第24話 あいつ、女子をとっかえひっかえしてるらしいよ
あれから二週間経った。
クリーニングしたジャージはこっそり彼の机のうえに置いて返した。
ちゃんとお礼を言いたかったけれど話しかけるとか無理。
死んじゃう。
だから小さなメッセージカードに『ありがとうございました』と書いて入れておいた。
たったその十一文字を書くのに三十分もかかってしまった。字が曲がってるんじゃないかなとか、文字が小さすぎて読めない?
これじゃ文字デカすぎてガサツな女に思われるんじゃないだろうかとか心配があふれてきたせいだ。
その後は、以前の生活に戻った。
それは彼が私の生理の血の話をクラスの人たちに言いふらし皆でからかうなんてことが起きなくて、言いふらされたくなかったら俺の言うことを聞けと脅してくることもなかったということでもある。
つまりそれって無償の優しさで私を助けてくれたってことだよね。
やっぱり彼は特別で他の男とは違うのかもしれない。
そんな彼の存在のおかげで、不潔な牢獄としか感じてなかった学校に行くのが楽しくなった。
他のクラスメイトは知らない私達だけの秘密を抱えてるようで嬉しかった。
たまに視線があった時なんかはドキドキして、私はどう対応するのが正解なのかわからないし恥ずかしくなってすぐ目をそらしてしまう。
すると急に不安がこみあげてきて、嫌われたんじゃないかな、不愉快にさせてしまったのではと怖くなった。
その不安を抱えたまま彼の様子を覗ってるとまた目が合い、その時の彼の眼差しはとても優しくて、ぐっと胸をわしづかみされた。
彼との接触は視線だけ。
誰にもバレていないはず。
そのはずなんだけど――。
「ねえ知ってる? 三崎って奴、女子をとっかえひっかえしてるらしいよ」
突然、今日子が彼の悪い噂話を集めてくるようになった。
「一年の時、クラスの女子達が三崎を取り合って修羅場になったんだって。で、当の本人は仲裁に入らなくて、それどころか皆にいい顔するから修羅場が長期化しちゃったんだって。
最後は三人不登校になってそのうちの二人が学校辞めたとか。最悪なのがさ、三崎って修羅場が発生しそうになるとその都度行方をくらますんだって。事態が落ち着いてから『みんなどうしたの?』ってすまし顔して現れて。クソすぎない? 一回死んで性格リセットしたほうがいいよね」
そう話を振られたけれど同調すると彼への否定になってしまうし、だからといって今日子にそんな話は聞きたくないって言っちゃうと一日中ふて腐れるのが簡単に想像できる。
スルーすることもできず「へー。そうなんだ」の相打ちで済ましていた。
今日子にとって彼は同じクラスにいるだけのほぼ他人なのにわざわざ悪口を言いはじめた。
そしてこのタイミング。
偶然だと思いたいけれど、いい意味でも悪い意味でも勘の鋭い今日子のことだから気づいてるのかもしれない。
「ねえ聞いて! 三崎の続報なんだけどさ、あれに懲りて同じクラスの女子に手を出すのはやめて今度は他のクラスの子ばっか狙うようになったんだって。でねでね、その時期から色んな部活で問題行動起こす子が増えてくるのね。
吹奏楽部の子が屋上から飛び降りるとか言い出すわ、文芸部の子は自分の血で三崎の机に愛だの死だの変な文字や絵を書いたとか、手芸部の子が自分の腕に糸を縫い付けて三崎の名前を入れただの。全部裏には三崎がいたんだって。ヤバくない?」
「へー。そうなんだ」
「たしか詳細は――――。
吹奏楽の子は、トランペットでソロに選ばれたから絶対コンサート見に来てって頼んでて、あいつも「絶対見に行くよ」って約束したのに熱出たとかでドタキャンされたんだって。でもその日姉と仲良く買い物してるのクラスの女子に目撃されちゃってんの。あいつってマザコンとシスコンが深刻で、彼女よりそっち優先するらしいよ。それでついに爆発した吹奏楽部の子が『お母さんやお姉さんより私をみてよ!』って屋上沙汰になったらしい。
文芸部の子は『あなたとどんなに言葉を重ねても心が通じ合わない! 本当のあなたはどこ!』とか文学かぶれなこと熱演してたらしい。マジウケるんだけど。もうお前文芸部より演劇部行けよって感じじゃない?
