前の端末を指差した。おそらくはこのコンピューターの端末だ。
「わかりました。やってみます」
「頼む」
彼女はそう言うと端末を操作し始めた。
ネイ君はこの手の作業のスペシャリストだ。しかしながら、今目の前にあるコンピューターは40万年も昔のアルメリアのものだ。いつもと同じように出来るかどうかは分からない。
「どうだね、分かるかね」
「とりあえず基本的な事ならばなんとか……、時間をかければもう少し分かるかとも思いますが、今はとにかく時間がありませんものね。救助隊が来るまでに色々と調べておきたい事があるのでしょう、博士」
彼女の言う通りだ。
先にビッツ君も言った事だが、救助隊が来るまでに色々と調べておきたい事がある。
救助隊が来て、このクロノスボックスの件が帝国に知られれば、私たちはもうこの遺跡には関知できない。
この遺跡は帝国の手に渡り、我々はもう触れる事さえ叶わなくなるだろう。何とかその前に、色々と調べておきたい事がある。
「ダメですね」
私がそんな事を考えていると、ネイ君はため息交じりにそう呟いた。
「データバンクらしきものがあったので見ようと思ったらデータは何も残っていませんでした。空です」
「何も残っていないのか」
「はい、残念ながら。詳しく調べてみなければ何ともいえませんが、データの復旧もおそらく無理でしょう」
やはりそうか……、私は見た事は無いが、過去に発見されたクロノスボックスにもこのようなコンピューターは発見された例があると聞いている。
しかし、いずれもデータは消去され、何も残っていなかったそうだ。ここも例に漏れず、データは消去され何も無いというとことか。
ガーディアンロボットなどというものが配備されているから何かあるのではないかと期待していたが……
「……いや、ちょっと待ってください」
ネイ君は何かを見つけたらしく、端末を操作する。
「何かあったのかね」
「はい、あるにはあったのですが……これは……」
ネイ君は端末の上の小さなパネルにそれを表示すると少し首を傾げている。
「どうかしたのかね」
「どうやらこれは日誌の様です。おそらくこの施設に配属になっていた当時の職員の誰かの……」
「日誌?」
「はい、とりあえずモニターに表示します」
ネイ君が端末を操作すると上のメインパネルに何かの文章が表示された。
ネイ君の言う通り、これは誰かが書いた日誌の様だ。言語はアルメリアの言葉だが幸い私はその文字が読める。
「ウルク歴5698年。この惑星に配属になってから1年が過ぎた。アルメリアとヘルとの戦いは激化するばかりだ。そんな折にこの辺境の惑星に配属になったのは幸運といえよう。こんな辺境の星がヘルに襲われる心配はまずないだろうから命の心配をする必要はない。ただ辺境の惑星にしては配備されている兵の数が多いのが気にかかる」
「ヘル?」
ネイ君はこの言葉に興味を抱いたようだ。
「ヘルとはアルメリアが当時戦っていたとされる敵の名前だ。一般的にはどこかの国の名前だと言われているが、不思議な事に、そのヘルという国の痕跡も何も発見されていない。いわばアルメリア以上に謎の国というわけだ。一説にはこの銀河の国ではないともいわれている」
「何も痕跡が残っていないというのは不思議ですね」
「―――だろう。宇宙考古学者の間で、このヘルの正体は最大の謎の一つとされている。しかし、この日誌を見る限りにおいては、やはり通説通り、当時、アルメリアがこのヘルと戦争をしていたことは確かなようだな」
そして私は日誌の続きを読む―――が、後はそれほど気にかかる様なことは書かれていなかった。
今日は二日酔いできついとか、友人と賭けで負けてお金を払わされたとか、とりとめの無い内容ばかりだ。
こうして見ると、40万年も前の人達の暮らしも今と大して変わらない。
しかし、ある程度読み進めていくと、1つ興味のある内容が目に入った。
「今日、アルメリア神聖国から女神が届けられた。どうやらこの惑星で守る事になるらしい。この星は辺境の惑星ゆえにヘルの攻撃対象から外れている。だから安全だと上が判断したのだろう。今にして思えば配備兵の数が辺境にしては多かったのはこのためだったのかもしれない」
私はこの日誌の内容である1つの言葉に注目する。
女神……
この言葉とアルメリアで連想するものが1つある。
それはレリーフだ。
アルメリアのものと思われる遺跡にはほとんど女神を象ったレリーフがどこかにある。私たちが最初に調べた上の遺跡にもそのレリーフはあった。それでその遺跡がアルメリアのものだと判明したのだ。
しかし、これはどういうことだ。
我々考古学者の間ではこのレリーフに描かれている女神は、当時のアルメリアのシンボルの様なもので、いわば神と等しく、実在するものだとは思われていなかった。
