第18話 成長なんかしてないよ。それどころか――――あの頃よりも劣化した気がする
「カルマ君、久しぶり」
自分の名前を呼ばれて怯んだのか、女の子への力が緩んだ。
女の子は髪の毛が解放されると転がるように勢いよく走り出し、逃げ去って行った。
私とカルマ君の二人だけになった。
高校ぶりの彼はとてもオシャレになっていた。
どちらかというと陰キャよりの暗い影があった彼が、ウエーブがかったパーマの髪型でしっかりワックスで整えていた。
バーの店員とか夜道で声をかけてくるスカウトとかやってそうな見るからに陽キャって感じの人にクラスチェンジしてた。
もみ合いになったせいか、カルマ君が唯一身に纏ってるパンツがずり落ちてチンコが丸見えになっていた。
一瞬視界に入っちゃって、あ、いけないって視線を逸らそうと思ったものの、気になるものが目について視線をそらせなかった。
カルマ君のチンコには無数の切り傷があった。
それはリスカ跡みたいに白くて真っ直ぐな線のような傷で、十個どころじゃなかった。
自分でやったのかな。
いつの間にか逃げるって選択肢は消えていた。
もちろん恐怖はまだ全然あるし、危険だ逃げろって本能が叫んでて頭がクラクラする。
でもね。
やっぱり私は――――あの目に惹かれてしまうんだ。
私はできるだけ明るい声をつくって愛想良く手まで振った。
「久しぶりじゃーん。 あ、私のこと覚えてる? 私、稲森だよ?」
あなたを怖がってません警戒してませんって伝わるように。
一瞬でも怖がる表情をみせたらすぐ殺られるんじゃないかと思ったから。
ぴりぴりした空気は消えてくれない。
カルマ君は押し黙ったままだ。
私のこと警戒してるのか様子を覗うような視線を送ってくる。
そんな彼に私は指をさし、
「とりあえず、パンツはいたら?」
え? って顔をしてカルマ君は自分のイチモツが丸見えなのにやっと気づいたようで、ずり落ちたパンツをひっぱりあげた。
それから、もうやってらんないって感じで自分の部屋に戻っていった。
私は廊下にひとり取り残される。
このフロアには他に客が入ってないのか野次馬も今のところ来ない。
私はどうしたらいいのかわからずそのままでいた。
帰るべきなのかな。
そらそうだよね。
ケンカ別れした同級生にこんな場所でこんな醜態をさらしたわけで、会いたくないよね。
でもこれからカルマ君はどうなるんだろう。
無事ではすまないと思う。
女の子が通報して警察に逮捕されることになるのかな。
あ――――。
そのことに先手を打って部屋の中で自死してるんじゃ――。
それはいけない!
私は彼の部屋のドアノブを無我夢中で握った。
なにをやってるんだ私は。
巻き込まれたらタダじゃすまない。
私もさっきの女の子みたいにされたりして……。
最悪殺されるかもしれない。
逃げるなら今しかないんだよね。
こんなこと普通の人はしないんだよ。
自分とは関係ないのだから。
自分が無事ならいいんだ。
普通の人はそういうものなんだ。
でも、やっぱり、私は――――。
部屋に足を踏み入れた。
床には女の子の髪の毛が散乱していた。
私はそれを避けながら歩く。
部屋はもみくちゃだった。
散乱した洋服にカバン、美容院で髪を切るとき首に巻くケープや、プロが使うハサミや髪留めも散らばってる。
そういえばカルマ君の進路知らないな。
美容師にでもなったのかな。
カルマ君はベッドサイドに腰掛けていた。
なにをするでもなくただ宙を見ていた。
枯れ木みたいだった。
私に気づいてチラッと見てきたけれど、また虚に戻ってしまった。
表情はまさに無で、私のこともどうでもよさそうだった。
拒否されてないのならば、いいよね。
私もベッドに座った。カルマ君の隣に。
ドキドキした。
恋愛のドキドキなんかじゃなくて、ライオンの檻に入れられたドキドキだ。
視線をどうしようか迷い床を見つめると、結束バンドにトンカチが落ちていた。
後悔した。
視線を上に戻すと鏡越しにカルマ君と目が合った。
やっぱり彼の目は、がらんどうだ。
私は話しかける。
「彼女に別れを切り出された感じ?」
鏡越しの彼の真っ黒な目は、私が話しかけたことにより自我が戻ってきたようで意識が現れた。
え、なに?って顔してるから、私はまた「彼女?」って聞くと、
「ああ、さっきの――――そんなんじゃない。初めて会った。マッチングアプリで」
「へー、そういうのするんだ意外」
カルマ君は「まぁ」と返事をすると会話を変えたいのか、
「お前の連れは? 彼氏か」
「私を置いてどっかに消えちゃった。彼氏とは名ばかりでセフレ状態になっちゃてるけどね……なはは」
お互い実生活やれやれだねって感じでほんの少しは打ち解けられた気がする。
私は普通の会話っぽく聞く。
「今、美容師さんやってるの?」
「まぁ。――――今月でクビになったけど」
「どこも不景気ですもんね」
「客が警察にチクったから」
「へー」
そっちか……。
なにしたのかはさすがに聞けなかった。
会わない間にワイルドになられたようで。
隠さず話してくれるのは自暴自棄になってるせいか。
もうどうでもいいや、みたいな。
カルマ君が気を許してくれたのか喋りだした。
「昔のお前ってもっとハツラツとしてたっていうか」
「老けたって言いたいワケ? ひどっ」
「そうじゃなくて、大人に成長したっていうか――」
なんて言えばいいんだろう、いい言葉が思いつかないって顔してるカルマ君に私は言った。
「成長なんかしてないよ。それどころか――――あの頃よりも劣化した気がする」
そういった私に少し驚いたようで、鏡越しのカルマ君の目が見開いていた。
そして直接、生身の私のほうを向き「――――俺も」と呟いた。
真面目な空気が漂っちゃって私は気恥ずかしくなり、
「仲間じゃーん」と空元気な声をあげた。
それにつられたカルマ君は吹き出した。
お腹を抱え、笑う口元を覆って笑いをこらえようとしてるカルマ君は
――――泣いてるようにも見えた。




