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第6話

 エリーゼが去った後、付近を気にしてから宏一が口を開く。


「………よかったのか? あの話聞かせて」


「構わん。聞かせた方が好都合じゃ」


 当然ながら、エリーゼが通路の影に隠れていたのは察知済みであった。

 宏一としては、ここでは聞かれるから部屋に戻ってからとしたかったのだが、敢えてイースがここで話すように仕向けたのだ。


「あれを聞けば、あの女神官も調べにかかるじゃろう。向こうが目立てば、こちらが目立たずに済む」


 お前は今の時点で充分目立ってるよ。

 宏一は最初からそう思っていたが、呑み込んだ。

 中身こそドMだが、見た目だけで判断するならイースは「絶世」という形容詞を必要と するほどの美少女だ。普通の人間の中に紛れれば、まず間違いなく目立つ。現に、賢者と聖女について調べている中で、「すごい美少女がいる」という噂も流れていた。

 尤も、そんな目立つイースがいるからこそ、あまり宏一が目立たずに済んでいるのかもしれないが。

 それを知ってか知らないでか、イースはさらに続ける。


「で、勇者以外にもここを探りに来たのがおったじゃろう?」


「………よく気づいたな」


 やはり、鋭い。

 種族故か、それとも元々気配を察する能力に長けているのか。

 宏一は、特に隠す必要もないだろうと思い、頷いた。


「あからさまに怪しいのもいたからな。ありゃ俺にだって分かる」


 宏一は特にそういった能力に秀でているわけじゃない。だが、あからさまに怪しいものを怪しいと思うくらいの事は出来る。尤も、向こうにしてみればこっちも怪しく思えたようだが。


「ほう、それでどうした?」


「ちょっかいかけて来たから返り討ちにした」


 とはいえ、施設内で魔法使うわけにはいかない。

 だが、宏一はこれでも元勇者だ。実際に旅した経験だってあるし、腕っ節もそれなりに強い。なので素手でボコり、情報聞き出した上で脅しつけて放り出した。あれで再び潜り込もうとするなら、大した度胸の持ち主である。


「で、その結果は?」


「俺たちや勇者と同じだった。教団の内部調査だ。………とは言っても、大した情報持ってなかったが」


 向こうが掴んでいた情報というのも、自分達と似たり寄ったりで大した収穫は無かった。収穫という収穫と言えば、他にも教団を探りに来た人間がいる事が分かったくらいだろうか?


「考える事はどこも同じだな。これだけ大きな組織なら、誰だって怪しむ」


 現に、イースや宏一が探りに来ているし、勇者一行もそうだ。

 もしもだが、これだけの規模を持つ組織が蜂起したら、ただでは済まない。故に、どこもヴェルシア教団を危険視し、情報を探ろうとする。


「だがこれからどうする? あの女神官が動くだろうけど、それで賢者が尻尾を出すと思うか?」


「出さんじゃろう。大した狸じゃしな。しかし………」


 にやり、とイースは笑みを浮かべる。


「動いて影響が出るのは、当人達だけではないかもしれぬがな」











 イース達の話を立ち聞きした(正確にはさせられた)エリーゼは、素早く行動を開始していた。

 勇者召喚を境に、姿を見せなくなった聖女。

 軍備増強など黒い噂が流れる教団に、身体を壊しつつあるという賢者。

 やはり、全ての鍵を握っているのは姿を見せない聖女にある。そう考えた彼女は、どうにか聖女に会えないかと事務室へ訪れたのだが………。


「残念ですが、聖女様は誰ともお会いになりません」


 ぴしゃり、と担当者に断られてしまった。

 賢者との面会はそう難しくはなかったのだが、やはり聖女ともなると難しい。


「その……何とかなりませんか?」


「何ともなりません。聖女様はお忙しい方ですので」


 噂だと、身体を壊したとか言われているが、やはり忙しいで済ませる気らしい。

 この様子ではどんなに頼み込んでも面会は叶いそうもない。やむを得ず、エリーゼは面会申請を諦め、事務室を後にした。


「どうしましょうか………」


 これだと、教団内で地道に探りを入れていくしか無いのかもしれない。

 しかし、それだとどれだけ時間がかかるか分からない。流れている噂が噂なだけに、あまり時間をかけたくはない。強硬手段を執り、無理矢理会いに行く方法も無くはないが、それだと今後の友好関係などに大きくヒビを入れる事になってしまう。

 どうすべきかを悩んでいた時であった。


「………あれは」


 数人の男性が、何やら言い争っている。

 よく見ると、その中心にいるのは賢者だ。どうやら彼が何か叱りつけているように見えるが………。

 少しして、賢者と言い争っていた男性達が渋々と言った様子で立ち去って行く。ふう、とため息を吐いた賢者が、ようやくエリーゼの存在に気づいた。


「………失礼。お見苦しいところをお見せしました」


「い、いえ。………何かあったのですか?」


「大した事ではありません、と言いたいところですが、彼らにとっては大した事なのでしょうね」


 再びため息を吐くと、その「大した事」を口にした。


「聖女様に会わせろと言われてしまいましてね」


「聖女様……確か、伏せっておいでと」


「体調自体は落ち着いたのですが、今は大事を取って休ませています。彼女も疲労が溜まっている様子ですので。………今はただでさえ物々しい空気ですし、妙な噂も流れていますから」


