第26話 もしかして私を放置して男と遊んでたってわけ?
やはり今日子は不満をあらわにした。
眉を寄せ『私一人になっちゃうじゃん』ってオーラがびんびんだ。
「でも先生に呼ばれたんだから断れないよ。先生待たせてるし、急いでるから!」
今日子の文句もまともに聞かず私は教室を飛び出した。
お昼時で喫茶店が繁盛しててラッキーだった。
今日子は追ってはこれないだろう。
今の私には今日子のご機嫌をとるよりも、待たせてる三崎君を不機嫌にさせないことのほうが重要だった。
今日子はいつも不満ばかりなんだから、今日ぐらいいいじゃん。
胸が高鳴って全身が喜んでる。
まさにミュージカル映画そのものだ。
カップルが結ばれて突然踊り出すシーンなんかあるけど、今までは大袈裟すぎじゃんって萎えてた。
だけど今なら十分なほど気持ちがわかる。
今の私、踊り出しちゃいそうだもん。
廊下でカップル連れとすれ違うと、私もそっち側の人間のような気がしてきて仲間ですよとアピールしたくなる。
あ、でも、これからアピールしちゃうのか。
自然と笑顔がこぼれ落ちちゃう。
彼が待ってる場所の近くまでくると、一度立ち止まり、手ぐしで髪を直しリップクリームを塗った。
こんなことになるなら化粧をおぼえておけばよかった。
あれ、なにこの考え。
そっか、私は彼にだけなら
――――女としてみられても平気なのかも。
三崎君は壁に寄りかかって携帯をいじっていた。
まだ私に気づいてない。
声を掛けなければ。
ああ、一言目が出ない。
変な声でちゃったらどうしよう。
あれやこれやと考えてなにも出来ずにいると――。
「行こっか」
彼が私に笑顔をむけてくれている。
恥ずかしくて『うん』と声にちゃんと出せたのかわからず頭をぺこっと下げるのが精一杯だった。
もう爆発しちゃいそうだよ。
***
軽音部の音漏れを聞きながら、私達は二人で一つの綿アメを食べていた。
階段に座って見つめ合うようにして綿アメをむしっていく。
目が合う度にドキドキして、ピンク色の綿アメより私のほうが赤くなってるんじゃないかって思ってしまう。
本当恥ずかしい。
でもいやじゃない。
軽音部はとても人気らしく体育館に入場制限がかかってしまい入れないでいる。
私たちの目的は演劇部の講演でロミジュリっていうベタなやつなんだけど今の私達に相応しいよね。
こういう偶然が、私達の関係性はとても素晴らしく運命的なものに思わせる。
軽音部が終わって人の入れ替えが始まるまでこうして時間を潰していた。
最初、完全に上がっちゃった私はぎこちなく固まってしまっていたんだけど、そんな私を察してか三崎君はせっつくでもなく適度に話題を振ってくれて、私の返事もゆっくりと待ってくれたりして、そのお陰で次第に私の緊張はほぐれていった。
三崎君との会話は、私のことをちゃんと一人の人間として扱ってくれてるんだって実感できるものだった。
変に下ネタで笑いを引き出したり、俺様ぶらない。
そして、私を否定しない。
今まで見てきた男達にはいなかった人種だ。
お化け屋敷に入った時なんかは、わざと私の体に触れることもなく、先をエスコートしてくれた。
今だって綿アメが少なくなった所を、三崎君はなにも言わず自分で引き受け、綿アメが多い部分を自然に私に向けてくれる。
私はこんなにも大事に扱って貰えてるんだ。
両親にさえこんな優しくされたことないかも。
大雑把な両親には出来ない芸当だもんね。
あっという間に綿アメを食べ終わり割り箸だけになった。
三崎君はすっと立ち上がり「捨ててくるね」と率先してゴミを捨てに行こうとしてくれる。
やってもらってばかりはよくないと思って、
「あ、私が行こっか?」
「ううん大丈夫。かわりに場所取っててくれる?」
「わかった。ありがとう」
私に引け目を感じさせない配慮かな。
座ってるだけなのに『かわりに場所取っててくれる?』だなんて。
三崎君の背中を見送った。
離れていく彼を見るのはちょっぴり寂しいけれど、すぐ私のもとに戻ってきてくれるってとても幸せだ。
静かになった階段に、すぐまた足音が聞こえてきた。三
崎君が戻ってきた! と嬉しくなった途端
――――それは違った。
「やっと見つけた!」
今日子だった。
あまりの驚きに心臓が潰れそうになる。
もうそんな時間?
