第8話 本日わたくしめは狼藉をはたらいてしまいましたので。せめてものお詫びにと思いましてね。
年が明け、新学期がはじまった。
昨夜大雪が降り、朝には一面真っ白に積もっていた。
校庭を歩く生徒たちはいつもの無気力でだらだら歩くのとは違っていて、みんなそわそわと内心はしゃいでるのがわかる。
先陣の生徒が踏み歩いた所が道になり、みんな同じ道を辿って登校する。
俺もそれにならって校庭を歩いていた。
慎重に雪を避けて歩いていたのにどこから染みこんできたのか靴下が濡れて最悪だ。
足先が氷水に突っ込んだみたいに冷たくなる。
俺よりも靴下死んでるであろう奴らがその周辺にいた。
膝まで積もった雪にズボズボと足をつっこんでいた女子が、
「ねぇあたしのローファーどこ!? 脱げたんだけどぉ!」
「ヤバッ。大丈夫?」
「埋めちゃえっ埋めちゃえっ」
「お前を埋めてやるよ!」
「やめろこっちくんなって! ローファー探せよ!」
小学生か。
はしゃぎすぎだろ。
他にも雪合戦してる奴とか、本格的ではないものの小さな雪だるま作ってる奴もいた。
馬鹿なやつらだなと思いつつも、あそこまで素直にはしゃげるのはある意味羨ましいと感じる部分もあった。
大人になるってこういうのを削ぎ落としていくことなんだろうか。
突然、俺の背中に衝撃が当たった。
――――冷てぇ!!
どうやら雪玉をぶつけられたらしい。
「うわぁっ! ごめんなさ~い!」
背後から女子の声がして、俺はうらめしそうに振り返る。
マフラーを巻いた女子があわててこっちに駆け寄ってきた。
素手で雪玉を握ってたらしく指先が真っ赤で鼻もズビズビしてる
――――稲森だった。
「本当ごめんね? 痛かったよね? 私めっちゃにぎにぎしてたからカチコチの雪玉だったんだよ。背中へっこんでない? 骨折してない? ぷっ。くふふふふ」腹を抱えて吹き出した。
騒ぎすぎてハイになってんなこいつ。
***
ホームルームが終わり、放課後になった。
部活の連中が我先にと教室から出て行き、それ以外は「やっと終わった帰れるー」「久しぶりの学校疲れた」とだらけていた。
担任が「おーい、冬休みの課題まだ提出してないやつ出せよ-。もう持ってくぞー」の声で、俺もまだ出してないことに気づいた。
俺は机から課題を取り出すと、部活に行くでもなく帰るでもなく教室をうろうろしてる生徒をかきわけ教壇に向かい、課題の山が四つできていたからそれにならって並べていった。
すると担任と目が合い、なんか閃いたって顔された。嫌な予感がする。
担任が俺に言ってきた。
「ついでに職員室まで運んでくれないか」
「全員分の課題を、っすか……」
「全部じゃなくていい。半分でいいから」
俺が部活入ってないことを知ってるから『お前あと帰るだけで暇してるだろう』ってことなんだろう。
それに最後に課題提出したのが俺っぽいし。
断るに断れず「……はい」と返事するしかなかった。
「悪いな。ちょっと部室の鍵開けてから向かうから、職員室の俺の机の上に置いといてくれればいいから」と言うと担任はさっさと教室を出て行った。
はぁ、めんどくせ。
鞄も一緒に持っていって職員室行ったらそのまま帰る――ってのは無理か。
ギリ一人でも持てる量だけど絶妙に多いな。
そんな時だった。
「ねえねえ。それ持ってくの?」
稲森だった。
こちらを覗うように顔を傾け、髪を揺らした。
「まぁ、そうだけど」
「私、手伝おっか?」
「――――何故?」
お前に関係なくね?
