第14話 「稲森は、したことあるのか?」
稲森が俺を見つけ声をかけてきた。
「おっ、サボタージュしてえんねぇ」
「お、おう……」
「私もサボタージュしに来たんだ-。なに飲も」
稲森はドリンクバーでオレンジジュースを入れると俺の所まで来きて、ポスッと俺の隣に座った。
ストローをくわえた稲森のごくごくごくと流し込んでる音が間近で聞こえる。
俺はなにも喋らずただその音を聞いていた。
一気に半分まで飲んだ稲森がストローをから口をはなすと、
「部屋戻んないの?」
「まだしばらくは。そっちは?」
「当分戻りたくないな。音痴に歌わせまくって盛り上げ役に使うんだよ奴らは。酷いもんだ全く」と口を膨らませた。
「そうか」
よかった。
まだ一緒にいられる。
稲森がまたストローをくわえ飲み出した。
二人無言で佇んでいた。
沈黙がつづいたが悪い空気じゃなかった。
突然稲森が「あっ」と声を出した。
なんだ? と俺が稲森を見ると「あ、いや、えっと」まで言うと声を小さくしてから「キスした」と言った。
「は?」
キス? と混乱してると「ほら、あそこの二人」とこれまた小声で話す。
廊下で絡み合ってたカップルの事だった。
それより俺は稲森が小声で俺にだけ聞こえるように囁いてきたことのほうが驚きだった。
耳がそばだち震えた。
あの発情期カップルがあんなに顔を近づけて喋ってるのはこういうことかと納得してしまった。
俺が心落ちつかずにいることに気づいてない稲森は、
「突然するんだもん、ビックリしちゃった」ふふっと小さく笑った。
俺は自然に稲森に声をかけていた。
「クラスでこんなにカップルがいたなんて知らなかった」
「そりゃまぁ青春真っ盛りの時期ですからね。カルマ君はそういうの興味ないと思ってたけど」
「興味なかったな」
「うん? なら――――今は?」
「一応は……まあ。お前の言う青春真っ盛りな時期だから」
そう言ってて恥ずかしくなってきた俺ははぐらかすように稲森に質問をふった。
「お前はどうなんだ?」
「私? そうだね。いい人いたら付き合うんじゃないのかなー」
それが聞けて嬉しくなった。
そうだ、聞こう。
聞くなら今しか無い。
このタイミングなら――――。
俺は気持ち悪くならないように軽い感じを装って聞いた。
「稲森は、したことあるのか?」
「ふぇ? キス?」
「――――あ、ああ」
「あるよ」
「え?」
心臓が握りつぶされるかと思った。
稲森は自分の言ったことに焦りだし、
「あ、あんな本気のキスじゃないよ! 友達とプリクラ撮る時にノリでチュて。ちゃらんぽらんに見えるかもだけど、こう見えて私は固いのでね。誰彼構わずしないのだよ」
稲森はあたふたした熱を冷ますためオレンジジュースを飲みだした。
キスはOKなんだ。
あともう一声。
俺は確証を得たかった。
こんな会話ができるタイミングはもう二度とこないかもしれない。
それにクラス替えで三年はバラバラになるかもだし。
そうだあとでLINEも聞こう。
まずは――。
「だったらさ――」俺は口を開く。
ストローをくわえたまま『ん?』って顔して稲森は俺の次の言葉を待っている。
俺は言う。
言葉を吐き出すのに苦労した。
「キスしていい奴と――したくない奴の違いって、なんだ?」
言い終わってから、なんかキモいこと言ってないか俺? と後悔がはじまった。
ああ言わなきゃよかった。
さすがにこれはキモい。キモすぎるだろ。
死にたい。
「なにその小学生みたいな質問ウケる」
くくくと稲森は笑い出す。
え――引かれてはいない?
様子を覗うように稲森のリアクションを見つめる。
稲森は笑いすぎて出た鼻水をすすり、
「真面目に答えると、そだなぁ、めちゃくちゃ好きで絶対安心できる人かな」
「へー」と相づちを打つと、
「君はどうなのよ? 人にばっか聞いてさ」
逆に俺が聞かれるとは思ってなかった……。
「俺は――――わかんないな」
稲森はわざとらしく眉をよせ「彼女できたことなさそうだもんね」と含み笑いでバカにしてくる。
「悪いかよ。お前も彼氏ゼロなんだろ」
「当たり前です。生まれてまだ十六年しか経ってないんだよ。ほぼ生まれたてだよ」
「なんだそれ」
目が合い、二人笑いあった。
なんて楽しいんだろう。
ずっとこうしてたい。
それに、これって俺が求めていた答えをもらえたってことでもあるよな。
稲森にとっての『好きで安全な奴』になればいいんだろ。
今楽しそうに話してるし警戒されてるわけじゃない。
――――嫌われてるなんてことは絶対にないはずだ。
あとこいつは俺にしょっちゅう笑顔を向けてくるし。
やった。
これで俺は罪悪感から解放される!
笑いとともに涙まで出てきた。
そうだLINEを聞いておかないとな。
自分のスマホどこやったっけ、とブレザーのポケットを探ってる時だった。
笑いすぎて息も絶え絶えの稲森がやっと呼吸を落ち着け、また喋りだしたんだ。
「君も笑えるんだね。なんか安心した」
「なんだよそれ」
「なんかね――――私やっとわかったんだよね。君が誰に似てるのか」
稲森はあらたまった感じで俺を見る。
なんだよ、告白みたいな真剣な顔しやがって。
「私の――――に似てるんだよね」




