第2話 自分が生きているのが申し訳なくなるんだ
焼きたてのウインナーにフォークを突き刺すとプツッと張り裂けるとともに汁が溢れた。
朝食でウインナーが出てくる時いつも母さんは俺に一本多くくれる。
ほとんど会話の無い親子だけれど、こういう所で俺は大事にされているなって安心できたんだ。
洗い物を終えた母さんが寝間着姿でマグカップ片手に現れた。
テーブルにつくと市販のロールパンを袋から一つ取り出し、ついでに『あんたは?』と手振りで聞いてきたので「大丈夫」と答えた。
互いにまだ覚醒しきれていない頭のままのろのろと朝食を食べ、ぼーっとテレビを見ていた。母さんの職場も俺の高校も家の近くだから急ぐ必要がない。
俺が最後のウインナーを口に放り込んだ時、母さんのスマホが鳴った。
着信らしくずっと鳴り続けている。
相手を確認した母さんの表情があからさまに歪む。
それから俺を見てきて『またあの人から電話きた』と視線で訴えてきた。
俺はウインナーの咀嚼を止め、頷いた。
大変だねって同調するように。
母さんは自分を鼓舞するかのような大きなため息を吐き出してから、通話に出た。
「はいもしもし――――ご無沙汰してます」
声をワントーン上げ、電話の向こうにヘコヘコする。向こうの家に年始の挨拶をしに行っていた頃の母さんに戻ってしまったようだった。
電話の相手は祖母だ。
父さんの母親のほう。
この人はパワフルというか、我が強い。
どうやら父さんの育った家庭というのは祖母と伯母が強く、父さんと祖父は2人のいいなりだったらしい。
祖父はいいなりを通り越して置物みたいな人だと思った。
父さんは祖父のようないいなりではなく、二人のご機嫌取りに長けた気配り上手のいいなりだった。
俺はスクランブルエッグをフォークで掬うのに手間取ってるフリをしながら通話に聞き耳を立てていた。
それからしばらくして通話が終わった母さんの第一声は、
「あーあ。この人と喋っていると、あの人の口が上手くなった理由がわかる気がする」
たった数分でぐったりとしてしまった母さんは、体力を吸い取られた分回復しようと愚痴をはじめる。
「本当面倒くさい家。結婚しなければよかった。誰か止めてくれればよかったのに…………。あ、そう言えば高校の時に――――。もっと本気で止めてくれればよかったのよ。あの子も口だけだわ」
はぁとまた大きなため息をつくと母さんは「コーヒー持ってくるけど、いる? そう」と台所に行った。
コーヒーと共に戻ってきた母さんは焦っているような不安そうな顔つきに変わっていて、俺にいきなり質問してきた。
「ねえ、私あの人に似てる?」
「全然」
俺は即答した。
この質問は即答でなければいけない。
母さんがとても気にしているから。
「そうよね。そんなはずないわよね。あれにどうやったら似るっていうのよ。本当あいつ適当なことばかり言うんだから」
「うん」
これは定期的にくる質問だった。
父さんの別れ際の言葉をいまだ母さんは気にしている。
俺もその場に居たから一緒に聞いてるし、覚えている。
『頭がとろい大人しい女だと思ったら母親と姉貴とたいして変わらないじゃないか。騙された』
『騙されたのはこっちのセリフよ!』
食後のコーヒーで一服している母さんが、
「母親を嫌っている癖に母親に息子の養育費を払ってもらうなんて、やっぱりあの人はおかしい」
「うん。…………そうだね」
祖母は定期的に『養育費を振り込んだのだから感謝なさい』電話をわざわざかけてくる。
母さんはこれに疲弊している。
こういうのをずっとそばで見続けていた。
俺が生きるためには母さんにこれほど重荷を負わせ煩わせなきゃいけないのかと思うと自分が生きているのが申し訳なくなるんだ。
***
俺は頬杖をつき、無心でシャーペンをカチカチ押し続けていた。
