お地蔵さん
父の正樹が小説を書いた。子供たちが困惑する。
「きゃははは、まるでお父さんがモデルみたい」
長女の博美が、父の正樹の小説の見出し部分を読んでいう。
「そう、リアリティあるだろう。その推理小説の犯人と目的を当ててみて」
正樹は、妻の由美と子供たちに宿題を渡した。次のような小説を書いたのだ。
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私は、47歳の会社員。仕事は、自動車部品の営業である。今日も、道端のお地蔵さんに挨拶をして出社した。
「今日は、A社との取引がうまくいきますように」
手を合わせると、お地蔵さんは笑顔だった。私はそう思った。
しかし、取引はうまくいかなかった。
会社帰りにも、お地蔵さんに挨拶をした。
「来週こそは、うまくいきますように」
翌日、寝室で目を覚ますと、お地蔵さんが足元にいた。
「ぎゃあー!」
私は、びっくりして叫んだ。妻が飛んで来て「何事?」というので、お地蔵さんを指差した。
「ぎゃあー!」
妻もびっくりした。
私は、落ち着きを取り戻して、お地蔵さんに近付いた。重さ100キロくらいと思われる石で出来たお地蔵さんだ。いつもの道端にあった笑顔のお地蔵さんだった。
「何でここに?」
「あたしが聞きたいわよ」
私は、子供たちを起こした。
「太郎、次郎起きろ!お父さんの寝室に不思議な物があるぞ!」
子供たちの反応がない。今日は、学校が休みの日だった。仕方なく、子供部屋に行った。布団をはぎ取ろうとすると、
「今日は休みだから、もう少し寝たい。眠いんだってぇ~」
「お父さんの部屋に行ってみろ。凄いものがあるぞ」
「後で見るから~」
太郎も次郎もいつもの調子だ。無駄だった。私が嘘をついていると思っているのだ。これ以上やると、バッドで殴られそうなので止めた。テレビニュースには出たくない。
私は、とりあえず警察に通報した。警官が来て、私と妻に色々と尋問した。
「誰の仕業ですかね。何が目的なんですかね」
警官はじろじろと見ながらいう。私を疑っているのだ。
しばらくして園芸業者の人がクレーンのついた車で現れた。2人がかりでお地蔵さんを運んだ。
「お巡りさん、1人で2階まで運ぶのは無理ですよ」
業者の人がいう。しかし、取られた物もなく、玄関の鍵も窓も閉まっていたというのだから、私と妻、あるいは子供たちが犯人だと警官は決めつけているようだった。しかし、私は営業マンである。業者1人分の力などない。子供たちだって、中学3年生と1年生では無理だろう。
「ぎゃあー!」
次の朝、私はまた叫んだ。
今日は、妻も子供たちも飛んで来た。
「またぁ~」
昨日ほどの驚きはなかったが、驚いた。
「一体、どうなっているんだ。お地蔵さん。うちが気に入ったんですか?」
昨日と同じ警官が来て、昨日と同じ事を聞いた。昨日と同じ業者が来た。
「うちが仕事欲しさにいたずらをしたと?」
警官が業者を睨むと、業者が言った。すぐに冗談だとお互いに笑った。
「しかし、どうしたものかねぇ。夢遊病とかですか?」
「いいえ、そんな病歴はありませんけど」
「とにかく、調査しますので、寝室にビデオカメラを仕掛けていいでしょうか」
「はい、お願いします」
寝室にビデオカメラが置かれた。
「ぎゃあー!」
次の日もお地蔵さんがあった。寝室にないのでホッとしたが、カーテンを開けると、ベランダにあったのだ。
警官が朝早くから来て、ビデオを確認した。寝相の悪い私が映っていた。凄いイビキであった。妻が一緒に寝られないというのも肯けた。
「あんた、ずっと寝ているねぇ。ビデオを仕掛ける前に運んで置いたとか?」
警官が言う。どうしても私を犯人に仕立てたいらしい。
「やめて下さいよ。私が迷惑しているんですよ。仕事を休んで、業者の方に料金支払って。私に何の得があるというんですか」
「あんた、言っていたね。毎朝、お地蔵さんに話しかけていると。一人で寝るのが寂しくて運んでいたんじゃないの?」
「馬鹿馬鹿しい。あり得ないですよ」
そんな馬鹿馬鹿しい事件ではあるが、若い刑事が2人やってきて、自宅を朝まで見張った。玄関が見える所に車を停めて、夜を明かした。誰も来なかった。
「結局、誰の仕業か知らないが、まいった、まいった。そろそろ、寝室訪問といきますか」
運転席にいた刑事が車のドアを開けた。ドアが何かにぶつかった。
「ぎゃあー!」
お地蔵さんが、そこにあった。
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「どぉ?犯人と目的を当ててみて」
「お父さん、あり得ないよ。やっぱり犯人はお父さんでしょ。毎日秘かに筋トレしているとか」
子供たちがいう。小説だから、誰が犯人でもかまわない、想像することが大事なんだと、私は子供たちに話した。
「それと、バットで殴ったりしないけど、布団をはぎ取るのはセクハラだからね」
「お前たちが起きないからだよ」
正樹が会社から帰る前に、由美と子供たちがいたずらを企んだ。お地蔵さんの写真を撮ってきて、段ボール紙に貼り付けた。これを寝室に置いておけばお父さんが驚くと考えたのである。小説が現実化するといういたずらである。
私が帰ると、普段通りであった。普段通りに由美や子供たちよりも早く寝た。
「ぎゃあー!」
朝、起きるとお地蔵さんの写真があったので、叫んだ。
由美と子供たちが飛んで来た。
「お父さん大丈夫?」
子供たちが笑っていた。
「これで証明できたな」
正樹は笑顔で言った。
「何が?」
「お前たちが、休みの日は絶対起れないというが、起れるじゃないか。証明したぞ」
「まさか、お父さんは、こんないたずらをすると思って小説書いたの?」
正樹の思惑通りであった。