始まりは突然に。
昔、昔のそのまた昔。
広大な大陸“エル・フルーラ”が空の楽園、空中庭園“スカイ・ガーデン”と深い交流があった頃。
1人の“エル・フルーラ”の貴族の青年と1人の“スカイ・ガーデン”の“光の巫女”である姫が、地上で恋に落ちた。
2人の仲は慎ましく、それはそれは幸せな日々が続いていた。
ところがある時、地下の軍事帝国“アンダーグラウンド帝国”が地上に進出してきた事により、2人仲は引き裂かれてしまう―――――
空の国との交流に大陸国としての発展はもうない、と考えた“エル・フルーラ”の民は、“アンダーグラウンド帝国”のとある“提案”により地上にいた“スカイ・ガーデン”の移住民を根絶やしにし始めたのである。
そして、一目“彼に会いたい”と願って地上にやってきた姫もその対象とされ、あえなくして命を落とした。
この物語は、そんな悲しい恋から数千年たった後の物語である―――――
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「━━━━というわけで、“スカイ・ガーデン”ではその“光の巫女”様が地上で亡くなったって話が“名誉ある死”として天女になられた、なんて言ったの。これが地上にもある“羽衣伝説”っていう伝記の事ね」
時は冒頭からおよそ1000年後。
穏やかでのどかな空気が変わらず“エル・フルーラ”には広がっている。
“エル・フルーラ”のとある小さな村、ブルーベリータウン。
澄みきった青空の下、たくさんのブルーベリーの畑が広がる村の一角でその話はされていた。
村の畑から少し外れた先にある小さな草原。――――そこには、やたらと耳と尻尾がふわふわしているキツネのような、犬のような動物と大きなリボンが目立つ小柄な女の子しかいなかった。
「ったく何が“真実”かも知らない輩が、嘘だらけの歴史書を見てこんな話が出来ちゃったんだもの‥何で児童書にまでなるのかわかんないわ……それに“スカイ・ガーデン”にも同じ内容の本があったし‥おかしな話よね」
「・・・くー‥」
“ぱかんっ!!”
先程からずっと喋りっぱなしだったその生物は、聞いていたハズのその少女の頭を思いっきり“はりせん”で叩いた。
「ちょっとルリ、あんた何で居眠りしてんのよっ!あんたが“羽衣伝説”聞かせろって言ったんでしょーっ!」
どうやらこの生物は立つ事も出来るらしい。ルリ、と呼んだ少女にぺちぺちと肉球のある柔らかい手で叩く。音としてはあまり痛くない音であるが、爪などがあって地味に痛いのだ。
「リリアン、いたいよー‥爪、切ってから叩いてよー」
「おだまりっ!人に話してって頼んだクセにのんきに昼寝するおバカがどこにいるのよっ?」
「ここ?」
「もう絶対話してなんかあげない、口も聞かない、帰りは一人で帰りなさい」
「やだやだ、リリアンごめんねっ‥」
ぎゅうっと潰されそうな勢いで抱き締められ、リリアンと名を呼ばれたその生物はしょうがないなといった感じにルリに頬擦りした。
「あのね、そよ風が凄く心地よくて‥気温もちょうど良くて…つい、話を聞いてたら眠たくなって‥ごめんね?」
「もういいわよ、こののほほん娘に何年付き合ってると思ってるの?だいたいホントに口聞かないって言って実行した事あった?」
「ふふっ、そうだったね‥ありがと、リリアン」
ルリはにっこりと笑みを浮かべるとまたリリアンを抱き締めた。
この喋る不思議な生物、リリアンはルリが幼い頃からのパートナーだった。
生まれた時から傍にいてくれて、姉妹のような友達のような親友のような間柄だ。
「で?アクアに贈るプレゼント、出来たの?」
触り心地のいいリリアンの毛並をたっぷりに堪能していると、当の本人から話しかけられた。
ルリはあはは、と苦笑いを浮かべた。
「シロツメクサの花束にしようか、冠にしようか…決まらな」
“ぱかんっ!!!”
「…痛い」
「あと1週間よ?あと1週間したらアクアの結婚式なのに…アンタ何でそんなにマイペースなのっ!」
またも“はりせん”で勢いよくルリの頭を叩く。
ルリの頭より大きなリボンがふわりと揺れた。
「だからこそ、だよ?」
「はっ?」
「大事なお姉ちゃんの結婚式だからこそ、プレゼントは最高のモノを用意したいの━━━━“あと”じゃなくて“まだ”1週間もあるんだもん‥じっくり考えて決めたいの」
ルリはにっこりと微笑んでいた。
かなわないな、とリリアンもフッ、と笑う。
「しょうがないわね!じゃああたしの知恵も貸したげるわ」
「ありがと、リリアンっ♪」
ルリは純粋で優しい娘だ。
たった1人の肉親の姉が1週間後にはお嫁にいく。
そんな姉の喜ぶ顔が見たい、という純粋な気持ちから結婚祝いのプレゼントをあげたいと思っていた。
リリアンはそんなルリの気持ちをよく知っていたから、手助けを申し出た。
「あっ、じゃあ冠にしよう♪ほら、花束はお隣のおばさんとか‥村長さんが用意してくれるし…造花にしちゃえばカチューシャとしても使えるよね?」
「そうね、ぼへーっとしてるルリにしては上出来な考えだわ」
「ぼへー‥ってそんな事ないよー」
「自覚がないって幸せね」
「むぅ、リリアンひどいよー‥」
「ハイハイ、ほら!決まったならさっさと作業始めましょ?」
「――――うんっ♪」
こくり、と頷いてルリは立ち上がってシロツメクサの花を探す事にした。
草原を抜けて花畑へと入る。
緑豊かなブルーベリータウンは自然に溢れている。
よってシロツメクサの花もすぐに見つかった。
小さな湖もあるこの花畑はルリが小さな頃からのお気に入りの場所だった。
意気揚々とシロツメクサを摘んで編んでいくと、ふとルリの視界に入ったモノがあった。
━━━━湖の向こうである。
「ねぇリリアン?あそこ‥何かキラキラしてないかな?」
「――――あたしの目には解らないわね」
「小さい時は気にしてなかったけど‥湖の向こう、絶対光ってるよね?七色の虹みたいに」
「あんた、人の話聞いてる?」
好奇心旺盛な13歳の少女は、シロツメクサを編み込む手を止めてじっと湖の向こうを見つめていた。
どうやら誤魔化しは効かないらしい。
「ダメよ、ルリ。あそこには絶対行かせちゃダメだ、ってあんたの亡くなった両親からキツく言われてるんだから」
ルリが行きたくてウズウズしているのに気付いたリリアンがピシャッと言い放つ。
「えー‥どうしてー?何でわたし、行っちゃいけない所ばっかりなのー…?」
「それはあんたが体が弱いからでしょ!この前も熱出すし…とにかく、アクアの結婚前に体調崩すなんてしたくないなら大人しくプレゼント作ってさっさと帰るわよ!」
保護者役のリリアンが言う事も一理ある。
ルリはむぅっ、と頬を膨らませると無言で作業を再開した。
子供そのもの、なのである。
このまま無言なのもなんとなくバツが悪いので、リリアンは話してみる事にした。
「“魔石”の元よ、あそこにあるのは」