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第7話

「イースさんを賭けて、ボクと決闘してもらう!!」


 通路にて、宏一は凍った。

 そろそろイースと合流するかと思っていた彼だったが、突然勇者が現れた。嫌な予感はひしひし感じていたが、どういう脈絡かは分からないが、そう言い出した。


「………えと、何で?」


「イースさんに相応しい存在である事を証明するためだ! ボクと戦え………えっと」


 よく考えてみれば、一度も名乗っていない。そもそも遭遇すらしていないのに、何故イースの名前を知っているんだろうとも思ったが、あれはあれで目立つ。名前くらい少し調べれば分かる。


「コウイチだ」


「コウイチ? ………なんか日本人みたいな名前だけど……まぁいいか。じゃあコウイチ! ボクと決闘しろ!」


「断る」


 間髪入れずにそう答え、即座に背を向ける。

 これにて会話は終了………。


「何故だ!」


 とは行かなかった。

 面倒だなとも思いつつも、目の前の勇者をどうにかあしらわなければ。


「いや、決闘も何も、そもそもあれは俺のだし、戦う意味すら見あたらないし」


「逃げるのか! 男らしくないぞ!」


「男らしくないのはお前の方だろ。女を賭の対象にしようとするなんて、みっともない」


 自分で言っておいて、後で「しまった」と思った。この言い方では相手の怒りを買うだけだ。

 しかも、どうやら今の一言が勇気の怒りの琴線にピンポイントで触れたらしい。………ここに誰もいなければ、即座に斬り掛かっていたとも思える表情だ。

 自分の迂闊さと相手の直情さを呪いつつ、宏一はどうにか目の前の荒ぶる勇者を宥めにかかる。


「そもそも、こんなところで決闘なんて出来るわけ」


「―――構いませんよ」


 やんわりと、そこに第三者が割り込んだ。

 いつの間にか野次馬が集まっており、その野次馬の中央に立っている人物が1人………。

教団の指導者たる賢者シュトレイであった。


「お話は聞かせていただきました。ですが、このままでは埒が明かないでしょう? それならば一度、真正面からぶつかり合ってみるべきでは?」


「それは………確かに一理あるかもしれないが」


「場所等に関してはご心配なく。少しくらい暴れても大丈夫なよう、広場を一つ空けましょう」


 ………なんだか、気がついたら外堀が埋められている気がする。

 野次馬達からはと言うと、妙にはやし立てるような言動ばかりが聞こえる。どうも女を巡って決闘というのが、やはり絵になるシチュのようだ。こういう禁欲的な場所にいると、人間溜まるものがあるのかもしれない。


「一時間もあれば、用意は出来ます。決闘はその後、という事で」


「ボクは構いません! コウイチ、君こそ逃げるなよ!」


 いつの間にか、決闘するという流れが決まっている。

 こういう場合、異議を唱えたところで多数決による却下が待っている。まだ調査が終わっていないので、逃げる事も出来ない。


「どうしてこうなった」


 お約束となりつつある台詞を、宏一は呟くのであった。











 決闘と言っても命の取り合いではない。

 シュトレイも「人を殺める事は教団では許されません」と公言しており、あくまで正々堂々勝負し、蟠りに決着をつける事を目的とする。故に、使うのも本物の剣ではなく、訓練などで用いられる木の棒だ。


「そなた、剣など使えるのか?」


 いつになく心配そうに尋ねるイース。

 対する宏一はと言うと、手に馴染むかどうかを確かめるべく、ぶんぶん棒を振るっている。


「まぁ、勇者だった頃は騎士団長とかゆー奴から、訓練と称したリンチを受けてたがな」


 あの訓練で得られたのは、剣の腕前ではなく、度胸と忍耐力くらいだろう。あと打たれ強さだ。

 そのため、剣は旅をしている時に我流で身につけた。少なくとも、城で習うようなお座敷剣術よりは実戦的だと言える。


「とはいえ、あの勇者相手にそれが通用するか分からんけどな」


 耳にしている情報では、勇者は剣技に優れているという。それがどの程度か、実際に目にしたわけではないため、ハッキリと断言は出来ない。

 それを聞いたイースはさらに表情を曇らせるが、心配するなと言わんばかりにその頭を撫でる。真っ向勝負では分が悪いかもしれない。だが、こちとら元勇者で現魔王のご主人様だ。色々と狡い手は使わせてもらう予定だ。

