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第5話

「初日はここまでじゃな」


硬いベッドに寝転んで、イースがそう呟いた。

彼らが今いるのは、信者のために用意されている部屋だ。

最初は大勢いる中で雑魚寝かと思っていたが、どうやら夫婦や恋人のように複数人で参加している場合は個室が支給されるらしい。

………とはいえ、コストを低く仕上げているのか、壁は薄いので少し喘いだら隣に聞こえるだろうが。


「意外と信者は大切にしてるみたいだな」


宏一も部屋を探索しながら、意見を口にする。

ベッドは硬いし、部屋もどうにか二人入るくらいの狭さだが、個室という点は大きい。

無論、個人参加の信者は大部屋で雑魚寝というのが多いが、しっかり男女別になっているし、部屋も何十人か毎に分けてある。

てっきり、信者は洗脳紛いの事でもやっているのだと思っていたが………。


「まだ分からんぞ。こうやって手懐けて、後で何か仕込むのかもしれんし」


「油断は禁物って事か」


食事に何か仕込むなり、儀式の際のトランス状態を利用して催眠をかけるなり………油断はできない。

人間である宏一ならともかく、魔族……それも僅かながらも龍種の血を引くイースに、薬や洗脳の類が効くとは思えないが。


「………媚薬って、妾に効くんじゃろうか」


「突然何を言い出す」


「いや、そなたの世界の「えろまんが」とかじゃと結構あるじゃろ? 「無理矢理なのに媚薬を打たれて感じちゃう……!」とか」


………どうやらコイツは最近、ダメ魔族と化しつつあるようだ(いや、元からそうだが)。

真顔で馬鹿言い出すイースを、宏一はとりあえず無視した。

そもそもお前、薬打たなくても充分感度いいだろとも思ったが、わざわざ返答してその流れで発情されても面倒だ。

話の流れを変えるべく、敢えて本題を口にする。


「………肝心の“賢者”と“聖女”に関する情報ってのも、あんまり集まらなかったな」


「そうじゃのう………」


姿だけでも見られたらラッキーかなと思っていたが、そううまくは行かない。

明日は信者達と行動を共にしつつ、教団の象徴たる二人に関して探っていこう。


「明日の予定は……と」


一日の日程が書かれた紙を広げる。ここへ入る際、渡されたものだ。

幸い、時間の表記は向こうもこっちも似た様なものなので、そこまで読み解くのに苦労はしない。

………日程表によると、6時に起床し、礼拝を済ませてから食事とのこと。

食事後は自由行動もあるが、時折、賢者からの講演などがある。

そこまで本腰を入れて調査するにも、時間だけには気をつけた方がいいようだ。

と、日程表とにらめっこしていた宏一に、イースは期待するような目差しを向けながらすり寄ってきた。


「のぅ、ところでじゃが………」


「ダメだ」


一言で却下した。

個室とはいえ壁は薄い。少しヤっただけで確実にイースは喘ぐ。それも初めて来る場所だと、間違いなく緊張で声がさらに大きくなる。

特に男女の性行為を禁止されているわけじゃないが、ヘタに目を付けられたくない。そんなので目付けられたら嫌だ。


「いや、それなら防音の結界を………気づかれるか」


その提案をしようとして、彼女は自分で気づいた。

防音結界を張れば、確かに声は外に漏れない。

しかし、施設のあちこちに探知系魔法を仕掛けているのだ。その仕掛けた誰かに結界を気づかれるかもしれない。

そうなれば、ヤって目を付けられるより数段厄介だ。というか結界張る理由が理由なので、バレたら情けない事極まりない。

そんな結論にたどり着き、イースはハッとなった。


