第12話 最近冷たくない? 私なんかした?
『卒業生を送る会』はそつなく終わった。
今は実行委員だけが放課後残り、体育館の後片付けをしている。
体育館を使う運動部は昨日今日と休みだから急かされることなく皆ダラダラ作業していた。
背後でパイプ椅子を片付ける音を聞きながら、俺は壁に貼られた花紙をひっぺがしてはゴミ袋に入れていった。
あれから稲森とどう接すればいいのかわからず曖昧な態度を取っていた。
相手のことよく知らないのに好きになるのは性欲でいけないことならば、稲森のことよく知ればいいんじゃないか?
そんな考えも頭に浮かんだが、母さんにああ説き伏されると稲森との関係そのものが邪悪なものに思えてくるようになった。
そんなだから、ここ三週間稲森に声をかけられても「急いでる」「今はちょっと」とそっけなく対応し、会話をしたとしても「ああそうだな」と極力話題を広げず立ち去るようにしていた。
最悪な態度だろう。
そんなことせずとも友人として話せばいいのに、それができなかった。
俺のコミュニケーションは随時母さんに見張られている感覚があって、稲森と会話や接触を持とうものなら『これは性欲だ! 加害だ!』と無意識がささやく。
俺はその感覚に従い、稲森を避け続けた。
どのみちあと二週間逃げ切れば春休みだし、四月にはクラス替えだ。
あともう少しで全部終わるだろう。
桜を模したピンク色の花紙をむしると、だしぬけに声がした。
「痛いよ痛ーい。私の花びら千切らないでって桜が泣いてるよ」
「え?」
突然のことに戸惑った俺は素直に声がしたほうを探し見た。
――――俺の足元で稲森が体育座りしていた。
「うわああぁっ!」
俺は飛び跳ねて瞬時に稲森から距離をとる。
心臓が縮むかと思った。
むっとした表情になった稲森が、
「なんですかそのリアクションは。稲森はオバケではありませんよ」
「なんでここにいんだよ! お前実行委員じゃないんだから帰れよ」
「言われなくても帰りますよーだ。この午後のティータイムが終わったらね」
稲森はおもむろに鞄から紙パックのミルクティを取り出すと、ストローを突き刺した。
「そうですか……」
ちゅるちゅる飲み始める稲森をよそ目に、俺は作業に没頭するようつとめた。
体を動かして忙しくしていれば話をせずにすむだろうと思ったから。
なぜここに稲森が来る。
偶然では……ないよな。
俺が逃げられないこのタイミングを狙ってきたとか?
そこまでされるほどの仲ではないぞ。
俺は壁に取り残されたセロテープを爪ではがし、指でこねて固まりにしてからゴミ袋に捨てた。
視界の端で稲森がこちらをジロジロと見つめているのがわかる。
しびれをきらした稲森が、
「あのー? 稲森さんのこと見えてますぅ? シカトですかぁ?」
「………………話してたら俺がサボってると思われる」
「サボりねぇ。怒られるとしたらあっちだと思うよ。完全にサボってるから」
なに?
