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第3話

「ここが、エルフの………」


「うむ。神獣の森の隠れ里じゃ。無論、ここ以外にいくつも隠れ里は存在する」


 と、二人の前を子供のエルフが数人走り抜けていった。こちらを見向きもしなかった事から、完全に見えていないらしい。

 さっきの連中には見えていなかったから、機能を疑っているわけではないが、それでも宏一は安堵する。


「………あまり変わった様子は無いよな」


「じゃのう」


 里の中は、特におかしな点はない。

 どこにでもあるような人里とそう変わらないし、建物が壊れていたりとか、魔族が高圧的に歩いているとかそういうわけではない。そもそも魔族はイース以外見あたらない。

 確かにエルフは魔族と交易しているとはいえ、大っぴらにやってるわけでもないし、基本的にエルフはあまり社交的でもない。里の中に他族がいたら大騒ぎになる。

 見た限りだと、里で何か起きている様子はない。となると、やはり考えられるのは先程のアルベリックというエルフが嘘を吐いている可能性である。


「だとしても、何のために嘘を吐く? わざわざ嫌いな人間を呼び寄せて?」


 イースの言葉は尤もだ。

 人間嫌いのエルフが、わざわざ嘘を吐いてまで人間を呼び寄せた理由は何か。

 二人して考えても分からない。と、そこで宏一が一つ指摘する。


「じゃあ、逆から考えてみるか」


「逆じゃと?」


「何故、嘘を吐いてまで嫌いな人間を呼び寄せたかじゃなく、そこまでして呼び寄せる理由が何か、だ」


 そこまでするのだから、重大な理由があっても不思議では無い。

 逆の考え方を始めたイースは、ハッと顔を上げる。


「あれは単なる人間ではなく、勇者じゃ。勇者を利用するつもりで呼び寄せた、ではないか?」


「あり得るな」


 間者からの情報によると、イースや宏一レベルでないにしろ、勇者は急速で成長している。

 力の強い存在で、そこそこ知れ渡った存在となると、勇者になる。それを利用するために、アルベリックは嘘を吐き、勇者を呼び寄せた。


「………さっきのエルフ、もう少し見張ってみないか? その内ボロを出すかもしれない」


「うむ。そうと決まれば再び………」











 うまくいった。

 表面では穏やかな顔を崩さずに、アルベリックは心の中でそうほくそ笑んだ。

 目の前には、適当な嘘で騙される勇者とその仲間の姿がある。


「ではつまり、魔族と手を組んだエルフがいるんですね?」


「はい。己の利権のためだけに、我らを危険に晒した………許されざる裏切り者です」


 アルベリックやその仲間が憤慨しているという表情を浮かべる。

 無論、これも嘘。そもそもエルフと魔族は浅くはあるが、交易上の付き合いはある。これは何代も前から続く付き合いであり、エルフの大半は賛同している。アルベリックもこれに別に反対しているわけではない。


「どうか勇者殿、裏切り者のエルフと魔族を倒してくれませんか?」


 勇者というのは昔から、こういった嘆願に弱い。

 究極的なお人好し。御伽噺にも登場するような偽善者。現に、勇気もまた、何かを決意したような顔で深く頷いた。


「………分かりました。是非協力させていただきます」


「おお、ありがとうございます!!」


 大げさに感謝の意を表す。だが内心では再び、ほくそ笑んだ。

 その後も話し合いは進み、翌朝一気に奇襲するという事で話は纏まった。

 勇者とその仲間が出て行き、アルベリックは高笑いを上げる。自身の計画がうまく進んでいる事と、予想以上の勇者の馬鹿正直さに、だ。


「まったく、愚かな勇者だ。あそこまで単純とはな」


 今回、勇者を呼び寄せてあんな嘘を聞かせたのは、アルベリックの野心故だ。

 現在の「神獣の森の隠れ里」の長は、アルベリックと同世代の女性だ。彼はかつてその女性と長の座を賭けて争い、そして敗れた。敗れてからも、彼は諦めなかった。どうにかして長の座を手にしようと、策を巡らせてきた。

 そんな中、大国で勇者が召喚されたという話を耳にした。魔族と戦う旗印となるべき存在だ。種族外には知られていないが、エルフは魔族と交易を行っている。………この状況を利用出来ないだろうか?

 そこで考えたのが、「エルフが魔族に虐げられている」という嘘を勇者に吹き込み、今の長を「魔族に魂を売った裏切り者」として、魔族諸共処断させる策だ。自分の手を汚す事なく、長を消す事が出来る。魔族側にも「勇者が乗り込んできた」と説明すれば問題はない。勝手に勘違いした事にすればいい。