「と言うことは、もしや………」


「少なくとも、教団の件が一段落するまで「お預け」だな」


後に、宏一はこう回想する。

―――あの時、「お預け」と告げたイースの表情は、絶望一色に染まっていたと。











一方の勇者一行だが、しばらく教団本部に逗留する事になった。

勇気としては、早く本国に戻りたかったのだが、エリーゼが警戒を強めるよう進言したため、少し様子を見る事にしたのだ。

彼らもそれぞれ客室を与えられ、休む事になったのだが………。


「…………………………」


寝床の中で、勇気は回想していた。

勇者として大国に召喚された時の事を、だ。

元の世界……地球では、ごく普通の学生をしていた勇気だったが、突如召喚された。

というのも、歩いていたら足下に突然魔法陣が展開し、一瞬の後にまったく別の場所にいたのだ。


『勇者様、どうか我らをお救い下さい』


大国の第一王女と名乗った彼女は、勇気に力を貸してくれるよう嘆願してきた。

勇気としても、美少女が必死に頼み込む姿を見て、無下に断るほど外道ではない。

勇者として魔族と戦い、その頂点に立つ魔王を倒す事を決意し、彼は勇者として研鑽を積んできた。

彼にも才能があったのか、めきめきと頭角を現わしていき、現在では騎士団長とも引き分けるほどの剣の腕を見せるほどとなった。

全ては、人類の敵たる魔王を倒し、この世界に平和を取り戻すため。


(僕は、全てを守る)


魔王を倒し、そして………あの時見た、あの美しい少女。

彼女を守るために、自分は戦う。

いつしか彼女に思いを告げる、その日まで。


「イースさん、見ていてください」











よくよく考えてみたら、この世界に来てロクな事が無い気がする。

最初に来たのは数年前。突然召喚されたと思いきや、高慢ちきな王女に「私たちのために戦いなさい」と来たものだ。

それから数週間。ほんとに大変だった。

高慢ちきの王女は会う度に小言ばかり。騎士団長にしても見下す言動と行動。時には憂さ晴らしとも言える暴力の雨あられ。

マシだったのは魔法の訓練の時。あの時は楽しかったし、魔法使いの老人もとやかく言わなかった。


『やってられるか』


その言葉を胸に秘め、頑張った。

数週間の間、とりあえず基礎的なものを詰め込み、その上で目的を絞って旅立った。

あんな連中のために戦うつもりなんてない。さっさと自分の世界に帰ってやる。

表向きは魔王討伐のために旅立ち、各地で文献漁っては異世界転移の方法を探し、最終的に魔族の文献まで探ってようやく見つけた。

古い術式の上、魔族用のものだったから、人間用に合わせて使えるようにするのが、また一苦労だった。

で、元の世界に帰ったら帰ったで大変だった。主に家族や周囲の友人達が、だ。

異世界に召喚されてたなんて話せるわけがないので、適当に茶を濁し、「憶えてない」の一点張り。


「…………………………」


………嫌な夢を見た。

まだ日は昇っていない。妙に寝苦しいと思って脇を見てみると………。


「むぅ………」


何故かイースが潜り込んでいた。

ベッドは一つしかないため、宏一は地べたにシーツを敷き、眠っていたのだが………何故かベッドの上にいる。

意図的なのかはさておき、おそらくはイースの仕業だろう。

確かにベッドは硬いが、地べたよりはマシだ。


「……いちぃ」


「ん?」


寝言だろうか。何か言っている。


「こういちぃ………もっと、なでて」


「………ったく」


一端ベッドから下りると、地面に敷いていたシーツを振るい、軽く埃を払う。

その上で、自分達の上にシーツを被せた。


(いや、訂正するか)


