仕事の流儀
テレビからは、「あけましておめでとうございます」など、
新年を祝う声が聞こえる。
居間のこたつで、すずが寝ころびながら漫画雑誌を読んでいる。
そこに寝間着に半纏をひっかけた姿の父が年賀状の束を手に入ってくる。
父「すず、年賀状いっぱい来てたぞ」
すず「えー! マッキーからは? マッキーからは来てる!?」
父「ん? ちょっと待てよ。(年賀状の束を繰る)おお、来てる来てる!」
すず「やっべ! すず、胸がビンビンする!」
父「うん。そこは素直にドキドキするでいいぞ」
すず「ねえお父さん、読んで読んで!」
父「よしよし。えー、『旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。本年も相変わらず、よろしくお願いいたします。皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。平成二十六年 元旦 マッキーマウス』」
すず「固いよ! 文章が固い!! 舞浜との間にものすごく距離を感じる!!」
父「すず、マッキーさんの身にもなれ。年から年中歌って踊って愛想振りまいて。デズニーランドでは自分の家の中まで入って来られて、プライバシーのプライベートもあったもんじゃない。これだってきっとあれだぞ。その日の仕事を終えてくたくたになって帰ったところで書いてるんだ。少々事務的にもなるってもんだろ?」
すず「お父さん、デズニーってブラック企業なの?」
父「すず、ブラックかそうでないかは働いてる人間が決めることだ。働いてるひとが充実してるなあと思えば、それは『やりがいのある仕事』になるんだ」
すず「つまり、世界はたくさんの幸せなうそでできているってこと?」
父「難しいことを言うな……。だけど、それは少し違う。辛い現実は探さなくても見れる。幸せな現実は見ようと思わないと見られない。辛いのや痛いのばかりが現実じゃない。下を向いて受け入れるのは簡単だけど、どうせなら頑張って前を見て幸せな現実を歩こう。ってことだ」
すず「何かヤだ! マッキーたちが普段からそんな思いでパレードしてるなんて何かヤだ!!」
父「マッキーさんたちはそれで幸せなんだよ。韓流アイドルが安いギャラでも、メンバーが脱退しても、笑顔で頑張れるのと同じさ。マッキーさんたちもファンの皆が好きでいてくれるから頑張れるんだ」
すず「マッキーに『さん』付けはやめて。あと、それは東方神起のことを言ってるの?」
父「東方神起だけじゃない。KARAもT‐ARAもKAT‐TUNだってそうだ」
すず「KAT‐TUNは韓流じゃないよ。色々あったけど」
父「そうか。父さん、仕事ばっかりで何も知らなくってごめんな」
父、快活に笑う。
すず「そればっか」
父「え?」
すず「いっつもそればっかじゃない……だからお母さんにも逃げられたんだよ!」
父「新年早々、何でそんなつらいことをほじくり返すんだ……」
すず「仕事って何の仕事なの? 家族にも言えない仕事って何?」
父「別に人様に後ろ指差されるようなことはしていない。おこづかいだって不自由させてないだろ」
すず「だからって、夏休みも冬休みも朝から晩まで仕事仕事っておかしいよ! ヒトミちゃん家もマミちゃんの家もどこの家のお父さんだってそんなことないのに!!」
父「よそはよそ。うちはうち」
すず「この年賀状だって何よ! コンビニでも普通に売ってる無地のやつじゃん!」
父「マッキーさんの仕事終わりだと、デズニーの店も閉まってるんだろ」
すず「じゃあ、消印も何でデズニーのじゃなくて、浦安の郵便局なの?」
父「それは……うっかりしてたんだろ。マッキーさんも」
すず「こんなの全然デズニーっぽくない!!」
父「でも、ちゃんとマッキーさんが書いてくれてるじゃないか」
すず「だから『さん』付けで呼ばないでよ!! これ、どう見たってお父さんの字じゃん! 達筆過ぎるじゃん!!」
父「仕方ないだろ! お父さんがマッキーマウスなんだか……!!」
父、マッキーっぽいジェスチャーで『しまった!』と口元を押さえる。
すず「今……何て……。それにその仕草」
父「な、何でもない。そろそろ仕事に行く。今日も遅くなるから先に寝なさい」
寝間着から着替え始める父。
その背中を見つめるすず。
すず「お父さん」
肩越しにちらりと振り返る父。
こたつから出て、正座をし、丁寧に手をつくすず。
すず「あけましておめでとうございます」
父「ああ」
父の携帯が鳴る、メロディは『エレクトリカルパレード』。
溶転
終わり