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唯一の契り  作者: イチハヤ
第一章
2/11

高岡日菜子は、産まれて間もなく伯父夫婦の家に引き取られ、今日まで育った。

母親が元々病弱な人であったらしく、出産のあと体調を崩してそのまま還らぬ人となってしまったためだ。

だから日菜子は、母のことは人伝に聞いた話でしか知らない。体は弱いが成績優秀、品行方正で、何よりその容姿は群を抜いて優れていたという。

実際、写真の中で可憐に微笑む母は娘の目から見てもとても美しかった。艶やかな黒髪と、雪のように真白な肌。紅い唇をした彼女は、白雪姫のようだと幼い頃に思った記憶がある。

そんな母親に、日菜子はよく似ている……らしい。自分では余りそう思わないのだが、親戚や母を知る人達には皆、口を揃えて瓜二つだといわれた。

確かに、黒髪や白い肌といったパーツは似ているかもしれない。でも、日菜子はやはり自分が母親と似ているとは思えなかった。


――写真の中で可憐に微笑む彼女。その瞳だけは、意志の強さを表すようにいつも凛とした光を湛えていて。


それは、それだけは、日菜子が唯一母から受け継げなかったものだった。



「…………コートぐらい、着てくれば良かったな」


ふらふらと外をさまよい歩いた末、辿り着いた公園のベンチで、日菜子はほんの少し後悔した。

12月も半ばを過ぎた現在、着の身着のままといった日菜子の姿は傍から見ても寒々しいだろう。だがしかし、家を出る時には外の寒さのことなど頭に無かったのだから仕方ない。

あの時はただ、あの家にこれ以上居たくないという一心だったのだ。――あれ以上あそこにいたら、本当に窒息してしまいそうで。


(伯父さま、怒ってるかな)


伯父の言い付けを破るのは、これが初めてだ。

今回のことでただでさえ頭に血が上っている伯父は、日菜子が家にいないことを知って、更に怒り狂うに違いない。


(今度は、平手打ちじゃ済まないかも)


無意識の内に、日菜子は叩かれた方の頬をさすっていた。ずっと寒風に晒されていた頬には、痛みは無いものの殴られた時のショックというか、感触はまだ残っている気がした。


「これから、どうしよう……」


一先ず、この感触が残っている内は家に戻る気にはなれそうもなかった。

でも、だからといって他に行く宛もないし……と、溜め息を吐いた、その時。


「どうするんだ?」


低く、どこか艶めいた響きを持つ男の声が、日菜子の耳を打つ。

日菜子は反射的に顔を上げて、相手の姿を見た。そして、ハッと息を呑む。


(きれいなひと……)


スーツを着た、自分よりも一回りは年上だろう男の人にその感想はおかしい気もしたが、それ以外に相応しい言葉が思いつかなかった。

そのぐらい、『彼』は綺麗だった。艶やかな烏羽色の髪も、白い肌も、均整のとれた体も――日菜子を映した、蜜色の瞳も。


「……隣、いいだろうか?」


日菜子がじっと視線を注いでいると、彼は照れたようにはにかみ、首をかしげながらそう問うてきた。

そこで漸く自分が目の前のひとを凝視し過ぎていたことに気付いた日菜子は慌てて頷いて、そのまま俯く。

――彼が左隣に座る気配を感じながら、日菜子は内心で首を傾げた。

公園には他にもベンチはあって、寒さもあってかそれらは全てがら空きだ。なのに、どうしてわざわざ日菜子の隣に座るのだろう。


というか、日菜子の耳が間違っていなければ、さっきこの男は「どうするんだ?」と日菜子の独り言に対して問いを返してきていたような――――隣に座る男の存在が気になって仕方ない日菜子は、恐る恐る、顔を上げて左側を見た。

すると相手もこちらを見ていたらしく、バチッと音がしそうなほど視線がぶつかった。


「…………」

「……あの?」

「これを掛けておくといい」

「え?」


一度合った視線を、そらすこともできずにいると、ぽん、と黒い布の塊を渡される。よく見ればそれは、綺麗に畳まれた男物のコートだった。


「……ええ、と……」


差し出されたので思わず受け取ってしまったが、これをどうしろと。いや、多分これで寒さを凌げということなのだと思うのだけれど――何故彼がこんなことをするのか、理由が皆目見当もつかない。


「あの、どこかでお会いしましたか?」


こんな綺麗なひと、一度見たら忘れられないだろうけれど。そう思いながらも、日菜子は相変わらず自分に熱い視線を注ぐ男に尋ねた。



男は笑顔のまま、首を横に振る。


「いや、会ったことはないな」

「そうですか…」

「でも、君のことは知ってるよ」

「………え?」


当たり前のようにそう口にした男は、目を丸くする日菜子の手からコートを取り上げて、それを日菜子の膝に甲斐甲斐しく掛けてやりながら続けた。


「高岡日菜子、現在中学二年生。料理部所属。学校での成績は常に上位。

現在は伯父である高岡宗一郎の家で暮らしている。

母親は君を産んですぐに死亡、父親は――――対外的には君が産まれる前に亡くなったとされているが、本当の所は存在自体が不明」

「…………!」

「……合ってるかな?」


男の口調は問い掛けるものであったが、日菜子を覗き込むようにして見つめる蜜色の瞳には、しっかりと確信の色が宿っていた。

――今さっき男が並べ立てた日菜子の情報は、全て正しかった。名前は勿論、学校のことも、伯父の家に世話になっていることも――両親の、ことも。


「……どうして…」


彼が言った通り、日菜子は父親がどこの、どんな人物なのか知らない。

それは、日菜子だけではなく、伯父も親戚達の誰も知らないことだった。

――日菜子の母である志津子は、日菜子の父親のことを誰にも話さずに亡くなった。その秘匿の仕方は徹底しており、母が亡くなったあとも親戚達は父親のことを捜したらしいが、手掛かりすら掴めなかったという話だ。

そして、一人きりになった日菜子は、伯父夫婦に引き取られた。父親の分からない子など世間でどんな目に曝されるか容易に想像出来たので、既に亡くなったことにして。


――これらは全て、調べようと思えばすぐに知れることだ。そう、『調べようと思えば』。


今日が初対面である彼に、そこまでの興味を持たれる覚えはない。


「あなたは――」

天照てんしょう


――あなたは一体何者なのか、そう問おうとした日菜子の唇に、男の人差し指が当てられる。


「私の名前だ。天を照らすと書いて、天照」

「……天照さん?」


指が離れ、促されるように彼の名を口にすると、彼は――天照は、見ているこちらが蕩けてしまいそうなほど甘い笑みを浮かべた。



ヒーロー登場。ストーカーです(←

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