俺は稲森が示すほうを見た。
俺の反対側から装飾を外してるはずの女子が友人と立ち話をしていた。
仕事してます感を出すためか紙花を手に握ってはいるが、握りすぎてしなしなになっている。
さっさとそれ捨てろよ。
俺は一人で二十メートルは進めているのにあいつ五メートルも進んでねーじゃん。
呆れてため息がでた。
にわかに足元から稲森の声が聞こえ、
「それにうちらはサボりには見えないよ。だってね、ほら、私がこのゴミ袋の横にいることで君が壁の花をもぎ取ったやつを受け取る係に見えるでしょ? お手伝いしてますって空気がぷんぷんしてる。だから大丈夫」
全然大丈夫じゃないんだよ
――――俺が。
俺はなにも返事せず手を動かしつづけた。
今すぐ帰って欲しい。
もう俺をかき乱さないで欲しいと願いつつ、どう相手をすればいいかわからないからって無愛想にしてしまう申し訳なさもあり、それから
――――こんな態度とっても未だ絡みに来てくれて嬉しいと思ってしまった。
「最近冷たくない? 私なんかした?」
ああ、やっぱり俺の態度に気づいてたんだ。
そりゃそうだよな。
コミュニケーション下手なせいであからさまだし。
だからこそその質問の答えを持ってるはずもなく「いや別に……」としらを切ろうとするが、
「いや絶対そうだって!」と文句を言い出す稲森。
「そんなことないって!」と俺も抗う。
稲森はぎゅっと膝を抱え、自分を守るように座り直してから、
「はっきり言ってくれて平気だから。ウザいから声かけるなってことなら声かけるの止めるし。なにか私が不愉快なことしたなら謝るよ」
『声かけるの止める』と言われた瞬間、心臓をぎゅって掴まれたように悲しくなって「全然そんなんじゃねえから」と強く言い返してしまった。
稲森はじゅるるるるるーとストローの音を立てて抗議してくる。
少し間をおいてから、
「冷たい態度されるとさ、私悪いことしたのかな? とか余計気になって近づいちゃうじゃん。でもそれが逆に不快にさせてるのかな、とか――――」
「まじで……そういうわけじゃないんだ……」
『じゃあなに?』と稲森は沈黙で訴えてくる。
しっくりくる理由が欲しいらしい。
この空気に耐えれなくなった俺は答えなきゃと思うも、母さんと俺のやりとりを教えるわけにいかないし
――――その場で思いついた適当な答えを口にする。
「…………俺と絡んでもつまんないだけだし。お前はもっと陽キャと一緒にいたほうが――」
稲森は『は?』って顔して、
「そういうのは私が決めることじゃん! 君がイヤなら近づくのやめるけどさ。そうじゃないなら勝手に私の気持ち決めないでくれるかな?」
叱られた。
それもそうだよな。
納得した俺は、
「……はい」
「いいお返事だ」とかっこつける稲森。
「なんだそれ」
稲森はふふふと笑う。
俺もつられて小さく笑った。
そのあとはお互い気が済んで静かになり、俺は花紙むしりを続行した。
しばらくして稲森がぽつりと言った。
今思いついた気まぐれみたいな感じで。
「下の名前で呼んでもいーい?」
「え――」
混乱して俺は反射的に稲森の顔を見た。
稲森はストローをくわえたまま俺を見上げている。
見つめ合う。
瞬きさえ鮮明だ。
ストローで口が塞がってるせいか稲森の小鼻が呼吸のたび小さく膨らむ。
お互い目が離せないままだった。
俺が返事をしないせいか、稲森は返事を催促するように、じゅるるーと音を立てる。
俺はキョドらないよう気をつけながら、
「か、構わないけど」
「じゃ、カルマ君ね」
「俺の下の名前知ってんのか」
「ぐふふ。私のことも下の名前で呼んで良いよ? あ、私の下の名前知ってる?」
「……知らない」
「もう! 一年間一緒なのにひっどいなーもう」
稲森はぷりぷりしてて、俺はそれが面白くて笑った。
知らないってのは嘘だ。
本当は知ってるし、漢字も間違えずに書ける自信がある。
稲森は紙パックを飲み干したのかカラカラと底がつきた音を鳴らし終わると「よっこいジョセフィーヌ」と言って立ち上がった。そして、
「ではティータイムも終わったことですし、稲森は退散したします。シュポンっ」
「……………あっ………………ゃ…………」
俺はさよならの挨拶にまぎれて稲森の下の名前で呼ぼうとした。
でもこういう時にかぎって喉が詰まって声がでなければ勇気もでなくて、ただ立ち去る稲森の背中を黙って見送ることしかできなかった。
どうして稲森は俺に近づいてくるんだろう。
こうであって欲しいと願望があふれる。
稲森は――――俺のことが好きなんだろうか?