シャー芯が抜け落ちないギリギリまで出しては仕舞い、またギリギリまで出しては仕舞いを繰り返していた。
授業はせず文化祭に向けての話し合いが行われていた。
担任は他の先生に呼ばれてどっかに行ってしまい帰ってこない。
それでみんな気が緩み、自分の席を離れて友達の所に行く奴もいれば、ゲームしてる奴もいる。
で、俺はシャーペンカチカチ。
そんな無法状態の教室でも三割の奴らは、教壇に立たされたままの不憫な文化祭実行委員に同情してかアイディア出しに協力していた。
「お化け屋敷って何飾ればいいわけ?」
「カボチャじゃね」
「いやそれハロウィンだろ」
「カボチャもお化けの一種じゃないの?」
「あー、言われてみれば。ジャックオーランタンだっけ」
「文化の違いだね」
「ならグローバルお化け屋敷でいいじゃん」
「なにそれ」
「ヴィランズと落ち武者が戦うの」
クラスメイトがきゃははと笑い合ってるだけで話が全然進まず、見かねた委員長が、
「とりあえず各々ネットで検索して。怖そうなやつ片っ端から案出してくれ」
それにたいし「はーい」と従う奴もいれば「自分でやりゃいいじゃん」と文句言う奴もいた。
「案を出せつっても、どーせ陽キャ様がやりたい物を作らされるだけだろ俺ら陰キャはよ」
「そうそう。大人しく指示待ちしてるのがいいって。無駄な労力になるだけし。真剣に考えたぶん惨めになるだけだ」
「アンタ達のそういう卑屈な思想どうにかなんないの? そろそろ厨二病から脱却しなってぇ」
「これは厨二病じゃない。世の理だ。これだから陽キャは自分たちが優遇されていることに気づ――――」
「我がクラスの陽キャ様は文化祭などどうでもいいのだよ。ほら見て御覧、痴情のもつれ! ファイティン!」
「は?」
「え、なに?」
「どういうこと?」
お調子者が指さした方をみんなで見る。
「ちょっ、痛っ。なにすんの!? 触らないで! 離して!!」
女子二人が取っ組み合いのケンカをしていた。
陸上部でショートヘアの水田が、その場から離れようとしている韓国アイドルかぶれの愛川のヘソまである長い髪の毛を引っ掴み、逃がすもんかと鬼の形相だった。
周囲はその2人に息をのんでいた。誰も止めに入らない。
「痛ぁい、やめてよぉ。そんなんだから捨てられたんじゃなぁい? 水田さんがしつこくて困ってるって言ってたよぉ未央君。こういう所なんじゃないですかぁ? 」
愛川は髪の毛ををぐしゃぐしゃにされながらも内心勝ち誇ってるようだった。
さらに油を注がれた水田は、
「なんだよそれ!? 変なこと言うなし! 絶対そんなはずないから。私、昨日未央に相談さーれーまーしーたー。断ってるのに愛川が何度も何度も言い寄ってきて不快だって。でも無下にすると何されるかわかんないから我慢してるって。未央は優しいからはっきり断れないんだよ! 愛川こそそれに早く気づいたほうがいい」
「いやいやいや架空のストーリー作るのやめてくれますぅ? 未央君はね、水田さんとはもう別れたいって言ってたのー。でもしつこくしがみついてくるってー。私と付き合いたいけどもう少し待ってって言われたの。だから私が未央君のかわりにはっきり言ってあげるね。お前もう未央君に近づくな。てかもういい加減髪の毛離してくれない? このエクステいくらすると思ってんの? 筋肉メスゴリラには価値わかんないもんねぇ。あーあ、つけたばっかなのに。その爪に土詰まった汚い手で触らないでくれますぅ?」
「………………………………クソが」
愛川の言葉に精神をえぐられたのか、水田のたかが外れた。
水田は相手の髪を『掴む』のを止め、運動部の馬鹿力を生かし、愛川の長い髪を引き千切っていく。
「いったあああああああああああ!!」
俺は抜け落ちる髪の毛に目を奪われていた。