「………くくっ、ふははははははははは!」


「なんだ、単なる小物か」


「ま、そんなトコじゃろうと思ったがな。つまらん」


「ッ!?」


 突然聞こえてきた声に、アルベリックは振り向く。

 そこには見知らぬ男女の姿があった。男は人間だが、女は魔族……それも感じる威圧感プレッシャーからは、かなりの高位魔族であると分かる。


「聞き出す手間省けたな。全部口に出してたし」


「な、何者だ貴様ら!」


「ふっ………この紋所が目に入らぬかッ!!」


 そう言い放ち、少女……イースは懐から印籠を取り出し、見せつける。

 青年……宏一は呆れたようにため息を吐く。………また変な時代劇にハマったな、と。

 彼女が取り出したのは、某ご隠居がチャンバラの後のお約束で取り出すのと全く同じ形状の印籠。ただし、そこに刻まれているのは丸に三つ葵の紋様ではない。


「ま、魔王紋だと!? 何故貴様がそんなものを………!」


 簡略化されてはいるが、翼を広げた双頭龍の紋章がそこには刻まれていた。

 それは正当なる魔王家の家紋。魔王を意味する正当なる紋章だ。そしてそれを使う事が出来るのは、魔王家直系にして他にはいない。

 すなわち、それが意味するのは………。


「妾はイーシアス・リュスターシク。リュスターシク帝国皇帝……当代の魔王なり!」


「なっ………!?」


 本来ならば「世迷い言を」と斬り捨てられてもおかしくはない。

 しかし、イースは魔王の正当な証たる「魔王紋」を使っている。それを使えるのは魔王本人かそれに近しい者のみ。


「よくもまぁ、妾達を利用しようとしてくれたのう………」


 凄まじい笑みを浮かべ、ポキポキと拳を鳴らしながら、ゆっくりとアルベリックへと近づいていく。

 人間とは敵対するような感じになってはいるが、それは仕方ないとイースは考えている。

 正義と悪は相反するモノ。人間からしてみれば魔族は悪で、人間は正義。だが、逆も然り。魔族から見れば、自分達が正義で人間は悪。加害と被害は入れ替わるのだ。

 それは世の常。勝った方が正義になるのが、歴史の積み重ねだ。

 だがしかし、アルベリックは自身の欲のために他を利用しようとした。勇者はどうでもいいが、魔族を利用しようとしたのは、王たるイースにとって見過ごせない。

 その身体から溢れでる魔力に、アルベリックは直観的に理解した。これには勝てない、と。


「くっ!」


 ならば、違う方を狙う。

 もう1人……宏一へと狙いを定め、魔法を構築し、展開する。

 エルフの魔力は膨大だ。その魔力を用いて放たれる魔法は、とてもじゃないが人間が耐えられるものじゃない。


「シャイン・レイ!」


 その手から、光の波動が放たれる。物理破壊を伴わない純粋魔力攻撃だ。

 死なない程度に傷つけ、人質とする。

 共に現れたのだから、おそらくは魔王に近しい存在。ならば人質としての価値はある。そう考えたのは正しい。現に彼はイースの「ご主人様」ともいうべき存在(本人は認めたくないだろうが)。

 だが、彼の失敗はその前。「死なない程度に傷つける」という考えであった。


障壁シールド


 アルベリックから放たれた攻撃魔法は、宏一が展開した障壁によって阻まれた。

 それも相殺ではなく、一方的に。障壁はまったく傷ついていない。


「なっ………何故」


「いや、基本的に魔力のぶつかり合いなんだから、そりゃあ魔力強い方が勝つに決まってるだろ」


 確かにエルフの保有魔力は絶大だ。人間と比べても違いは歴然。

 しかし、忘れてはいないだろうか。宏一はかつて、勇者として召喚されたのだ。

 勇者として選ばれる要因はいくつもある。無論、戦闘に特化した者であるのは当たり前。その中でも宏一は魔法に関する素質が高く、保有魔力も魔王たるイースほどではないが、かなりのものであった。そんな彼だからこそ、異世界転移術式を見つけ出し、復活させる事が出来たのかもしれないが。


「さぁて、お仕置きの時間じゃ。実を言うと、妾は魔法よりも(こっち)の方が好きでのぅ………」


 イースが拳を振り上げたのと同時に、アルベリックも障壁を展開する。

 魔力も何も籠もっていない拳だ。単なる物理攻撃ならば防げる………!

 が、振るわれた拳はまるで煎餅を割るかのように容易く破壊され、そのままアルベリックの顔へと吸い込まれ、大きく吹き飛ばした。


「のべぇっ!?」


 吹っ飛ばされたアルベリックは、そのまま壁に激突する。

 歯が何本か折れたのか、口から出た白いものが床に転がっている。


「ふっふっふ………妾は殴られる方が好きじゃが、たまには殴りたくもなる」


「な、何を言って……がっ!」


 マウントを取り、そのまま殴り始めるイース。

 そんな様子を横目で見つつ、宏一は再びため息を吐いた。


(………気の毒に)