少なくとも、二度目の召喚では悪い気はしていない。

苦労している事は訂正できないが、苦労の分の見返りはある。

ドMだが、何かと不器用で可愛い魔王が側にいる。………なんだかんだで、自分も魔王の相手を楽しんでいるのかもしれない。

ふっと笑みを溢し、宏一はイースの頭を撫でた。











翌日、信者達に紛れて、宏一とイースは情報収集に勤しんでいた。

やはり集めるべき情報は“聖女”と“賢者”について。

彼らに関する情報ならば、些末なものでも欲しい。


「“聖女”様の姿を見ていない?」


「ああ。最近はお身体の調子がよくないらしくてな。ずーっと“賢者”様がお仕事を代行しておられるんだよ」


宏一達が来るより前からいる信者達の話だと、ここ最近はずっと聖女の姿を見ていないとのこと。

その理由は今聞いた通り、身体の調子が悪いため。

現在は賢者が教団の仕事を全て担当しているのだが………。


「どうも最近は、その賢者様のご様子もよろしくないようなんだよ。折々、咳き込んでらっしゃるのを拝見するしな」


「何か病気でも?」


「さあな。だが、元々身体が丈夫でないとも言うし………」


その言葉に、宏一は首を傾げた。

今の会話だけならば、賢者が聖女を幽閉し、自分だけで教団を牛耳っているとも判断出来る。

だが、身体が丈夫でない上に咳き込むほど業務を行っているというのはどういう事だろうか。


(情報が足りないな………)


一方、イースも女性信者を中心に聞き込みに回っていた。

女というのは基本、噂話が大好きである。現在広まっている噂の大半は、もしかしたら女が広めたものなのかもしれない。

ただし、広める際に「もしかしたら」とか「私思うんだけど」とか「かもしれない」などの推測語が付く。

広まる内、次第にそれが外れていき、気がついたら何の変哲も無い噂がとんでもない噂へ変貌している場合がある。

そんな脚色の上で広まっていくのだから、性質(タチ)が悪い事この上ない。

イースとて女である。噂話は大好きだ。故に、脚色があればだいたい気づく。

幸い、ここで入ってくる噂話は、あまり脚色された様子はないのだが………。


「シュトレイ様ってとっても素敵な方よ。いつも私たちによくして下さるし、親身になって相談に乗ってくださるの」


「ほう、そうなのか」


「ええ。それに教団が大きくなった今も、率先して自分から慈善活動を行われているの」


今も尚、大陸のあちこちでは戦いが収まっていない。

南方で起きた戦争の結果、多くの難民が生まれ、複数の民族同士の争いは泥沼化し、紛争が収まる気配すらない。

西方でも、半ば鎖国状態にある巨大国家「ギルガナム」が度重なる軍備拡大を行い、その都度侵略行為を繰り返している。

かの勇者の大国「エーデルラント」の周辺は、睨みが利いている故に紛争が一時的に鎮静化しているとも言える。………いずれまた爆発する恐れはあるが。


(………こう考えてみると、リュスターシクは平和なんじゃな)


少なくとも種族が違うから棲み分けはしっかり出来ているし、それぞれのテリトリーが区分されているし、小競り合いはともかくとして、ここ数十年はそれほど大きな争いは起きていない(先代の治世、ややgdgdになりかけた事はあったが)。

人間達が住まう大陸とは別の大陸。人類にとっては未踏の大地であるために「暗黒大陸」とも呼ばれる地。それこそ魔族達が住まう世界である。

魔族というのは人間以外の種族の総称であり、複数の異種族が存在している。そしてそれらの王を「魔王」と呼び、頂点に坐している。


「でも、最近心配よね。アリス様が姿を見せなくなってから、シュトレイ様が教団のお仕事を全て引き受けられているようだし」


「ええ。咳き込んでおられる姿を拝見したって話も聞くし。………やっぱりお身体の調子、よろしくないんじゃ」


この辺りも宏一が聞いているのと同じ話だ。

紛争地帯と言えば、人の死体がいくつも転がる不衛生極まりない場所。

そんな場所で専門装備もなしに慈善活動を行えば、身体の弱い者なら病気にかかる危険もある。

噂によると、賢者はあまり身体が丈夫でないと言う。可能性は充分にある。


「シュトレイ様もそうだけど、アリス様もご心配よ。あの時からずっとお姿をお見せになっていないから」


「あの時?」


ぴこん、とイースはめざとく反応した。

これまで、聖女は身体を壊して伏せっているぐらいにしか聞いていなかったが………もしかしたら、姿を現さなくなった「何か」があるのかもしれない。

が、女性達はやや気まずそうに視線を交わす。


「………その、ね。私たちが話したってナイショにしてよ?」


「うむ。妾は口が硬い。安心して話せ」


普段通り、尊大に言い放ったのが効果的だったのか、迷っていた彼女達も恐る恐る口を開いた。


「………実はね」











宏一やイースが情報収集に勤しんでいるちょうどその頃。

神官エリーゼは勇気達とは別行動を取っていた。


(確実に彼は何かを隠している)