それがこの日誌によると、どうやら実在しているらしい。しかもこの星に運び込まれたのだというのだ。
「博士、女神というのは……」
ネイ君も私と同じ疑問を抱いたらしい。
「アルメリアに関するもので女神と言えば連想するものは一つしかない……だがこれだけでは情報が不足していて何の事だが不明だ。ただ理解できるのはその女神が実在しているものらしいということだ」
とりあえずこの場でそれを考えていても答えは出ない。私は日誌の先を読むことにした。
「ウルク歴5700年。ついにヘルがこの星にも現れ、戦闘状態に突入した。どうやら女神がこの星に安置されているのが奴らにばれたらしい。それ以外に奴らがこんな辺境の星を襲う理由などないからだ。戦闘状況はあまり芳しくない。他の星に応援を頼んではいるがおそらく無駄だろう」
さらに日誌は続く。
「この星が戦闘状態に入って3日目、ついに司令が撤退の命令を出した。この星は放棄される。そしてここの司令部は女神と共に異次元へと隔離される事が決定した。そうすればヘルが女神を探し出すことは不可能だからだ。私もこの星のデータを消去し、脱出船に乗り込まなければならない。遺憾ながら日誌はここまでとする。生きてこの星を出られたら、また日誌の続きをどこかで書こうと思う」
日誌はここで終っている。
とりあえず分かった事は、この星はヘルというアルメリアの敵対勢力に襲われ放棄された事。そして、この日誌によると、狙われた理由というのはこの星に安置してあった女神が原因かもしれないという事だ。
だが、我々はこの女神というものを目にしていない。この日誌によれば安置されたまま異次元に隔離されたと記録さている事から、まだこの施設の何処かに隠されている可能性がある。
そしておそらく隔離された司令部とはここの事だろう。つまり、ここの何処かに女神があるという事になる。
「博士……」
「わかっている。とりあえずこの部屋を調べてみよう」
私たちはその後、この部屋の中を捜しまわった。
ガーディアンロボットはあれから出てこない。ゆえに安全に探す事が出来たが、結局女神とやらは発見できなかった。
そうしているうちに2時間が経過する。そろそろ救助隊の人達が到着する頃だろう。
しかたがない。私たちは先ほど自分達が落ちて、ワルツ君を待たせてある部屋に戻ろうとした。
その時だった。
「またか!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
また地震が来た。
だが今度のはそれほど大きな地震ではない。すぐに揺れは収まった。
そして揺れが収まった時、ネイ君が奇妙なものを発見した。
「博士、あれを見てください」
「あれは……」
私たちは部屋の中央に奇妙な箱が現れたのを確認した。
現れたのは長方形の箱で、人が寝そべればちょうどそこに収まるくらいの大きさと形だ。
だが、そんなものはさっきまでそこにはなかった。先ほど部屋をくまなく調べたのだからそれは断言できる。あんな目立つ場所にあのような箱は無かった。
しかし、それが私の好奇心に火を付けた。
あの箱の中身を確認したい。私の頭の中はその思いで一杯になり、その箱に近づいて行く。
「博士!危険です。何かの罠かもしれない」
ビッツ君が私に叫ぶ。しかし、今の私には寝耳に水だ。私はとりつかれたようにその箱に向かって歩いて行った。
これは憶測だが、私は何故今、その箱が突然そこに現れたのか想像はできていた。
クロノスボックスだ。
今、目の前にあるこの箱はクロノスボックスにより隠されていたのだ。つまり、クロノスボックスにより隠された部屋で、さらにクロノスボックスにより、この箱が隠されていたのだ。
断言は出来ないが、おそらく間違いないだろう。そしておそらくあのガーディアンロボットもそうやって隠されていたのではないか。
だから部屋の入る前のスキャニングによる安全確認では探知できなかったのだ。二重の仕掛けとはアルメリアも粋なことを考える。
しかし、これがビッツ君の言う通り、罠である可能性も十分考えられる。だがそれでも私は箱の中身を見たかった。
その箱の中身が、先ほど呼んだ日誌に書いてあることを踏まえると、何が入っているのか想像できるからだ。
それを確認したくて、私は箱の前まで来ると直ぐに横についてあるスイッチを押した。
すると箱が開き、中からまた箱が現れた。今度は棺の様な形をしている。ただし、今度は上面の一部がガラス張りになっていて中が確認できるようになっている。
私はそこからその箱の中を覗き見る
そして私は見た。
幾世相の時を超え、静かに眠り続ける女神の姿を……
そして時は流れ、今この時より50年後、この物語は幕を開ける。