第4話 2度目の髪拾い
立ってガヤガヤしてる奴もいるから悪目立ちはしなかった。
それでも目に付かないようゆっくりダルそうに歩く。
そうして教室の後ろの隅にある掃除用具のロッカーに辿り着いた。
ここまではなにも不審じゃないし。
バレてない。
俺はロッカーを開けて箒とちりとりを手に取った。
そこで自分の手が震えてることに気づく。
「え、なに、掃除でもすんの?」
突然声を掛けられ、俺は小さく飛び跳ねあがった。
ロッカーに一番近い席の男子だった。
椅子にだらけて座りながら俺をじろりと見回す。
いやな脇汗がつーっと流れた。
声よ、裏返んないでくれ。神頼みだった。
「あ、うん。あそこ、酷い有様だから。本人帰ってくる前に、やっといたほうがいいかなって――」
俺の声は大丈夫か。
怪しまれていないか。
息継ぎも怪しくなってくる。
すると男子は、
「えらー。いや、お前やんなくてよくね? そんなんやる必要ねーって。本人にやらせろよ」
「あー……うん。そうだけど…………邪魔だし。踏みたくないから」
「お前潔癖?」
「まぁ、そんな感じ」
「物好きもいるもんだな」
それで会話から解放された。
俺は歩き出す。
どくん、どくん、どくん、どくん。
心臓が爆音で、この音と共に俺の目的も周りに流れ出てクラスの連中にバレるんじゃないかってヒヤヒヤした。
神経が高ぶってるせいか足の感覚が変だ。
足に力が入っているのかいないのかわからず体感ではフラフラになりながらも、とにかに不審がられないように歩いた。
頭が興奮状態で気を抜いたら気絶してしまうそうだった。
――――――着いた。
いくつもの円を描いた毛束が俺の目前に。
俺はそっとしゃがみこむ。
ちり取りを構え、
箒で触れた瞬間、ゾクッとした。
ちり取りに納めると、
またゾクゾクした。
直接触れてるわけじゃないのに髪の毛に意識がどっぷりなせいかプラスチック製のちりとりや箒が俺の手の代理になったように感じた。
直接触りたいのを我慢し、次々と救い出していく。
勃起しそうで意識を散らすのに苦労する。
近くの席で「助かるー」だの「仲良かったけ?」って声がしてる気がする。
「これもあげる」と女子が一束のエクステを指でつまんで俺のちりとりに入れてきた気もする。
でもそれは本当に本当だったのか現実感が曖昧だった。
全部ちりとりに納めると、俺は逃げるようにしてその場から離れた。
再び掃除ロッカーまで来る。
さっき俺に話しかけてきた掃除ロッカーの番人はソシャゲに夢中だ。
俺は掃除ロッカーの横にあるゴミ箱に捨てる素振りだけした。
それから掃除用具のロッカーに箒を仕舞ったあと
――――ここからが正念場だ。
自分の体で掃除用具のロッカーを塞ぐように密着して後ろから覗き見されるのを防止すると俺はすぐさま
――――エクステを掴んだ。
触れた瞬間、全身がぶるっと震えた。
急げ急げ。
ずっとこうしてたら変に思われる。
俺はガーディガンの窄まった袖の中にエクステを詰め込んでいく。
束になってるから入れるのに苦労しなかった。
シャツごしにもぞもぞして、こそばゆいやら撫でられてるような気分になり鳥肌が立った。
最後の一束を突っ込んだ時だった――。
「あ、あの…………」
背後から呼びかけられたんだ。
怪訝そうな女子の声だ。
俺――か?
咄嗟に俺はカーデガンの袖口を握った。
エクステが落ちてこないように。
絶対に落とすわけにはいかない。
表情を落ち着けてから振り向くと――――。
稲森だった。
二人のケンカを唯一仲裁してた女子。
正義感が強そうな――。
稲森はこちらを覗うような表情をしていた。
なんだよ。
バレたのか?
体中の毛穴から変な汗が湧き出してくる。
俺が無言のまま突っ立っていると、稲森が口を開いた。
「もしかして――――あそこのあたり掃除してくれたりした?」
「あ……うん」
喉が詰まって返事するので精一杯だった。
すると稲森は「うわーん」と大仰な声を出したかと思うと、俺の前でパンッと両手を合わせ、
「ありがどねぇ~~~~~~~~~~~~~」
と両手をすりすりした。
拍子抜けした。
稲森は続ける。
「私が後でやろーって思ってたんだけど教室戻ってきたら綺麗になってるんだもん。ビックリしちゃった。うちのクラスでそんな親切なことする人いたかな? って」
「ああ。俺は『そんなの止めとけ』ってこいつを止めるぐらいには親切だぞ」
突然、ロッカーの番人も声だけ俺らの会話に混ざってきた。
視線はソシャゲのままで、こちらを向きもしない。
ふくれた稲森が、
「ほら、こういう人ばっかりでしょ。でね、箒片付けてる人いるから、もしかしてって思って」
「それよかさ、稲森が感謝するんじゃなくてあの二人に感謝させろよな」
俺を置き去りにして、ロッカーの番人と稲森の会話は続く。
俺はどうしたら…………席戻りてえ。
「それが二人とも早退しちゃてさ」
「なんで早退? しかも二人とも?」
「あー……。未央君が学校サボるって言い出したから」
「カァーッ、アホみてえ」
「そんなこと言わないで。だから今は私が代わりに感謝するね。明日来たら二人に伝えとくから」
突然俺に話を振られてビビった。
「いや、いい。たいしたことしてないから」
「そんなことないって!」
稲森の一生懸命に感謝を伝えてくる姿に俺は照れてしまった。
人に感謝されるとか全然無いから。
照れ隠しで鼻を擦った時――――。
腕の中で髪の毛がカサッと動いた。
我に返る。
俺は感謝されるような人間じゃない。
稲森は未だ両手を擦って「お手てのしわが無くなっちゃうほど感謝したおしちゃうぞぉ~」と言ってくる。
もうやめて欲しかった。




