第15話 「私の――――に似てるんだよね」
「なんかね――――私やっとわかったんだよね。君が誰に似てるのか」
稲森はあらたまった感じで俺を見る。なんだよ、告白みたいな真剣な顔しやがって。
「私の弟に似てるんだよね」
「弟いるんだ? お前に似てよく喋りそうだな」
「なにそれ。私お喋りな人だと思われんの?」
「じゃないのか」
俺はクスリと笑った。
「むむむっ。だけど、たしかに弟も小学校の頃はアホなことしてヤンチャしてたっけな。中学入ってから一気に暗くなっちゃったけど…………」
稲森の表情にかげりがでる。
掘り下げるのをためらったが、俺のこと信用してくれてるから話してくれたんだと解釈して触れることにした。
「――――いじめ?」
「いじめ……なのかな。どういう理由だったのか教えてくれる前に――――いっちゃってさ」
「行った?」
「逝った」
なにも言えなくなった。
さすがにこれは気軽に触れてはいけないし言葉をえらばないといけないと思ったから、そこからは稲森の話をただ聞くのに徹した。
「弟の机や鞄も調べたんだけどいじめられてるような形跡は見当たらなくて証拠はないんだけど。ママとパパもいじめじゃないかって疑って、学校にかけあって調べてもらったんだけどね。やっぱりわからなくて。長年同じ家で一緒に暮らしてるのに、わからないものだね。
その頃、あんま会話とかしてないから当然かもだけど、私は思春期なのかなって思ってた。
だけどある時ね、私がお風呂からあがったら弟がちょうどキッチンに飲み物取りに来てて、 そこで言われたんだ。
『姉ちゃんはいいよな。期待されなくて』って。
ああ、えっと、うんと――。
たしかにママとパパは私が中学入ってから勉強できないのがわかると弟にばっか期待するようになったんだよ。そりゃあさ、教育費って高いんだから出来るほうに費やしてそっちを伸ばすほうが得策じゃん? 私バカだからお金かけられても効果発揮するかもわかんないし――。
私はさ、逆に期待されてる弟が羨ましかったから――――まさかそんなふうに言われるなんて思ってもみなくて――――そう言われた一週間後に、旅立っちゃったんだよね」
「………………」
俺は稲森から視線を離さず話を聞き続けた。
「弟との最後の会話ってそれだったからさ、何度も思い返すの。
それでね、あれってもしかしてSOSだったのかなって。私は期待されたことないからわかんないけど、期待されるってしんどいことなのかもって。私があの時なにかしてあげられてたら結果はかわってたんじゃないかって。その考えに行きつくと…………なんだか私が弟を見殺しにしてしまったような気持ちになってきちゃってね。それで……その、えっと――」
「もういいよ。無理すんな」
「うん、ありがとう。…………でも言うべきかな」
「うん?」
「君の目が、まさに最後に見たSOSを出してる弟とそっくりで――」
稲森は目にたまってる涙がこぼれないように上を向きながら言う。
「君を見かけるたびに助けたほうがいいんじゃないか、声をかけたほうがいいんじゃないかって。そうしないと弟の時と同じように見殺しになっちゃわないかなって――」
その瞬間、俺の背中に悪寒が這い上がってきた。
稲森はブレザーのポケットからティッシュを取り出し鼻をかんで気持ちを落ち着けてる。
なんだこの違和感は。
決めつけるのはまだ早い。
確かめよう。
この苛立ちの種を摘み取りたい。
俺は稲森の感情に合わせて静かに質問した。
「だから俺に声をかけてきたのか? 雪合戦は――――わざと?」
「あ、あれは本当に偶然だよ! でも心のどっかでチャンスが来たラッキーとは思ったけどね」
「何度も話しかけてくるようになったのは――――」
「私ね、人の相談にのるの結構得意で。彼氏ゼロのくせに恋愛相談うけまくりなんだから。それで君が相談しやすい土壌作りができたらなって」
ああ完全に怒りが芽吹いてしまった。
絶対にお前になんか相談しないし、お前なんかじゃ解決できるわけない。
稲森は涙を流してスッキリしたのか、あどけない表情をみせて言う。
「だからなにか悩んでるならいつでも相談のるから。私いつでも聞くよ。もちろん三年になってクラスかわっても――――」
俺はもう我慢ならなくなって感情をぶちまけた。
「お前、俺のこと同情してたの?」
「え……?」
「かわいそうな奴扱いされてたってことか。同情って対等じゃないよな。お前は俺のこと見下してんだ。そうやって優位にたって楽しんでたんだな」
「待って待ってそんなんじゃ――」
もう止まらない。
「見捨てた弟のかわりの罪滅ばしに俺利用されてたってわけね」
わざと嫌みな言い方をしてやった。
効果抜群で、ヘラヘラしてた稲森の顔が引きつった。
それから俺に言い訳をかましてくる。
「そんなことしてないよ!」
「なら無自覚ってことだ。余計タチ悪いな」
稲森は眉をゆがめ、また泣き出しそうな顔になる。
「ご、ごめんね! 私謝るから! 私バカだからやり方が間違ってたのかも。本当にごめん。だけど傷つける気は一切なかったの! これは本当だよ! 本当に本当! あ、ちょっと待って、話聞いて!」
「もう俺に話しかけるな!」
俺は稲森を怒鳴りつけると、席を立った。
背後から稲森の謝罪の言葉が聞こえるが、次第にカラオケの歌声でかき消されていく。
俺は部屋に自分の荷物を取りに戻り、そのまま家に帰ることにした。
稲森はしつこく俺の後を追いかけてきたが、それはカラオケ店の入口までで、あとはついてこなかった。
帰り道、今まで一人浮かれてた自分が惨めで怒りが何度もぶりかえす。
母さんは正しかった。
母さんの言っていたとおり、俺は性欲に頭がやられてたんだとハッキリわかった。
お互いのことよく知らないのに好きになるなんておかしいんだ。
学校は今日で終わりで明日から稲森の顔を見ずにすんでよかった。
***
春休みが終わり高三になった。
あいつとはクラスかわってせいせいした。
その後、稲森とは一切口を利いていない。
向こうから何度も話しかけてきたが完全に無視してやった。
すると根負けしたのかもう近づいてこなくなった。
今日、進路志望の紙が配られた。
勉強する気も起きなければ、就職する気もなかった俺は『第一志望 美容専門学校』と書いて提出した。
母さんには、この異常な欲望を克服するために大量の髪の毛に触れ、見飽きる修行をしたいんだと言いくるめるつもりだ。
彼らの結末は次の【理解ある稲森ちゃん】にて迎えます。