すっかり忘れてた。
さっき三崎君が座ってた場所に今日子が「めっちゃ探したんだからね。あー疲れた休憩」とドカッ座った。
「えっと、あの……」
「先生に頼まれたっていうけど誰先生? ま、うちも忙しかったから、いいけど」
私は今日子になんて言えばいい。
どうしよう、説明したらわかってくれる?
そんなわけない。
どうしようどうしよう。
最悪。
もう一つの足音が
――――戻ってきてしまった。
「ただいま――ってあれ?」
三崎君の姿が現れた。
今日子の瞳が大きく見開いたのがわかった。
そして次に私の顔を凝視する。
「これは、どういうこと?」
静かに聞いてくる今日子が逆に怖かった。
「あのね、その……」
「もしかして私を放置して男と遊んでたってわけ? あ、もしかして先生に頼まれたっていうのも嘘?」
さすが人を疑るのが趣味の今日子だ。
すぐ答えに辿り着く。
今日子の仕事が終わるまでに戻る予定だったよ、と言おうとして、それを言ってしまえば三崎君にそんな途中で解散する話をしてないから三崎君をないがしろにすることになる。いい言い訳はどこだ。
今日子と三崎君、両方を傷つけず事態を収拾できる言い訳。
いい落としどころ――――。
「マイは私と遊ぶよね?」
そうくるか。
できるなら彼との時間を続けたい。
でも今日子が許すわけない。
なら三人で回ろうよってなっても今日子のことだから『あんた邪魔なんだけど』オーラを全開にして三崎君を折れさせるだろう。
てか、三崎君だってこんな空気悪くなった状況で私と文化祭を見るのいやだよね……。
これが頃合いかな。
「嫌がってるのに無理強いするのはよくないんじゃないかな」
え?
今日子の顔が凍り付いた。ピクッと眉だけ動かし、
「は? そんなことしてないし。無理強いなんて今まで一度もしたことないけど。ね、そうだよね?」
私に振ってきた。
今日子は無表情で私をみてくるけど目には憎悪がたぎってる。
めちゃくちゃ怒ってる。
『私間違ってないよね。そうだよね、そうだと言え。はやく、はやく』って。
もういやだ。
「そうなの?」
三崎君の声だ。
優しく私を包みこんでくれる声。
彼なら――――私を守ってくれるかも。
今まで言えなかった今日子への気持ちを言えるかも……。
私は自分を奮い立たせて言った。
「――――してるよ」
「なに聞こえないんだけど」
「い、いつも今日子は自分のやりたいことばっか私に押しつけて――」
「な、そんなことしてないし!」
「ほら! そうやって私の意見聞いてくれないじゃん」
言いはじめると感情が乗ってきてどんどん溢れてくる。
止められない。
今日子は私の主張をひねり潰そうと必死だ。
「だってあんた一人じゃなんもできないでしょ? わたしが代わりにいつも決めてあげてるんじゃん。なんでそれが急に私のせいになるの?」
「少し落ち着こう?」
三崎君が止めに入る。
でもそれは今日子には火に油だった。
「お前は黙ってろよ!!」
「――――ごめんね」申し訳なさそうな顔になる三崎君。
そんなふうになる必要ないのに。
「は、なんだお前。そうやって私を加害者にしたてあげんなし!」
三崎君に噛みつく今日子を私が止める。
止めなければいけない。
だって私のことを守ろうとしてくれてる人なんだもの。
なら私も彼のこと守りたいよ。
「ねえ今日子、みんな見てるからやめようよ」
「はあ?」
周りのことが視界に入ってなかったのか、今日子は今気づいたみたいに周囲を見回す。
階段を囲むように人が群がっていた。
「なにケンカか?」
「祭りだ祭りだあ」
「男の取り合いとかモテ男は憎いねえ」
今日子は顔を歪め頭を掻きむしる。
「ああもうなんで私ばっか悪者にされるの! クソが、死ね!」
三崎君はこっそりと動いていて、私を今日子から守るように間に入ってきた。
そんな私と三崎君の二人を見据え、
「どうなっても知らないからね。ヤリ捨てされてろバーカ」
そう吐き捨てると、今日子は足早に立ち去った。