賢者と対面した際、彼女は底知れぬ何かを感じ取っていた。

勇気はシュトレイに好感を抱き、好意的に接しているようだが………エリーゼは違った。

信用ならない相手だと、彼女は判断していた。

彼が胸に抱いたそれが何なのかまでは分からなかったが、一番近いと思ったのは、彼女の上司に当たる神官長が、今も抱いている野心である。

上昇志向が強いというか、神官長は権力の座を狙い続けている。さすがに王の座こそ無理だが、それに次ぐ大臣の座を狙っている。

………シュトレイが抱く何かが、それに近い何かだと、エリーゼは感じたのだ。


(それに気になるのは、もう1人の代表たる“聖女”)


賢者シュトレイと共に、教団を立ち上げ、象徴となっている存在。

聖女アリスが信者達の前に姿を現さなくなって、実に数週間が経とうとしている。

その間、聖女が担当していた仕事も全て、賢者が代行している。………無論、教団の運営などは元々賢者が担当しており、彼女の仕事は儀式や礼拝の進行程度なのだが。


「どうにかして、聖女アリスに面会出来ないかしら………」


教団の軍備増強に黒い噂の数々。

聖女に会えば、それらに何らかの答えが得られる。

そんな予感を、エリーゼは感じていた。


「………あら?」


通路の先に、見覚えのある顔が二つ。

イースと言うあの時の少女と、よく一緒にいる青年だ。

見つかるとマズイと思い、咄嗟に通路の影に隠れる。


(何を話しているのかしら?)


影に隠れつつ、聞き耳を立てる。


「………賢者も聖女も、信者達の間じゃ悪い噂は聞かないな」


「うむ。妾も似た様なものじゃ。共通しておるのが、ここ最近賢者は身体を壊し気味。聖女が姿を出さなくなった、というところじゃな」


どうやら二人は賢者と聖女について話しているらしい。

話の内容から察するに、どうもその二人について調べていたようだ。


(じゃあ彼女達は信者ではなく、それを調べに………?)


どう見ても信心深い人間には見えなかったので、その点は納得出来る。

だが、何故わざわざこんなところまで調べに来たのだろう。やはり自分達と同じ経緯で来たぐらいにしか思えない。


「で、じゃ。妾はもう一つ、興味深い話を聞いた」


「興味深い話? 何だ?」


「聖女が姿を見せなくなった前後。ちょうど数週間前なんじゃが………ある出来事があった。とある国で大々的に取り上げられた出来事がな」


「数週間前? ………おい、それってまさか」


エリーゼにも、その出来事に覚えがあった。

何せ、自分もそれに関わっている。その場にいたのだから。


「うむ。エーデルラントにて行われた、勇者召喚じゃ」


そう彼女が言い放つと共に、エリーゼは言い様のない寒気を感じた。

勇者召喚と聖女。まったく見えない二つには、底知れぬ何かがある。

恐らくイースはその二つに、何か関連性があるのだと言っているのだ。


「ちょうど、賢者と聖女が勇者召喚(それ)について話しておるのを聞いた信者がおっての、話の内容はよく聞こえんかったそうじゃが、「二人ともあまりいい顔をしていなかった」とも言っておった」


「………どういう事だ? 何で聖女が勇者召喚を知って、体調崩すんだ?」


「分からん。じゃが、もしかしたら………妾達が思うておるよりも、ずっと根深いのかもしれん」


神妙な顔で呟くイース。

彼らに気づかれぬよう、エリーゼはやや早足で歩き出し、そのままその場を離れる。

………今、彼らが話していた事。もう少しじっくり考える必要がある。


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