第4話
気がついたら、総合評価がえらいことになっていた。
おまけにランキング上位に食い込んでいた。………なにこれこわい。
それはさておき、新しい展開になります。どうぞ。
「――――――――――――ッ!!!??!?」
声にならない悲鳴を上げて、イースは覚醒した。
息荒く周囲を見渡すが………どこにも変わったところはない。
「イース?」
隣にいた宏一も、身を起こす。今ので彼も目が覚めてしまったらしい。
彼がいて当たり前。何せ、ここは現実世界の彼の家なのだから。無論、彼の部屋にベッドは一つだけ。どうにか二人眠れる程度の大きさだ。ならば………ここで彼らがナニをしていたかについては、言わずとも分かるはず。
「どうかしたのか? 顔色が悪いが」
「………いや、少し悪い夢を見ただけじゃ」
………酷い夢だった。事もあろうに、自分の目の前であの勇者が宏一を………。
無論、そのような事が起きるはずがない。ただの夢、そう思いたい。だが、ただの夢だと断言するにはリアル過ぎる。また悪寒が走り、思わず身震いを………。
「あ………………」
身震いが治まったと思ったら、後ろから抱きしめられていた。
不思議と、落ち着く。
愛しい相手が側にいる事は、とても幸福な事なのだろう。
「………妾的には、キツく縛られる方が好みなのじゃが」
「言ってろ」
そんな軽口が叩けるのなら、もう大丈夫だろう。
「北方のヴェルシア教団?」
いつものような定例会議。
そんな会議で出された議題というのが、現在勢力を伸ばしているとされる、とある宗教組織だった。
「はい。聖エミリオ教を掲げる宗教組織だとされています」
「聖エミリオ、のう」
イースが怪訝そうにその名を呟く。宰相を始め、会議に出席している他の重鎮達も似た様な表情だ。
聖エミリオは約700年前、ベルチスの英雄として立ち上がった少年の事。ベルチスは小さな国で、彼は周辺諸国を纏め上げ、魔族に対抗するために一つの巨大な国家を作り上げたともされている。それが現在の大国である。そんな彼を神のように崇めているのが「聖エミリオ教」。
ぶっちゃけ魔族にとってしてみれば、この上ない厄介者だ。
「最近になって怪しい噂が流れており、気になって調べてみたのですが………」
「これだけ調べても何も分からないというのが、逆に怪しいのう」
提出されている書類には、調査結果が記されているのだが………肝心なところは分かっていない。
完全に情報が遮断されているという時点で怪しい。単なる宗教組織とも思えない。
「間者を送り込もうにも、下手な者を送るわけにはいきませんな」
宰相が額の汗を拭きながら、そう進言する。
宗教というほど、時に厄介なものはない。人は信仰のためならば、どんなに恐ろしい行為をも行う事がある。それはこちらの世界でも、地球であっても変わりない。
「………よし、ならば妾と宏一が様子を見に行く事にしよう」
「へ、陛下!?」
「仕方なかろう。他に適任な者がおらんのじゃし」
そう言われ、重鎮達は顔を見合わせた。
確かに彼女が一番適任なのかもしれない。淫魔系の血を引いているイースは、魅了などの洗脳系魔法に対して高い抵抗力を持ち、魔法抜きでも高い戦闘力を持っている。唯一の懸念と言えば、極めて強い被虐性癖だが、その制御役である宏一も同行するのであれば、まだ救いがある。
………と言うより、彼女が我儘を言い出したらそれを退けるのは困難なので、全部宏一に押しつけようと。
「ではこれで決まりじゃな。よし、早速準備せねば」
意気揚々と会議室を後にするイースを見送って、彼らは揃ってため息を吐いた。
「と言うわけで、早速やって来たのじゃが」
「いきなり過ぎだ、馬鹿者」
バシンと遠慮無く、ハリセンを振るう宏一。
頭をはたかれたイースは、何故か不満そうな目で睨む。
「………何故にハリセンなのじゃ」
そんなの決まっている。目立つからだ。
ダメージ的にも、本当ならば鞭でも充分なのだが(イースにとってはご褒美です)、さすがに城の外でそういう事をすると目立つ。
そもそも宏一はそういうのは好まない。せいぜい尻叩きくらいだ。
「で、ここがその………」
「うむ。ヴェルシア教団の本部じゃ」
大陸の北方に位置するヴェルシア教団。