訝しげに稲森を見つめていると、
「本日わたくしめは狼藉をはたらいてしまいましたので。せめてものお詫びにと思いましてね」改まった感じで稲森は言った。
「狼藉?」
「ほらっ、雪玉で暴行をはたらいたではないですか。もうお忘れで?」
カチカチの雪玉を俺にぶつけてきて謝ってんだか馬鹿にしてんだが笑ってたやつか。
「いや、別にいい」と俺は断った。
二人きりとか気まずいし何話せばいいかわかんないし、だからといって沈黙もきついし。
一人の方が気楽だ。
「いーからいーから! 二人だとあっという間じゃん?」
そう言うと稲森は俺が手に取る前に半分奪い取ってしまった。
おい。
すると近くにいた女子二人が「あれ、稲森帰んないの?」と声をかけてきた。
俺はその女子二人を確認して驚いた。
なぜこの二人が一緒にいる?
水田と愛川だった。
男で相当揉めてたはずの二人が今は何事もなかったかのように一緒に帰ろうとしている。
何故だ。
「先帰っててくれて平気だよ」と稲森。
「わかったぁ。うちら駅前のマックにいるから来たかったら来ていいよぉ」
「おお、来い来い。じゃあな」
「うん、有り難う。行けたら行くねー」と二人の背中を見送る稲森。
俺は「いいのか?」と聞いた。
あいつらと一緒に帰るなら今追いかければ間に合うんだぞと目線を送る。
「うんっ」とあっけらかんな稲森。
何故だ。
稲森は「よっこいせ」と胸に抱え直すと「行こー」と先に教室を出て行ってしまった。
俺も課題を腕に抱えこみ、後を追いかける。
すこし歩いてから俺は気になっていた事をそれとなく聞いてみた。
「あいつら、二人にして大丈夫なのか。――――――修羅場してなかったか」
「あれ知ってるんだ? ってまぁ見てたよね……。すさまじく修羅場ってたし。今は仲良しだよ」
どうやったらあれが『仲良し』になるんだ。女ってわかんねえな。
稲森は続ける。
「それがさー、第三の女が現れたんだよ」
「え」
「未央君がさ――――あ、未央君っていうのは二人が修羅場になった原因の人なんだけど――――あの二人には『クリスマスは家で家族と過ごすから無理』とか言って断ったくせに、第三の女とデートしてたんだって。えっと、なんでバレたかって言うとね、第三の女がインスタのストーリーにあげてたの、未央君のほっぺにキスしてる動画。未央君もまんざらでもなさそうな顔が映っててね。あ、ちなみに妹でもお姉ちゃんでも親戚の子でもないんだよ。後輩でサッカー部のマネージャーやってる子なんだって。やばいよね。それで二人はもう力尽きちゃって怒る気も失せたって」
「まじかよ」
男もわけわかんねえな。
「それで、未央君に酷いことされた者同士、意気投合したみたいだよ」
俺は文化祭準備期間のあの光景を思い出していた。
「………………あんなに髪の毛引き千切ってたのにか」
「あれは相当ヤバかったよね。誰かマジで死んじゃうんじゃないかって本気で焦ったもん。なんかね、未央君があまりにも突き抜けたクソすぎて、自分達の気持ちの吐け口が欲しかったんじゃないかな。お互いが唯一の理解者、みたいな」
「――――――へぇ」
「未央君は恋愛の最初の部分だけが好きなのかもしれないね。ケーキでいう一口目? でも相手からしたら困っちゃうよね。終わるなら終わるでちゃんと終わらせてくれないと」
「――――――そうだな」
揺れる稲森の髪の毛を見つめながら、なんでこいつは俺に馴れ馴れしく話しかけてくるんだろうかと考えていた。
稲森のキャラ的に誰彼かまわず馴れ馴れしくするのもわかるが、二人の修羅場――文化祭準備期間のことを思い出した辺りで、急にぞわぞわと不安が全身にかけめぐっていた。
文化祭準備期間、俺は床に散らばったエクステを片付けるふりをして自分のカーディガンの裾に詰め込んでいた。
その時、背後から稲森が声をかけてきて驚いたのを今も鮮明に覚えている。
もしかして怪しまれてるのか。
スパイとして俺に近づいてあの時のことを暴こうとしている?
稲森はフンフンフーンと鼻歌を歌ってる。
これは俺の考えすぎだろうか。
だが雪玉ぶつけた程度で手伝うか?
こいつの笑顔に騙されるな。笑顔を向けてくるからって信用していい理由にはならない。
警戒しておいて損はないだろう。




