第10話 俺は一生セックスできないのか?
母さんは俺の勉強机の引き出しをすべて取り外すと頭ごと机に突っ込み、何か隠してないかと懐中電灯を照らしすみずみまでチェックしている。
俺は端っこに佇んでそれを見守っていた。
母さんのチェックは俺がやらかしたことで今まで以上に厳しくなった。
大掃除かよってぐらい大がかりに俺の部屋のものを一度全部出し、刑事ドラマに出てくる鑑識のごとく慎重に時間をかけて調べていく。俺と母さん以外の髪の毛が一本でも出てこないかを。
これを週一の頻度でやっている。
最初の頃、俺が物を取り出すのを手伝おうとしたら「触らないで!」とキレられた。
証拠隠滅しようと疑われたんだと思う。
その時の母さんの目は、離婚間際に父さんに向けていた目と同じで、とても怖かった。このままだと見捨てられるって。
親子二人きりだ。
これ以上刺激したり負担になるようなこと、母さんが気に入らないことをしてはならない。
それから俺は迷惑にならないようマネキンになることに徹した。
父方の祖父が置物みたいだったけど、こんな気持ちだったんだろうか。
だからといって衝動が消えてくれるわけじゃない。
隠す場所が無くなり途方にくれ、一時は学校のロッカーにでも隠すかと考えたほどだった。
俺ってどうしようもないなってほとほと自分に呆れた。
止めたほうがいいのはわかってる。
母さんにこれ以上嫌われたくないって本気で思ってる。
なのに衝動は消えてくれない
――――――はずだった。
稲森の出現だ。
前と比べて髪の毛への執着がゆるくなった。
いいなと思っても実行に移すまでにはいかずにすんでいる。
憑きものがとれたみたいにスパッと切れたのとは違う。
執着が完全に消えてくれたわけではない。
なんて表現すればいいか――――
そうだな、バラエティ番組で小さな部屋に押し込まれ、そこで風船が膨らまされていく。
どんどんデカくなっていき最後にはその風船で身動きがとれなくなる。
そのデカくはち切れそうな風船が髪の毛への執着で、もう俺一人じゃどうにもならなくなっていた。
その風船が今じゃお祭りで売ってるヨーヨーってぐらいちっぽけになった。
そんな感覚だった。
そのかわり、今度は稲森で身動きがとれなくなっていた。
ああ。
まただ、口元が緩む。
母さんにバレないように咳払いをし、鼻をこするふりをして口元を隠した。
母さんが「なに、どうしたの」と怪訝な顔をしてきたが「あー……花粉症かも」「あっそ」でやりすごした。
「もういいわ」
気が済んだのか呆れたのか母さんはそう言って部屋を出て行く。
突き放すような言い方が気になったけれど、やっと一人きりになれたという安堵のほうが強かった。
俺は散らかった部屋はそのままにベッドに寝転ぶ。
強ばった体から緊張感が抜けていく。
しばらくぼーっとしていると空っぽの頭の隙間にまたすべりこんでくる。
向こうが気まぐれで俺に近づいてきただけなのに、なんで俺があいつを意識してるんだ。
あいつは俺に気があるんじゃないか、いやいやいや時期尚早だ。
思わせぶりなだけで実際告ったら「勘違いさせてゴメン」ってことはよくあるらしい。
なんだよ、誰かに似てるって。
似てたらいいのか、悪いのか。
――――てか『告る』ってなんだよ。
俺は告りたいのか?
……そこそこ可愛いよなあいつ。
いや、なかなか可愛いと思う。
今まで見下してきた恋に浮かれた奴らはこんな気持ちだったのか。
そりゃ馬鹿になるのも当然だ。
馬鹿なことは考えるなと何度妄想を打ち消しても、気を抜けば新たな妄想が浮かんでしまう。
もし……もしも、付き合うことができたら……。
向こうが告ってきてくれればいいのに。
デートしてたらクラスの連中にばったり会ったりなんかして、そしたらクラスで冷やかされるんじゃ、でもそういうのは稲森が機転をきかしてなんとかしそうじゃね。
……稲森。
ふと不埒な映像が頭に浮かんだ。
稲森がベッドで裸になってる姿だ。
海外ドラマでよくある飲んだ次の朝一緒にベッドにいてまどろんでる映像。
俺は頭を掻きむしった。さすがにこんな妄想はまずいだろ――。
『お願いよ。女性に性欲をぶつけるような加害者にだけはならないで。いい大学も、いい会社にも行かなくていい。――――私の願いは、ただそれだけなのよ』
突如母さんの言葉が脳内で再生された。
急激に熱が冷めていく。
それどころか血の気がひいた。
これは性欲なのか?
罪悪感が襲ってきた。
なんて恐ろしいことを考えてんだ俺は。
あれ待てよ――――。
今まで深く考えてこなかったけれど、これって、俺はセックスしちゃだめってことか?
俺は一生セックスできないのか




