第19話 君も強烈な怒りがどこかにあるんじゃないかな
部屋の空気がやわらかくなった気がする。
これなら聞けるかな。
「さっきのあれ、詳しく聞いても平気? ケンカとかトラブル?」
ひとしきり笑い終わったカルマ君は手で涙を拭きながら、
「いや。髪の毛が欲しかったんだ」と言った。
それと「本体の女はいらない」とも。
急に髪の毛の話が出てきて要領を得なかったけど「そうなんだー」って返事した。
ならば。
「私の髪の毛あげようか? 言ってくれたらあげてたのに。ショートは似合わないからボブよりのびた毛ならいくらでも――――」
カルマ君は眉を寄せて私を苦々しそうに見つめてくる。
私間違ったこと言った?
急に怖くなる。
すると、
「お前まだそういうことしてんの? 同情ごっこ。いいかげんやめろよ、気持ち悪い。自分大事にしろ」
まさかまた言われるとは思わなかった。
しかも自分を大事にしろだなんて。
あれ、でも君も言える立場じゃなくない?
だから言った。
「いや、君も自分大事にしなよ」
ん? なんのことだって顔してるカルマ君に、ああしまった言わなきゃよかったかもと後悔しならがも言ってしまったならば言うか。
「あの……さっき、パンツのなかのものが見えちゃって…………ごめん」
「――――ああ。いいよ別に」
そっけなく言うカルマ君に私はそれとなく聞く。
「自分でやったの? その……SMみたいな?」
「いや、――――――母さんが」
「お母さん? なんで突然お母さんがでてくるの?」
少しの間を置いてからカルマ君は言った。
「母さんにカッターで切られたんだ」
私は聞いたことを後悔した。
一回どころじゃない。
何回も切られたってことだ。
てかどうしてそんな所を切られるの。
お母さんはどうして、なんで。
私は泣き出しそうになるのを必死に堪えた。
「そう、なんだ」
「ああ」
「痛くなかったの?」
「まぁ、痛いけど、捨てられないだけマシっていうか。こんなでも見捨てないでくれて有り難いなって」
なんで感謝してんの。
私のこと気持ち悪いとか自分を大事にしろっていう前に、自分を大事にしなよ。
私は色んな感情や思いがこみ上げてきたけれど「がんばったね」とだけ言った。
するとカルマ君は、そういう言葉をかけれると思っていなかったのが驚いた表情になり、
「がんばった……のか」と呟くと
――――顔を俯き、震えだした。
「がんばったよ。私はそう思う」
「――――そうか」
カルマ君が泣いている気がしたけれど、気づかないようにした。
それに触れたらまた怒られそうだし、泣くのを中断させてしまいそうだから。
全部泣かせてあげるべきだと思った。
しばらく二人黙っていた。
私は暇になり、自分の胸元までのびた髪の毛をいじっていた。
こんなもののために。
「女の髪の毛ってそんなに男からしたらいいもんなの?」
カルマ君は顔を上げながら涙声が残る声で答えてくれた。
「最初はそうだったはず……だけど、だんだん物足りなくなってきて…………。今じゃ髪の毛が欲しいっていうか、奪うって行為の方が大事になってきて――――。だから素直に髪の毛くれても意味がないんだ」
だから私のじゃダメなのか。
「怖いよな――――すまん」
自分が悪いことしてるってわかってて、しかも申し訳なさまで感じてるのにどうしてやめないんだろう。
あ――――でも。
私も一緒か。
人のこと言えないな。
私も彼も、やめたくてもやめられない仲間同士だったのか。
私が否定も肯定もしないでいると、彼は自分自身と会話するように話を続けた。
吐き出したかったのかな。
「なんでだろうな。女に性欲をぶつけるなって教えられて生きてきたのに、それは加害だって言われて育てられたのに――――今じゃ女を殺してる。女を加害しないように気をつけてたはずなのに」
『殺してる』って言葉にひっかかった。魂の殺人ってやつかな。