 そのまま広場へと向かい、勇気とシュトレイが待つ中央へと歩いていく。

 宏一も勇気も、特に防具は身につけていない。防具と言えるのは籠手くらいだろう。


「では、決闘を始めましょう。制限時間は特に設けません。どちらかが気絶したり戦闘不能になった時、決着とします。………或いは、こちらで戦闘続行が難しいと判断した場合は強制的に決闘を中断させます。何か質問は?」


「ありません」


「………同じく」


「では、決闘を開始します」


 シュトレイがそう宣言し、2人から距離を取る。

 邪魔にならないであろう位置まで下がり、その言葉を放った。


「始めっ!」


 シュトレイの声と共に、勇気が強く踏み込む。

 速い。距離は開いていたが、勇気はそれを数歩も歩かずに肉薄し、木棒を突き出す。

 だが宏一も慌てない。焦らず冷静に、横に半歩動いて躱す。


「やぁっ!!」


 攻撃は止まらない。勇気は次々と攻撃を繰り出す。

 横薙ぎ、袈裟、唐竹。がむしゃらに見える剣筋だが、一撃一撃が必殺の威力を秘めてい る。それが剣術の鍛錬の成果なのかは別として、当たれば命取りになりかねない。故に宏一も防ぐのではなく、回避に集中しているのだ。

 だが、防御するだけでは勝てない。回避しながらも宏一は魔法を構築している。


「ウインド!」


 発動と共に、凄まじい風が巻き起こる。

 五大属性の一つ、「風」。その基礎属性魔法「ウインド」。その名の通り、効力は「風を起こす」という規模の小さいもの。しかし、如何に初歩的な魔法といえど、突き詰めていけば強力な魔法へと変貌する。構築する際に魔力を多く込めれば、それだけ強い風を起こす事が出来る。


「くっ!」


 突如発生した風に気を取られ、勇気が戸惑う。

 その隙を宏一は見逃さない。距離を詰めると一気に木棒を握っていない方の手……右手で思い切り腹部を撃ち抜いた。

 宏一は予め、自身に身体強化魔法をかけている。筋力・瞬発力などを倍加する魔法だ。注ぎ込む魔力は敢えて控えめにしているが、全力で注げば素手で鋼鉄を砕くほど強化する事も可能だ。

 決闘と言っても、全て木棒で攻撃しろと言われているわけではない。魔法を使うなとも言われていない。こっちの専門は魔法なので、寧ろメインにしてもいいはずだ。

 腹部へ放った拳は完全に入っている。これで………。


「………軽い拳だね」


「っ!」


 その言葉に戦慄し、咄嗟に身を屈める。しかし微かに遅かったのか、大きく薙ぎ払う一撃が肩を掠める。

 掠めただけではあるが、肩に鋭い痛みが走った。見れば、衣服が千切れ、内出血でもしているのか、肌が紫に変色している。


「掠っただけで、この威力かよ………!」


「はあっ!!」


 勇気はさらに、横薙ぎに木棒を振るう。

 接近した状態での一撃だ。躱せる距離でも速度でもない。

 掠っただけであれだけの威力の一撃だ。まともに受ければ骨折か、最悪、骨その物が粉々になる。


「シールドッ!!」


 ギリギリで構築が間に合った。

 構築された魔力の盾が、木棒を辛うじて遮る。だが、


「やぁぁぁぁぁぁっ!!