支部自体は大陸全土に点在しているのだが、あくまで支部であって大した情報はない。より深い情報を得るためには、やはり本部に入り込む必要がある。こうしてわざわざ北方の本部までやって来たのだが………。
「しかし凄いな。下手な城並みだ」
宏一がそう呟くのも頷ける。
何せ、目の前に聳え立つのは巨大な構造物。高い塀に囲まれたそれは、単なる施設ではなく堅牢な城塞を思わせる。実際、先程からイースもその辺りを注意深く探っている。
「………案外、それを目的に建造したのかもしれんな」
「え?」
「いや、まだ単なる推測じゃ。ここにおると冷えるし、中に入るぞ」
そう言い、宏一の手を引きながら中へ入ろうとするイース。
そんな彼らを物影から見つめる者が一人………。
「あれは……イースさん」
耐寒装備を身に纏った彼は、大国に召喚されし勇者、須藤勇気であった。その側には仲間である神官エリーゼと傭兵ドミニクの姿もある。
勇者である彼らがここにいる理由はズバリ、ヴェルシア教団の動向を調査するためである。ここ最近教団が勢力を伸ばしている事は大国でも有名であり、聖エミリア教を掲げている事に問題はないのだが、目的が些か不透明であるため、勇者勇気を送り込んだのだ。
「こんなところで会えるなんて………」
「しかし勇者様、ここにいるという事は彼女もここの信者なのでは?」
イースに一目惚れした勇気とは違い、エリーゼは彼女を警戒していた。
先日、魔獣が生息する神獣の森を、特に装備も調える事もなく、男女二人で闊歩していたところを目撃したのだが、どう見ても普通の人間には見えない。
今、信者とは口にしたが、別の目的があるようにしか思えない。
「それに今回の私たちの役目は、教団の動向を調べる事です。私事を優先すべきではありません」
「それは………うん、分かった」
エリーゼにそう言われ、渋々と言った様子で頷く勇気。
その間、ドミニクは一切口を挟む事無く、事の成り行きを静観していた。………尤も、勇気やエリーゼにもこれまで一言も口を利いた事はなく、そもそも本当に男なのかすら不明である。そういうキャラだというのは二人にも分かっているので、深くツッコみはしないのだが。
「では責任者に会いに行きましょう」
「えっと、教団の責任者って言ったら確か………」
「ええ。教団の象徴たる“聖女”と、それを支える“賢者”。私たちが面会を申し込んだのは、“賢者”の方です」
「「聖女アリス」に「賢者シュトレイ」ね………」
信者のフリをして中に潜り込んだ二人だが、そこまで警戒する必要はなかった。
無論、単なる信者では入れない部屋や区画があり、そういった場所には警備らしき者が配備されている。しかし、警備と言っても刃の付いていない長棒と簡易的な鎧しか装備しておらず、あれなら素手の宏一でも制圧出来る。イース曰く、魔力の気配も感じないらしく、せいぜい素人に毛の生えた程度の相手と見ていいだろう。
「元々、この教団は聖女と賢者の二人が創立したものらしい。無辜の民を救うためにって。先の戦争で難民も出てるし」
「ああ………」
宏一が語った戦争というのは、人間対魔族のそれではない。
10年ほど前の話だが、南方のとある国で王位継承がきっかけで内乱が起き、それに付け入ろうと周辺諸国が介入した結果、複数の国家が入り交じる戦争にまで発展してしまった。南方の国はいくつも滅び、街や村にも被害は出て、難民は未だに存在している。そして今尚、民族間の争いは続いている。
皮肉だが、魔族に襲われて死んだ人間よりも、人間同士の争いで死んだ数の方がずっと多いのだ。
「何で魔族ばっか目の仇にすんのかな」
「楽だからじゃろう。同族で憎むより、多種族を敵に掲げた方が統制も取りやすい。魔族も人間と争ってきた過去があるからのう」
「………なんだかなぁ」
話を元に戻そう。
当初はたった二人で始めた小規模な宗教組織だったのだが、活動を続ける内に出資者などが出始めた。元々、慈善組織というのはそんなものである。………噂によると、一国の王も入れ込んでいるとも言う。そんなわけで援助を受けた結果、いつしか巨大な宗教組織と化していた。こんな巨大な施設を本部にしているところから、その規模はよく分かるであろう。
このままの勢いで成長を続ければ、その内宗教国家にもなるんじゃないだろうか?
