八
残酷な描写があります。ご注意を
彼女はいつも一人だった。
ある日突然現れた彼女は、姿形は普通の人間と変わらなかっけれど、変わった着物を身に纏い、言葉もやや変わっていた。閉塞的な村の空気はそんな彼女を決して歓迎せず、人々は遠巻きに彼女を眺めるだけだった。
彼はいつも大勢の人に囲まれていた。
小さな村には場違いなほど美しい容姿を生まれ持ち、貴族の子供よりも高貴な雰囲気を纏った彼の噂は、村のみに留まらず都にまで届くほどで、彼は多くの人々に愛されていた。
―――愛され、すぎていた。
まず狂ったのは、彼の母親だった。
彼の母親は、まだ幼い己の息子を異性として見、彼を独占しようと家に閉じ込め、夫と共に彼に愛情を注いだ。その時は周囲の人々がすぐに気付き、助け出された。彼の前にその後、両親が現れることはなかった。
その次に狂ったのは――誰だったのだろう。両親のいなくなった彼を誰が引き取り育てるかで争いになった。最初は口での争いだったのが、いつしか武器を持ち出す者が現れ、小さな村で殺し合いが起きた。
そして、残ったのは彼と彼女だけになった。
彼女はどうしてだか彼に狂うことは無かった。それは、彼女が本来ならそこにいるはずの人間では無かったからなのか。
とにかく、彼女は他の者のように狂うことなく――――けれど、そのまま彼を一人捨て置いていくことも出来ず、彼女は彼に手を差し伸べた。
ただ単に良心が咎めたのか、それとも、多くの者に愛されていながら真実傍に寄り添ってくれる者のいない彼を哀れに思ったのか、分からない。
ただ、彼を救えば自分も救われるのではないかと、そんなことを思った。
それが、はじまり。
「…………」
瞼を上げると、自分を覗きこんでいた蜜色と翠色の瞳がホッと安堵に緩む。
「大丈夫?」
「……はい」
「よかった。…想定はしていたけれど、心臓に悪いね。やっぱり」
「ああ……」
2人の会話を聞きながら、自分はどうしてまた布団の上に仰向けになっているのだろうと思う日菜子。
『ようやく会えた、僕らの唯一』
深琴にそう言われたところまでは覚えてる。逆を言えば、そこからぱったりと記憶が途切れていた。
眠っていたような気もするし、何か、夢を見ていたような――――さまよわせた視線が、ふと天照へと留まる。
その瞬間、かちりと、頭の中で何かが嵌るような音がして。
「――天照」
自分でも驚くほど柔らかな声が唇から滑り出て、『彼』の名を呼ぶ。
そうだ、彼の夢を見ていたのだ。
彼――天照と、『彼女』が共に歩みはじめた頃の夢を。
名を呼ばれて、天照は驚きに目を見開いた。けれどすぐに蜜色の瞳は蕩けて。
「ああ……私の唯一」
喜色に満ちた声でそう応え、ゆっくりと日菜子に覆い被さる。大きな手に頬を包まれ、日菜子はゆっくりと瞼を閉じた。
唇が、重なる。
日菜子にとっては初めてのソレを、けれど日菜子は抵抗することなく受け入れた。唇がぴたりと合わさって、それがまるで2人の関係をそのまま表しているようで。
(ああ、この感覚――)
視線が絡み合うだけで、指先が触れ合うだけで、胸が、触れた箇所が熱を持つ。
彼らにとって日菜子は唯一だけれども、日菜子にとっても彼らそれぞれが唯一なのだと、彼から伝わる熱に実感する。
「……っ……」
――そうして、互いの熱が溶け合い、思考がとろりと蕩けた頃、天照の唇が離れる。離れていく彼の顔を名残惜しい思いで見つめながら、口内に残るどちらのものとも知れぬ唾液を飲み込むと、
天照は手のひらで日菜子の頬をするりと撫でた。
日菜子は、うっとりと天照を見上げ、
「ずっと、待っていてくれたんですね」
「ああ…ずっと、待っていた」
日菜子、とまるで祈るような囁きを受けて、日菜子は微笑んだ。
(やっと、見つけた)
――此処が、わたしの居場所。
次回は説明の回。