第22話 この教室はまさにあの掲示板の世界そのもの
その日を境に、私は素肌をさらすことをやめた。
スカートやショーパンは全部捨てたし、半袖も着なくなった。
忌々しい襟元と、袖口の隙間から変態が脇や胸やらをのぞき込んでくるんじゃないかとノイローゼになって真夏だろうと長袖長ズボンを着るようになった。
おしゃれとかクソ食らえ。
それは学校でさえ同じことだ。
あれから五年経ち、高三になった今でも制服の下にはジャージを必ず着ている。
高校入学当初、担任に一度注意を受けたが『肌が弱くて太陽に当たると赤くなって大変なことになるんです』と伝えるとそれ以上なにも言ってこなくなった。
それに今の担任は野球部の顧問をしていて、自分の贔屓してる部員達が朝から放課後までジャージ姿でいることを許してるから私のことなんて眼中になく、クラスで悪目立ちせずにすんでいる。
教師が黒板にせっせと書いてるなか、生徒は自由時間のごとく近くの席の友人と喋っていた。
この先生は誰かを当てて答えさせることは一切しない。
授業を止めるような邪魔をしないかぎり生徒を注意することがない先生だから舐められてるんだ。
先生としても生徒の興味をひきつけたり、それぞれの理解度をはかりながら授業を進めていくなんて面倒なことをせずにすんで楽なのかもと思う。
先生は誰とも目を追わさず抑揚なく教科書を読み、黒板の端から端まで書き終わると全部消し、また端から書きはじめる。
生徒の進み具合やノートを書き進めるスピードも無視して勝手に一人進めていきチャイムが鳴ったら止めて教室を出て行く。
淡々とした作業的な授業だ。
私は誰とも喋らずもくもくとノートを書き写していたんだけど、後ろの席の男子の聞きたくもない会話がイヤでも耳に流れ込んできて不快だった。
中学の時の男子も気持ち悪かったが、高校になると一段と気持ち悪さが増した。
そういうやつらが学校に持ち込むマンガ雑誌の表紙はかならずといっていいほど水着姿の女の子で、そういうのを見て胸がデカイだの平然という。
相手を性的に見ることがどれほどの加害行為かまるでわかっていない。
クラスの女子に送る視線だってそういう目つきで、こんなの潜在的な犯罪者どもに囲まれて生活しているようなものだった。
この教室はまさにあの掲示板の世界そのもの。
そんな中、バカな女は可愛いという理由だけで開襟シャツのボタンを1つ多く開け、リボンのヒモを伸ばして胸元を露わにするし、スタイルがよく見えるからって理由だけでスカートを短くする。
それが当たり前だといわんばかりに学年中に同調圧力がひろがり、イケてない女子層までスカートを短くしちゃってさ、頭が足りなすぎ。男の本性がわかってないんだ。
まぁ、そんな奴らともあと半年でおさらばだけど。
でもそれは決して変態どもから解放されるってわけじゃなくて、社会という次の地獄に移るだけ。この世に逃げ場所はない。
はやく授業終われ、学校終われ、この世界もまるごと終わってしまえ。
ふと、後ろの席の男子の言葉が耳についた。
「この写真ってあいつじゃね?」
うるさい教室でこの言葉だけがクリアに聞こえた。
会話相手であろう男子が
「うっわ、そうだよ、あいつだよそれ。よく見つけたな。大人しそうな顔してやることやってんな」と下品に笑い出す。
背筋が凍り付く。
私のこと?
あの掲示板のことがバレた?
弁護士にお願いして消してもらったのに。
またどこかの掲示板に写真を貼り付けられて気持ち悪いこと言われてるの?
死にたい。
うなだれながら私はそいつらの会話に聞き耳をたてる。
「待てよ……この写真見覚えあんな」
「なんだよお前出会い系サイト巡りしてんの? やっば」
「俺はお前とは違って彼女いるからそういうのは無縁なんだわ。すまんな」
「死ね」
「あ、そうそう思い出したぞ」
「なんだよ早く言え」
「持ってるわ俺この写真――――――ほら」
「はぁ? なんでお前この女と一緒に写ってんだよ!」
「うん。これさ二年前にWデートした時の写真でさ、そいつは俺の彼女の女友達だな。ブログやってるとか言ってたし、ネットにこの写真上げたのかも。こいつの顔だけ切り取って出会い系に悪用されたんだろうな。かわいそうに」
「お前の彼女はブサイクだから悪用されずにすんでよかったな」とクスクス笑うのに対し
「お前は出会い系で美人局とババアに引っかかって地獄に落ちろ」と応戦した。
私のことじゃなかった。
ほっとして気が抜ける。
気分が落ち着いてきた頃には授業が終わり、教室中の人間が動き出す。
「ちょっとマイ! のんびりしてないで次、体育だよ。着替え間に合わなくなる」
友達の今日子だ。
意志の強さがあらわれた大きな瞳でこちらを見てくる。
お嬢様育ちの品の良い外見をしているしスカートも周りと同じように短いけれど、彼氏ができたこともなければ女友達もいない。
媚びたりせず気が強い――を通り越してワガママに近いか――が原因だろうな。
そんな今日子と私は孤立してる者同士でくっついた。
他の女子だと浮ついた恋バナに付き合わされたりするんだろうけど、今日子はそんな心配がなくて付き合いやすかった。
そんなわけだから学校で唯一の友達である今日子にまくしたてられながら私たちは教室を出て更衣室へと向かった。
***
はやくトイレに行かないと。
前の休み時間は着替えに手間取ってトイレ行けず、ナプキンを取り替えられないまま体育に直行せざるおえなかった。
二日目で多い日なのに最悪だ。
それでいて体育ではマラソンを走らされた。
十月に入ったけれど昼間は夏が蘇ったかのような暑さだった。
いくら夏が終わり秋になったとはいえ昼間は暑い。
そんな中グランドを何周もさせられ汗まみれ
。血を吸ったナプキンにさらに汗がくわわりナプキンがたぷたぷな気がしてヤバイ。
体育の片付けがまだ残っていたけど今日子にそれを言ったら代わってくれて一人先に校内に戻った。
一階の職員室や来賓用の部屋があるフロアの廊下を早足で歩く。
女子トイレが目前と言う時に、
「伊藤さん?」
声を掛けられた。
しかも男の声。
ビクッとした。
なんでこのタイミング? って怒りもわいたし私を名指しって。
怖っ。
恐る恐る振り返ると、同じクラスの三崎君だった。