 妙な噂、というのは間違いなく例の黒い噂の事だ。

 ついさっき目撃した信者達にしても、あの様子では賢者としても、聖女に会わせたくはないだろう。


「大事を取って、とはしていますが、彼女が皆の前に出ないのは事実。故に不安に駆られるのも無理はないでしょう。傍からすれば、私が彼女を幽閉し、教団を私物化しているようにも見えるのですから」


 賢者はそうは言うも、エリーゼは疑問を感じていた。

 私物化しているように見せたくないのならば、聖女をほんの少しだけでも皆の前に姿だけでも見せればいい。賢者は魔法を使えると言うし、それならば簡単な魔法で声だけでも聞かせるなり、直接信者と対面させずとも、警備を固めた上で顔を出させるなど、方法はいくらでもあるはず。

 それをもしないのならば、よっぽど顔を出したくない理由があるとしか思えない。


(………そういえば、先程)


 イースの会話では、勇者召喚を境に姿を見せなくなったという。

 もしかしたら、聖女が姿を見せない本当の理由。それは、勇者に……否、勇者だけでなく、その仲間である自分達にも会いたくないからかもしれない。


「では、私はこれで」


 そう一礼し、立ち去ろうとする賢者。

 エリーゼは念のために、どうにか聖女に会えないかと切り出してみる事にした。


「あの、聖女様にお会いする事は出来ませんか?」


「………難しい要望ですね。一応、話だけは通しておきましょう」


 恐らく、彼女に通る事はないかもしれないが。

 エリーゼは直観的にそう感じ取っていた。











 自身の執務室に入り、内側から鍵をかける。

 安心したのも束の間。そのままシュトレイは咳き込んだ。


「ぐ、げほっ………!」


 数回咳き込み、ようやく治まる。

 口元を押さえていた掌には、べっとりと血が付着している。


「………時間が、ない」


 血の付いた口元を手で拭うと、彼は机へと向かう。

 机の上に広げられているのは書類。それも教団に関するものではなく、ある人物に関する調査結果だ。それを見る限りでは、件の人物は既にこの世界にいない事が判明している。

 だがしかし、それが意味しているのは彼がそれを為し得たという事実。同時にシュトレイが求めるものが実在している事を意味していた。


「やはり、方法はこれしかないか………」


 自身に遺された時間は限りなく少ない。

 それが尽きる前に、何としてでもやらなければならない事がある。

 件の人物を頼る事が出来ない今、彼に残された手段は一つ。極めて危険かつ、成功率の低い方法だけ。


「………皮肉なものだ。聖エミリオを信仰する組織の長が、それに反する行為を行おうとしているとは」


 自嘲めいた笑みを浮かべつつ、そう呟く。

 元より、彼は聖エミリオをそこまで強く信仰していたわけではない。

 組織を立ち上げる上で、何か信仰対象があった方がより人を集めやすい。聖女と共にそう考え、手頃な対象たる聖エミリオを持ち出しただけだ。実際、それは功を奏した。

 故にこれから行おうとする行為に対し、そこまで強く反発してはいない。元々、信仰心は強い方でもないのだから。


「私の命が尽きるその前に、何としてでも………君との約束だけは守ってみせる」











(あの女神官も今頃、聖女に会おうとしておるじゃろう)


 だが、自分達の想像が正しければ、教団側で確実にストップがかかる。賢者なり、聖女の事を知る人間ならば、勇者の仲間であり、大国エーデルラントから来た人間を聖女に会わせるはずがない。

 強硬手段でも執ってくれれば仕事がやりやすくなるが、さすがにそんな馬鹿な真似はしないだろう。

 だが、少しでも教団側の注意が彼女に向いてくれれば、こちらとしても好都合だ。


「後は、本国からの連絡待ちじゃな」


 最後の情報さえ掴めば、自分達が取るべき道は定まる。

 後は待つだけ、と思っていたイースであったが、そんな彼女に近づく影が1つ。


「あの、イースさんですよね?」


 彼女が振り向くと、なんとそこには勇者。それも元ではなく現の方。

 何でお主が妾に話しかけるんじゃと思いたくなったが、さすがに人の目がある場所では無下に扱う事も出来ない。頼みの綱である宏一も、今は別行動だ。


「う、うむ。確かにそうじゃが………」


 下手に斬り払うわけにもいかず、無難にそう答える。

 もしやとは思うが、自分の正体が見抜かれたのか?