あと手芸部の子は、お母さんに気に入られなくて別れてって言われたみたいだよ。
地味で野暮ったくて華が無いから家にふさわしくないってことをあいつの家に行ったときに母親から遠回しに言われたそうだよ。
だからってさ、自分の腕にお花の刺繍はヤバイでしょう。本当笑えるよね。思い出すたび笑っちゃう。あー、涙出てきた。ヤバイ人って面白い話題提供してくれるから大好き。
まあ、そういうヤバイ人を製造する三崎が一番ヤバイけどね」
不愉快だ、今日子のことが。
話を聞いていると腹の中でどす黒いものが渦巻いていく。
『三崎君はそんな人じゃない! それに親御さんやお姉さんをそんなふうに悪く脚色して話すなんて言語道断でしょ。彼の優しい人格を形成した家庭なんだから、あったかい家族に決まってる』
と言いたかったけれど言えるわけもなく、できる限りの抵抗がこれだった。
「別れ話が出たから、別れたくない女がそうやってるだけじゃないの?」
すると今日子がニヤァと嫌な笑みを作り、言う。
「残念。三崎は自分から別れ話をしないんだよ」
今日子は聞いてくれてありがとう、この話したかったんだって喜びの顔になっている。最悪だ。
「三崎って奴はできることなら相手から別れを切り出してもらいたいんだと。それをしてくれない子とは自然消滅を狙って距離をとるらしいよ。でもそんなの相手にはわかんないわけ。だからややこしくなるんだよね。ちゃんと別れてないから、まだ付き合ってると思ってる子がたくさんいる。三股、四股があたりまえ。本当ゴミクズ野郎」
そんなはずない。
血で汚れるかもしれないのに私の腰に優しくジャージを巻き付けてくれた彼がそんな酷いことするわけない。
たとえこのことを説明しても今日子はまともに受け取ってくれやしないだろう。
それどころか逆にそれも女をたぶらかす作戦だよと言いだしかねない。
人の良心をそのまま受け取ることができずなんでも穿って見るのが彼女だから。
私は握りこぶしを作って怒りを我慢した。
皮膚に爪をくいこませ痛みで紛らわせる。
「そんなわけでさー。
今じゃ学年の女子たちに総スカン食らってるんだって。よりゃ当然だよね。自業自得。今まで女を食い散らかしてたのに誰にも相手にしてもらえないなんて相当女に飢えてるだろうね。だから今は狩り場を変えて手つかずだった下位ジャンルの女を手当たり次第みたいよ」
だからアンタも気をつけなね。
三崎のこと本気になるなんてバカがすることだよ。
そう今日子の表情が訴えかけてくるようだった。
私はなにも答えなかった。
彼女のこの他人をコケにする癖は今にはじまったことじゃない。
今日子は全人類が嫌いだ。
その癖、一人になるのを極端に嫌がる。
だからクラスというか学校で唯一の友人である私を囲い込みたがる。
私が他の人と仲良くしようものならあからさまに不機嫌になり、相手をこき下ろし、私のことも変な理屈をつけて責め立てる。
それは男女関係なくて、私がクラスの女子と『次の授業で必要なものなんだっけ?』みたいな事務的な会話をしてるだけで睨んでくる。
そんなわけで今日子は私の関心が自分以外に移らないか、他の奴らが私を盗ってしまわないかと警戒して目を光らせていた。
私が特別好かれてるというより、一人を囲い込みたがる性格なんだと思う。
中学の入学式の日、今日子が落とした携帯のストラップを拾ってあげたのがはじまりだった。
一瞬キッと睨まれたけれど、落とし物を拾ってあげたのだと分かるとオロオロしだし、黙って受け取った。それから徐々に今日子のほうから距離をつめてきて今にいたる。
面倒くさい子だけどいい部分もあって、私が誰かとのやりとりで困ったり、どう選択するべきか悩んでると介入してきて問題を全部解決してくれる。
今日子に選択権を渡してしまえば全部やってくれるから楽だった。
だからこれはいつものこと。
いつものように誰かのことを悪く言ってるだけ。
でもさすがにこういう日は浮かれるべきだよ。
たとえ嫌なことが目についたとしても目をつむってあげれないの?
だって今、文化祭真っ最中だよ!?