私は伝えた。
「他人を殺すのがどんなものなのかはわからないけれど――――――自分を殺すのはさ、怒りでもあると、最近は、そう思うようになったんだよね」
カルマ君はその話に興味を持ったのか私をじっと見つめる。
私は見つめ返して続けた。
「いい子でいなきゃいけない子、弱音を吐いちゃだめな人、人に迷惑かけるなって言われてSOSをだすことを封じられてしまった人、そういう人が精一杯の怒りの感情を出したのが自死なのかなって思って。だからね――――――もしかしたら、
君も強烈な怒りがどこかにあるんじゃないかな」
カルマ君は驚いたような顔をした。
ならば私は続けよう。
「その怒りは…………感情をそのままぶつけたら怒られる、見捨てられるんじゃないかって怖くてぶつけることができない相手に対する怒りじゃないのかな」
直接ハッキリ誰とは言わないけれど遠回しに伝えた。
ちゃんと彼にそれが届いたらしく、彼の目には再度涙が溢れだした。
それからカルマ君は両手で顔を覆い、嗚咽をもらした。
私は彼の背中にやさしく触れる。
最初びくってされたけど、背中をゆっくり擦りだすとそのまま受け入れてくれた。
わだかまりが解消できていない怒りって消えてないんだと思う。
自分は平気だ、もう乗り越えたって思ってても、どこかにまだ残ってる。
だって根本原因がなんなのか突き止められていないんだから、わだかまりが解消するはずもなく、怒りを吐き出す方向さえ間違える。
そんなの全然乗り越えられたにはならないよ。
だからいつまでも解消されない怒りに付きまとわれるんじゃないかな。
にわかに廊下がうるさくなる。
客とは思えない物々しい足音の数が廊下を歩き回っている。
「ここです! この部屋!」って大声がした。
それからすぐ私たちのいる部屋の扉が叩かれた。
「出てきてくれるかな? お話聞かせて」って催促される。
カルマ君の背中がぶるぶる震えだしたのがわかる。
ついにお迎えがきてしまった。
覚悟を決めたのかカルマ君はゆっくりと立ち上がる。
心なしか表情が晴れやかに見える。
鼻水を啜りながら言われた。
「俺を止めてくれたのがお前でよかった。有り難う」
「なにしんみりするようなこと言うの。これからやり直せばいいじゃん」
「もう遅いんだ」
「遅くないよ! やり直すのはいつからでもできるんだから」
カルマ君はなにも答えない。
泣きそうな顔で無理に笑顔をつくり、それで返事をしたつもりでいるようだ。
諦めてるの?
「やり直せるって! 私グチ聞いてあげるよ! こういうことあっても縁切ったりしないし――――ああ、私がなにかしてあげれてたら。高校の時ケンカ別れなんてしなければ。私が、私が高校の時に気づいてあげれてたら!」
気づいたら私も泣き出していた。
私は弟のSOSを見落としたようにカルマ君のことも気づけていなかったんだ。
私は本当なにも見えてないクソバカだ。
カルマ君は私の泣き面に呆れたのか少し笑ってる。
「本心では引いてんだろうけど――――それでも否定しないで俺の話を聞いてくれてありがとな。誰にも言ったことないんだ。こんな話、誰も聞きたくないだろ」
「聞く! 聞く聞く! 私いくらでも聞くから! だから――――」
カルマ君は弱々しく頭を振る。
「もう遅い。でも最後にお前に会えてよかった。あとそれと――――マジでお前もう変な奴を構うのやめろよな。自分の人生歩め。それじゃ」
カルマ君は、警察官が待つドアを開けに行った。
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九月、豊島区のホテルで二十代の女性に暴行を加えたとして逮捕された伊藤カルマ容疑者(二十二)が、自宅に五人の女性の遺体を遺棄したとして三十日再逮捕されました。他にも余罪があるとみて捜査を続けています。




