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「歩く」

私が実家に戻ってから2年近く経った。薬はあれからいろいろな種類を試させてもらえたが、どうやら薬の力だけでどうにかなるレベルではないようだ。少なくとも薬だけでは治らないのだろうな、というのを痛感し、私は病で頭が働かない状態で何ができるかについて考え、真剣に、だが着実に、効く何かを探し求めていくようになっていった。


あれからも父と母は表面上はこれまで通りの夫婦関係を維持していた。母は働き続け、父はずっと家で過ごす。接点は少ない。しかし、たまに一緒に旅行へ行き、楽しく過ごせているようだったので関係は良好には見えていた。まあ、何らかの構造的な矛盾があるのを意図的に隠しているのはあるのだろうな。父が母に。


「母が可哀想だな、、、。」


そうは言ってもまず私が整わなければ何も始まらないし、そうならないときっと何も力になれずに終わってしまうだろう。まずは同じように自分のような病で苦しんでいる人がどう病気と付き合っているか、調べてみよう。


数ヶ月後、病気の当事者の体験記を読み漁っていたところ、ある内容が目に止まった。メンタル不調は運動で治る、半年2時間歩いたら体調が良くなり仕事に就けるようになった、、、。これだ、と思った。この体験記の参考資料にその判断の根拠となる本を見つけたのでさっそく買って読んでみることにした。読んだ後、この直感は確信に変わった。さっそく母を説得して置き場所を確保し、ランニングマシンを購入し、毎日2時間近く歩くことにした。


歩くことは肉体的にというより精神的にとても辛かった。本にある通り、歩けば歩くほどに自分の嫌な記憶が蘇っていき、自分を襲った。それでもそれに呑まれないように必死に自分を保って歩き続けていると次第にその記憶が薄れていき、それと同時に自分を襲ってきた「異音」がしなくなっていき、結果的に薬が減っていった。本の通り、この半年で自分に起きた大きな変化だった。歩く、ということは自分と向き合うこと、一歩踏み出すことで昨日までの自分から抜け出せるんだ、という自信へと繋がった。


最近、母が父がこの2年半隠してきたことに気づき始めていた。父の私に対する態度もあるだろうが、何かを隠している、見ないふりをしてきたけどもう耐えられない、という母の想いが現れ始めていた。私はもう既に、父には全く期待していないので、病気の相談をしようとした際、父に「観たいテレビがあるから」と言われ、部屋に逃げられても、何の感情も湧かないようにはなっていた。だが、母にはまだ、父がそういう態度を取った場合、受け止められるような状態ではないだろう。


歩くことによる治療が効いてきた頃、ついに恐れていた事態が起こってしまった。母は父の私への態度がきっかけでその気持ちを確かめようと問いただした結果、父が退職金を無断で全て使い切り、挙げ句の果てに、母の両親のお金を勝手に使ってしまっていたことが判明したのだ。


母は私に、


「今まで気づけなくてごめんね。父さんはあなたのことを障害者、って私がいる時にだけ言っているのを聞いて、我慢できなくなってしまって、、、。」


と言い、


「これからは私があなたを守るから。」


と、決意を新たにしたようだ。


そこからが本当に早かった。母は父を感情に任せてひたすらに罵倒し続け、父が表面上はもともと別荘で暮らしたかったことを利用して、3ヶ月後、強引に父を家から追い出して別荘暮らしをさせることに成功したのだ。私はこれで全てが丸くおさまるだろう、と思っていた。そう、このときは。


まさかこのことがきっかけで夫婦の離婚の危機にまで発展するとは思いもしなかったのだ。


今日も一ミリだけ世界は回った。

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