 大きく叫びながら、勇気が放ったのは回し蹴りだった。

 咄嗟だったので構築が甘かったのか。それとも勇気の一撃が予想以上の破壊力だったのか。蹴りはまるで煎餅を割るかのように、宏一の魔力盾を砕いた。

 嘘だろと宏一が呟く間もなく、彼は回し蹴りをまともに受けて、大きく吹っ飛ばされ、そのまま地面へ叩き付けられた。


「宏一っ!!」


 イースが叫ぶ。

 巻き起こった土煙が、彼の姿を覆っているため、どうなっているのか分からない。

 荒く息を吐きながらも、勇気は未だ警戒を怠っていなかった。


(………今の攻撃、微妙に“入って”なかった)


 祖父直伝の回し蹴り。幼少期から何度もその身で受け、そうして習得した技だ。だからこそ分かる。今の攻撃は完全に入っていない、と。

 どんな方法を使ったのかは分からない。だが、何らかの方法で防がれた。現に………。


「痛ぅ………」


 土煙が晴れたそこに、宏一は立っていた。

 だが、攻撃を受けた側。左腕の籠手は見事に砕けている。あの様子では、左腕にもダメージが行っている可能性が高い。現にかなり痛そうにさすっている。


「無茶苦茶だな、お前。シールドをただの回し蹴りで砕くなんて」


「そっちこそ。いったいどんな手品を使ったんだ? 一応今の必殺技なんだけど」


「そんなの言えるか。企業秘密だ」


 強がってはいるが、かなりダメージは大きい。

 今のでノックアウトしなかったのは、シールドを砕いた際に若干勢いが落ちていたのと、咄嗟に籠手を強化し、防御態勢を取ったためだ。身体強化で防御力も高まっていたのも大きい。しかし、それでも籠手は砕かれ、左腕にも小さくはないダメージが入っている。この激痛から、もしかしたら折れているかもしれない。


(左はもう使えないな。てかアイツ、どんな身体してんだ)


 さっきの一撃は、身体強化した上での一撃だった。

 それに間違いなく鳩尾に入っていた。防具も着ていない人間が受ければ、確実にノックアウトする威力はあった。

 だが勇気はまったく堪えた素振りは見せず、逆に反撃してきた。

 最初は同じように魔法で身体強化でもしてるのかと思ったが、勇気からは全く魔力の流れは感じない。事前情報では剣術が冴えまくってる反面、魔法はかなり残念だとも聞いているので、その線は薄いだろう。

 ならばスーパーアーマー特性でも追加されてるのかと思ったが、今の時点では分からない。情報が少なすぎるので、複雑に考えても分からないだけだ。


「でも、さっきのウインド凄かったよ。かなりの魔法の使い手らしいね」


「まぁな。どうせなら派手な魔法使いたいところだが、それも許しちゃくれないだろ?」


「当たり前だよっ!」


 その言葉を皮切りに、勇気は再び攻撃を再開する。

 攻撃を躱しながら、宏一は再び思考を巡らせる。


(どうする? まともにやっても勝ち目は薄い)


 勇気ほど動きの速い相手に、上位魔法を使うのは賭けに等しい。

 性能の高い魔法ほど、構築が複雑で時間がかかる。激しく動きながら構築出来るほど容易くはない。ウインドのような基礎魔法ならば、構築も単純なので動きながら使用出来るのだが。

 目の前の相手を確実に仕留めるには、恐らく上位の攻撃魔法を使う必要がある。だがその場合、立ち止まって構築に集中しなければならない。予めシールドを展開した上でならば、1発や2発耐えられるかもしれないが、それでも構築の時間を見過ごすような相手ではない。そもそも、殺傷性の高い魔法を使えば即座に負けだろうし、不用意に力を晒したくもない。


(となると………)


 狙うのは、ダメージが確実に伝わる場所。

 戦闘方針がようやく定まった。左腕は使い物にならないし、おまけに向こうはあれだけ動いているのに、まったく息も切らせていない。………長期戦は不利だ。


「もらったっ!!」


 勇気は木棒を両手で握りしめ、これで決めると言わんばかりに攻撃を繰り出す。

 鋭い突き。宏一の胴体を狙っている。ピンポイントで当たれば、確実に吹っ飛ぶ。防がなければ貫通するかもしれない。だが、それこそが宏一が望んでいた攻撃であった。


(ここだ!)