 いや、そんなはずはない。イースは見た目完璧に人間で、外見的特徴で魔族とは気づかれる事はほとんどない。加えて、用いる魔力も容量と質がケタ違いではあるが、人間の使うものとほぼ同じ(そもそもここで魔法など使っていないが)。


「ボクはユウキ・スドウといいます。エーデルラントから来ました」


 知っておる。というか、スパイがおるからのう。

 内心そう思いつつ、適当に「そうか」と相づちを打つ。………この様子では正体がバレたとかそういう感じでは無さそうだ。

 ではいったい………そう考えた直後、イースの想像の右斜め上を行く発言が飛び出した。


「あなたが好きです! どうか、ボクとお付き合いしてください!」


「は?」


すき? スキ? 隙? ………好き?

あまりにも頓珍漢な言葉に首を捻る。それから数秒後、ようやくそれが告白である事に気づき、イースは思わず。


「はあ?」


 と、思いっきり呆れた声を出した。

 事も在ろうに、目の前の男は自分に告白したらしい。現勇者が現魔王に。知らないとはいえ、敵対する相手に、だ。ある意味、燃えるシチュエーションなのかもしれないが、ぶっちゃけイースにはそんな気の欠片もない。

 それに、だ。目の前の相手が自分の欲求を満たしてくれるような相手には到底思えない。仮に裸に拘束具で迫ったとしても、すぐに真っ赤になって「ごめんなさい、そんな叩いたりとか無理です!」とか言って逃げそうだ。そういう光景しか浮かばない。これが宏一ならば呆れつつも最後まで付き合ってくれるのだが。

 現状況のあり得なさに深くため息を吐きつつも、とりあえず断ろうと口を開いた。


「ユウキとか言うたか」


「はい! それでお返事は………」


「ぶっちゃけ無理じゃ。以上」


 さっさと帰れと言わんばかりに、しっしと手で払う動作をする。

 が、そこはさすがは現勇者。諦めの悪さとしぶとさは他のRPGの勇者にも引けを取らない。


「ぼ、ボクのどこがダメなんでしょうか?」


 どこがダメと言われても、ありとあらゆる全てがダメとしか答えようがない。

 だが、こういう手合いは一つ一つ全て指摘すると、完全にダメになってしまうタイプだ。それだとさすがに可哀想ではある。

 どうするべきかと少し悩む。適当な嘘でも吐こうかとも考えたが、下手な嘘を吐いたところでどうせバレる可能性がある。かと言って性癖も話す気になれない(そもそも宏一はそういう話を他の人間の前でするなときつく言いつけてあった)。

 ここは無難な返答にしておこう。


「妾には、既に相手がおるからな。故にお主の気持ちには答えられん」


 イースには宏一という最愛の相手がいる。自分の欲求を満たしてくれる最高のご主人様だ。傍からすれば、普通にカップルとしか見えないだろう。現に教団に入る際、夫婦と申請しておいた。

 案の定、それを聞いた勇気はショックを受けたような顔になり、よろめく。


(さすがにこれで諦めるじゃろう)


 そう思い、背を向けて立ち去ろうとするイース。

 しかし彼女はまだ、勇者の諦めの悪さを完全には理解していなかった。

 どんなに打ちのめされたとしても、決して諦めない。訓練でもそう。彼は習得困難とも言える技をも、例え自身がボロボロになっても諦めず、習得するまでやり抜く。

 それが恋愛に向けられたら、極めて厄介極まりない。


「………その相手というのは、あの一緒にいた男性の事ですか?」


 そう尋ねてきた勇気に、どことなくイースは不安を覚えた。

 確かに自分は宏一と一緒にいる事が多かった。それを目撃している人間がいても不思議ではない。


「そうじゃが………それがどうかしたか?」


「ならば、彼よりもあなたに相応しい男だと証明できれば、ボクの気持ちを受け取ってもらえますか?」


「は?」


「彼よりボクが強い事が証明できれば、ボクと結婚していただけますか!?」


 いや、何故そこで結婚に行く。そもそも強いって何だ。

 あまりにも飛躍しすぎた問いをぶつけられ、イースは言葉を失っていた。


「彼を倒し、ボクがあなたに相応しい男だという事を証明してみせます!」


 そう言い放ち、意気揚々と勇気は走り去っていく。

 倒すとか物騒すぎる上、そもそも何故そんな風に話が捻曲がる。


「………何故こうなった」


 勇気が立ち去った後、そう呟くしか出来ない。

 あの様子では宏一を見つけ次第、決闘でも申し込まんという勢いだ。きっと申し込まれた宏一も「は?」となるに違いない。………訳も分からずに申し込まれるのだから。

 だがしかし、自分を巡って宏一が戦ってくれるのは、少しだけ嬉しい気がする。


(何というかこう………萌えるシチュエーション?)


 微妙に字が違う気がするが、それでいいのだろう。

 とりあえず宏一探しに行こうかと思ったその時、脳裏をよぎったのは、あの夢。教団に潜入捜査する前に見てしまった、あの悪夢。

 事も在ろうに自分の目の前で、宏一があの勇者に………その先は思い出したくない。確かに二人が直接決闘でもすれば、あの夢の通りの事が起きる危険もある。


「………大丈夫、とは思いたいのじゃが………」


不安は、拭えなかった。

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