悪の組織討伐ツアー②
リムジンの窓の外では、サングラスの黒服が二人、こちらを見ている。
その手前で、シオンは俺のホルダーを覗き込んでいた。
真っ赤な画面を見て、遠い目をしている。
「なんですの」
「いや、パラドクス機関の人、可哀想だなって」
「悪いことをしているから、今月の天誅の対象なのですわ」
「天誅って、自分で持っていくものなんだね」
「お届け先まで、こちらから伺いますのよ!」
ホルダーを閉じ、車から降りる。
長い金髪が肩に掛かった。俺は片手でよけて、入口まで歩いた。
黒服の男が、サングラスの向こうからこちらを見る。
「もし。こちらに御用があるのですけれど」
「お嬢ちゃん、ここは遊び場じゃないぜ」
「存じておりますわ。闇のカードを扱っていると伺いまして、御用検めに参りましたの」
男の顎が、少し下がった。
隣の男も、こちらへ身体を向ける。
たいへん分かりやすい反応だった。
「……誰から聞いた」
「では、心当たりはおありなのね」
「ガキが、調子に乗るなよ」
男が、黒いホルダーを開いた。
画面の縁を、黒い枠が走る。
俺たちのホルダーにも、同じ色が広がった。
何も押していないのに、対戦の表示へ切り替わる。
「おい、何だこれ。強制拘束?」
レッカの声と同時に、足元から霧が湧いた。
黒い霧が玄関前の舗装路を包み、車の停まっている側を隠していく。
すぐそこにあるはずの車が、輪郭さえ見えなくなった。
レッカが一歩下がる。霧へ入る前に、シオンが肩へ手を置いた。
「出られないよ。いつもの強制拘束を、闇のカードで乗っ取ってる」
「じゃあ、これ消して――」
「ホルダーは普通に対戦を始めたつもりだから、操作しても解除できない。投了もできないよ」
レッカが画面へ目を落とした。
俺も、自分のホルダーを確かめる。
クロッシングの準備は、確かに進んでいる。
俺とシオンは対戦者に選ばれていないが、二人と一緒に霧の中だ。
勝負を見ているだけの人間まで、まとめて閉じ込める。
闇のゲーム。こういう仕掛けで遊びを台無しにするから、こいつらは気に食わない。
「だったら、勝ちゃいいんだろ」
レッカが赤と黒のホルダーを持ち直した。
声には驚きが残っていたが、指は止まっていない。
向かいの男を、まっすぐ見る。
よし。そういうところは、たいへん主人公らしい。
「まずは小手調べですわね。リツさん、レッカさん」
俺は入口へ手を向けた。
「やっておしまいなさい!」
「おう! 任せとけ!」
「君が言うと、どちらが悪の組織か分からなくなるね」
リツが苦笑しながら、白銀と紺のホルダーを起動する。
二つの対戦領域が、入口の両側へ開いた。
「クロッシング!」
そこからは、早かった。
レッカの側では、赤い光が黒い霧を押し返した。
いつものように前へ出るが、勢いのままには札を使わない。
相手の場を見て、残してある札を見て、それから手札の一枚を抜く。
前の試合で、引いた札を勢いのまま使った少年とは、少し違う。
感想戦で話したことは、ちゃんと覚えていたらしい。
最後は、ヴァルグレイン。
炎をまとった竜が踏み込み、男のライフ表示を吹き飛ばした。
熱い風が、俺の頬まで届く。
思わず押さえた髪が、風の向きへ持っていかれた。
映像を見ているだけなら、こんなふうにはならない。
闇のカードが、投影された炎にまで実体を与えているのだ。
「どうだ! 遊び場じゃねえんなら、なおさら負けてられねえんだよ!」
隣では、リツが相手の盤面を見ていた。
騒がず、急がず、次に置く一枚を選ぶ。
星の光が場を満たす頃には、黒服の手は止まっていた。
《星律の執行者、セラフィナ》。
天使の名が表示されると、リツは静かに攻撃を告げた。
「ここまでだ。君の返しは、もう届かない」
白い光が黒い霧を裂く。
二つ目のライフも、尽きた。
二つの勝負は、ほとんど同時に終わった。
レッカの相手をしていた男の輪郭が、急に薄くなった。
レッカの笑顔が消える。
伸ばしかけた手の前で、黒いスーツが平たい光へ押し縮められた。
残ったのは、一枚のカード。
絵の中で、男が口を開けていた。
「……おい」
リツに負けた男も、同じように消えた。
カードが二枚、フィールドの端へ落ちる。
霧は薄れていった。車も、玄関前の舗装路も、また見える。
それでも、二人は戻らなかった。
レッカが足元のカードを見る。
さっきまで張り合っていたリツも、今は何も言わない。
俺は二枚の前へしゃがみ、拾い上げた。
絵の中の男が、こちらを見上げる。
嫌な趣味だ。本当に。
「負けたら、こうなるのかよ」
「今回は、カードに封じる仕掛けみたいだね。クロッシングが終われば霧は消えるけど、封印まで解けるわけじゃない」
シオンが、カードを覗き込んだ。
「奥の人に、戻す方法を聞かないと。二枚とも、持っていこう」
「ええ。ちゃんと連れて帰りますわ」
二枚を、空いているカードケースへ収める。
踏まれたり、折れたりされても困る。
勝ったからって、適当に扱っていいものではない。
「こいつら、自分からやったんだろ。自分らが負けても、こうなんのか」
レッカが、閉じたケースを見ていた。
俺は頷く。
「自分たちは負けないと、思っていたのでしょうね」
「……そんな勝負、やるもんじゃねえだろ」
その通りだ。
うまく回らなくて負けたり、相手の一枚に驚いたり。
そういうことまで含めて、カードは楽しむものだろう。
もう一回、と言えなくなる遊びにして、どうする。
「ええ。ですから、奥の方にも教えて差し上げませんと」
ケースを鞄へ入れ、留め具を閉める。
「もし負けても、わたくしが助け出しますわ。お二人は、安心して思いきり戦っていらして」
「いや、待て。お前も負けたらどうすんだよ」
レッカが、こちらへ顔を向けた。
俺は立ち上がり、スカートの裾を払った。
「あら」
博士のいるらしい、上の窓を見る。
「わたくし、負けるつもりはございませんことよ?」
「そういう話してねえだろ!」
「何かあったら、私もいるよ」
シオンが横から言った。
青のホルダーを確かめる、その手は落ち着いている。
レッカは、ようやく小さく息を吐いた。
「……じゃあ、そっちは頼むぜ」
「うん。レッカくんたちは、自分の対戦をね」
後詰めの話が済むと、レッカはもう、研究所の奥へ目を向けていた。
この手の連中には、俺が勝つ。
閉じ込められた人を戻す方法も、ちゃんと吐いてもらう。
カードを使って、人をカードへ閉じ込める。
そんな遊び方をしたいなら、負けたあとまで付き合ってもらおうじゃないか。
入口には、もう黒い霧が残っていない。
俺はガラスの扉を押す。
「では、参りましょう。お昼ご飯までに、済ませますわよ!」
「やっぱり遠足のつもりなんだね」
シオンが呆れた声で言い、俺の後ろへ続いた。
《星律の執行者、セラフィナ》白・5F/3C
アストレイン/レジェンド・ユニット[セラフィナ]/天使
〈構築制限〉―アストレイン
"飛翔"、"回復"、"障壁(2)"
あなたのオーダー1枚につき、このユニットは+1/+0の修整を受ける。
3/5
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「祈りは聞き届けられました。判決が覆ることはありません。」