 身を半分、横へ捻り込むようにしてすれすれで躱す。だが、掠っただけでも痛みは走る。痛みの遮断など出来はしないし顔にも苦痛は浮かぶ。だが、それでも宏一は男だ。ただ耐えるのみ。

 攻撃動作の直後、すぐに反応は出来ない。勇気も「マズイ」と思ってもすぐに身体は動かない。宏一は相手の開いた足の間から、男の急所を思い切り蹴り上げ……。


「ちょっと! 何をされてるんですか!!」


 この場にはいなかった人物の声が響き渡り、思わず蹴りの勢いも弱まる。

 広場にエリーゼがやって来ていたのだ。しかもその表情からかなりお冠だと分かる。

 その声に、宏一も勇気も思わず動きを止めた。否、止めようとする。しかし極めて近い位置にいる2人が突然動きを止めると、結果的に2人の身体がもつれて………。


「うわっ!?」


 もつれ合いながら、地面に倒れた。

 体格では宏一の方が大きい。勢いも落ちていたので、宏一の方が勇気を押し倒す形だ。しかも………。


「げっ!?」


「おや」


「な………!」


 ちょうど、2人の顔が接触状態にあった。

 もっと言うと唇と唇が触れ合う………ぶっちゃけると、キス。

 あまりにも突然過ぎる展開に、誰も頭がついて行けていない。当事者2名も何が起きているのか半分理解出来ていない。


「宏一っ! そなた、何をしておるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 いち早くフリーズから立ち直ったイースが2人の間に割って入り、身体を引き離す。

 恐れていた事が起きた。夢の通りの出来事。自分の見ている前で………思い出すだけでも寒気がする。


「消毒じゃっ! 妾がぶちゅーと消毒して………いや、それでは勇者と間接キスになってしまうし………ならば妾の別の所を宏一に舐めてもらえば」


「落ち着け馬鹿者」


 いつも通りなイースに、宏一はいつも通りツッコむ。

 さすがにファーストキスがこれなら衝撃的だが、イースと色々致している宏一としても、そこまでショックでもない。せいぜい「うわやっちまったよ」程度だし、カウントする気はない。そんなものだ。

 だが、勇気の方はそうとも言えない。


「…………………………」


 勇気はというと、これまで異性と付き合った事はないし、そもそもキスすらした事がない。

 根っこが単純なのは、初心である事も意味している。そんな人間に、さすがにキスは衝撃的すぎる。

 故に、真っ赤になってそのまま倒れた。


「勇者様っ!?」


 真っ赤なまま、目を回して気絶した勇気をエリーゼは抱き起こす。………これはダメだ。完全にノックアウトされている。

 すぐさま勇気を抱き上げて、エリーゼは去って行った。勇者が神官に運ばれていく光景というのも、もしかしたらレアなのかもしれない。


「では、勇者殿もこれ以上は無理そうですし、ここまでにしましょうか」


 こんなgdgdな状況でも柔らかな微笑みを浮かべているシュトレイも、もしかしたら大物なのかもしれない。

 と、彼は「こんな終わり方でいいのか」と思っていた宏一に近づくと、何かを囁いた。


「え?」


「では、お願いします。出来ればそちらのお嬢様も一緒に」


 微笑んだまま、彼は優雅に立ち去って行った。

 終わり方はアレであったが、決闘の内容自体はそれなりに楽しめたのか、観客達も立ち去って行く。

 イースは首を傾げ、呆気にとられている宏一に尋ねる。


「宏一、何を言われた?」


「………トラップは切っておくので、私の部屋まで来てください、と」


「………なんじゃと?」


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