 基本的にドMなイースだが、ごく稀に凶暴性が全面的に押し出される時がある。

 その身に流れている魔族の血がそうさせるのか、普段のドMの反動でそうなるのかは定かではない。

 おまけに、あれは魔法だけでなく肉弾戦でも強い。普通にラスボス級だ。あれの被害に遭う分には哀れとしか思えない。

 ………数分後、しこたま殴って気が晴れたのか、ようやくイースが戻って来た。

 イケメンだったアルベリックの面影はなく、顔はパンパンに腫れ上がっている。


「ふぅ、たまにはいいものじゃな」


「それはどうも。………で、どうするんだ?」


 元凶こそフルボッコにしたが、これで全て片付いたわけじゃない。

 既に嘘八百を吹き込まれた勇者は動き出しているし、このまま放置したら些かマズイ事になりそうだ。ここでアルベリックが嘘を吐いていたと勇者に話しにいった所で、素直に信用してもらえるとも思えない。


「どうもせん。後は放置しても問題ないじゃろう」


「は?」


「主犯は向こうに引き渡し、事情を説明すれば全て終わりじゃ。忘れたのか? 勇者は里の中に入る手段を持たぬ」


 そう言われて、確かにそうだったと思い出す。

 勇者パーティの中には高度な魔法の使い手はいなかったし、まだ里の中には入ってもいない。

 主犯のアルベリックとその仲間をエルフ側に引き渡せば、勇者は里に入る手段を失う。


「………じゃあ、さっさと終わらせて帰るか」


 適当に簀巻きにして、アルベリックを肩に担ぐ。

 その仲間もそう遠くない場所におり、軽く気絶させて簀巻きにし、その上で運搬だ。

 そんなエルフ3人を担ぎ、隠れ里に入ったのだから注目を浴びるのも無理はない。

 だが、誰もそんな彼らを咎めたりはしない。単に人間と魔族が現れたのに怯えているだけかもしれないが。

 と、里の奧の一際大きな小屋。その前で足を止める。


「ここが長の家じゃが………」


「どうした?」


「………いや、入れば分かる」











「………来ない」


「来ませんねえ」


「…………………………」


 アルベリックが現れるはずの時間を過ぎても、姿を現わさない。

 隠れ里の入り口の前に待ち合わせるはずなのだが、現れない。

 何故来ないのだろうかと思っても、やっぱり思い浮かばない。


(………何かあったのかなぁ)


 勇気はそう考えていた。

 見た限り、アルベリックは真面目そうな男だったし、勝手に約束をすっぽかす風には見えなかった。

 それ以外の理由というのが思いつかないし、やはり何かあったとしか思えない。


「………あら?」


「エリーゼ?」


「誰か来ますわ」


 彼女に促されるように、物影に隠れる三人。

 ………少しして、見知らぬ二人が通りかかった。


「まったく、ほとんど俺が動く事になったじゃないか。しかも何だよ、あの女。何で全裸なんだ」


 少女に対して文句を言うのは、この世界では珍しく黒髪黒目の男。見方によっては、勇気と同じ日本人に見える。実際、勇気も首を傾げている。


「働かざる者食うべからず。あの男は妾がやったが、そなたも少しは働いたらどうだ」


 そんな男の隣を歩くのは、ゴスロリ服の美少女。

 最高級の芸術品を思わせるかの美貌を持つ、絶世の美少女。銀髪赤目で、ゴスロリ服の上からでもメリハリのあるスタイルは分かる。


「俺一応働いたぞ? アイツの障壁から防御したの俺だし」


「じゃがフルボッコにしたのは妾じゃろうに」


「いや、そりゃ確かにそうだが………」


「わかったら妾にその分の褒美が欲しいところじゃがな。具体的には戻ってから縛って露出で」


「………イースお前、昨晩野外露出とか称して散々絞ったくせして、まだ欲しいのかよ」


 ………言ってる内容はよく分からないが、そんな軽口を叩きながら歩いて行く。

 エリーゼは、こんな森に似つかわしくない二人がいるのに首を傾げる。


「何故このような場所にあんな二人が………勇者様?」


「…………………………」


 勇気の視線は二人……寧ろ、少女に集中していた。


「………美しい」


「は?」


「エリーゼ、あの人は誰だ。何者なんだ?」


 そんな事言われても、分かるはずがない。

 ただ、神官であるエリーゼにはあの少女が妙に気になっていた。神官故に、魔族であるイースの気配を過敏に感じ取っていたのかもしれない。少なくとも勇者である彼を近づけていいのか、それまでは判断がつかなかったが。


「さ、さあ。ただ、こんな場所にいるくらいですから、只者ではないと思いますが………」


 あんなゴスロリ服、こんな森で着るようなものじゃない。

 それに特に装備を調えているわけでもない。あんな格好で魔物蔓延るこの森を進めるとも思えない。


「お名前も、先程男性が「イース」と」


「………イースさん、というのか。素敵な名前だ………」











「ッ!!」


 瞬間、イースは恐ろしい悪寒を感じ、思わず身震いした。

 だが周囲には宏一しかいない。


「イース?」


「………いや、何でもない」


 こういう悪寒がした時は基本、ろくな事が起きない。

 前にも自分に懸想した魔族が襲ってきた事があった。………無論返り討ちにしたが。


(………まぁ、気のせいじゃろう)


 なお、彼らは後に少しだけ後悔する事になる。

 ここで勇者を完全に仕留めておけば、後々苦労する事はなかったんじゃないかと。


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