そんな教団も、現在も救済活動を行っているのだが………。
「会議に話が出るきっかけってのも、黒い噂が流れ出したからだろう?」
教団の武力増強。傭兵を雇ったり、希少価値の高い魔法具を集めたりと、最近になって耳にするようになった。
無論、あくまで噂であるために信憑性が高いとも言えない。だが逆に、火のない所に煙は立たぬとも言う。可能性を完全に否定する事も出来ない。その上相手は、魔族の不倶戴天の敵とも言える聖エミリオを掲げる宗教組織。魔族討滅のために力をつけているとも考えられる。
故に、充分な警戒対象となり得たのである。
「うむ。妾も最初は噂に過ぎぬと思っておったのじゃが………」
廊下を進みながらも、イースは警戒を怠らない。
宏一も、彼女が何を考えているかは分かる。彼も卓越した魔法の使い手だ。気配くらいは読める。
「………ここ、じゃな」
立ち止まり、目を鋭くする。分かり易く、「立ち入り禁止」の札が立っている。
それ以上、廊下を進もうとはしない。特に誰かいるわけじゃないが、ある一線だけを越えないようにする。
魔法が仕込まれているからだ、それもかなり高位の。………踏み入れた者を完全に特定する、探知系のトラップだ。傷つけるようなものではないが、これを作動させたら今度の調査にも差し支える危険が高い。
「どうする? 壊してしまうか?」
「ヘタに壊しても感づかれるだろ。だったら他のところを探ってからだな」
調査初日というのに、目を付けられては困る。
ここは後回しにしようと結論づけた時だった。
「ああ、駄目ですよ。ここから先は関係者以外立ち入り禁止です!」
慌てた様子で教団の人間が駆け寄って来た。どうやらこっちの方へ向かう姿を見られていたらしい。
宏一とイースは顔を見合わせ、予め考えておいた嘘を口にした。
「すみません、迷ってしまったようで………この先は何があるんですか?」
「聖女様や賢者様のお部屋や、礼拝などに使う器具が保管されている部屋です。上位の方のみが立ち入りを許可されており、私たちも滅多に足を踏み入れないので、気をつけて下さい」
その言葉を聞いて、イースと宏一は視線を合わせた。
聖女と賢者の私室があるのなら、確かに魔法を仕込むのは分かる。だが………それならば普通に装備を充実させた警備兵を置けばいい。その方がコストはかからないはず。
(単なる宗教組織にしては、やたら魔法が充実しすぎてる)
(やる気のない装備はこれを隠すため、じゃな)
どうやら、ここから先には見られては困るようなものがあるらしい。
頭の中の施設マップに、重要地点を記録した。
イースと宏一が内部調査を進めているその頃、勇者一行は賢者と対面していた。
彼らが通されたのは、質素ながらも相応に調度品が整えられた応接室。数分の後に現れたのは、紫のローブに身を包んだ優男であった。
「お待たせしました、勇者殿。ヴェルシア教団へようこそ」
にこやかにそう告げる男。整った顔立ちに眼鏡と、理知的な印象を与える男性だ。
勇気もにこやかにしているが、エリーゼだけはどこか訝しむような表情を浮かべていた。
「私はシュトレイ・ラットフィールド。当教団で纏め役のようなものをしています」
「賢者様、とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「いえ、普通に名前で構いませんよ。どうもやめろと言っても皆、「賢者」としか呼びませんので」
気恥ずかしそうに答えるシュトレイ。どうやら彼なりに悩みのようなものも抱えているらしい。
と、真剣な顔を崩さぬまま、エリーゼが口を開いた。
「ではシュトレイ様、無礼を承知でお尋ねします。………ここ最近、教団の武力増強が噂となっています。どこかへ戦を仕掛けるのではないかと」
「………なるほど。あなた方はその噂が真実か否か、確かめるためにここへいらしたと?」
流れている黒い噂というのも、先程宏一達が口にしていたのと同じ。武力状況の噂だ。
質問をぶつけられたシュトレイはというと、特に動揺した様子もなく、
「そのような噂が流れている事は耳にしています。ですが、事実無根です」
きっぱりと、そう否定の意を口にした。
真っ直ぐエリーゼを見据えて、さらに言葉を紡ぐ。
「確かに教団には力を持つ者がいます。私とて非才の身ではありますが、少しばかり魔法の心得があります。ですが、それは全て自衛のためのみに行使されます。己の欲のために振るった事などありませんし、この先振るう事もありません」
「それが、嘘偽りでないと誓えますか?」
「聖エミリオの名にかけて、誓いましょう」
エリーゼは真っ直ぐ、シュトレイの瞳を覗き込む。
………数秒ほど経ってからだろうか、ふとエリーゼが頭を下げた。
「………不躾な質問、申し訳ありません。確かにあなたは信心深い方のようです」
「分かって頂けて何よりです」
そう小さく礼をするも、やはりエリーゼの目から警戒の色は消えなかった。
少しして、教団の人間と思わしき男がノックの後に部屋へと入り、何かをシュトレイの耳元で囁いた。
そうして立ち上がると、勇気達の方へと向き直り、
「申し訳ありません、少し急用が出来てしまったようで………案内の者を付けますので、よろしければ施設内をご見学下さい」
「いいんですか?」
「ええ。ただ、いくつか立ち入れない場所もございます故、その辺りはご了承ください」
では、とシュトレイは男と共に部屋を後にした。
周囲に誰もいない事を確認した後、エリーゼは勇気に向かって口を開く。
「………勇者様、決してあの男に気を許さないでください」
「え、何で? いい人だと思ったけど」
「あの男は油断なりません。あれは………野心を秘めた者の目をしていました」
この分では「聖女」の方にも油断は出来ない。
エリーゼは内心、そう考えていた。