「つなぎ」
カメレオンにも意地はある。成し遂げたい目標がある。でも現実は厳しい。技術者になる以上はこの現実に立ち向かわなければならない。つなぎに手足を通すことで自分はなりふり構わずやる、と気持ちを引き締めた。
昼休憩の後、橋木さんの手が空いた時間に冷却塔へ向かい、作業の段取りを組むことになった。
「見たかい、葛木さん。これがうちらがやろうとしている作業だよ。」
設計図面上では冷却塔にブロー用配管はあった。それが実際にあることはわかったが、こんなややこしい場所にあるなんて思いもしなかった。
「これは、、、。大変ですね。ブローすると泥まみれになりそうです。」
「そうさ。だからやるときはつなぎに着替えな。あとはヘルメットも必須だ。頭ぶつけるからな。」
それと、と橋木さんは少し顎に手を当てて考えを整理し、こう伝えた。
「作業の都合上、どうしても下の冷却水設備の稼働中にやらないといけない可能性が高い。確実に停止できる土日にやるのがベストだが、うちの会社のルールではそれは通らないとみていいだろう。」
「つまり、だ。冷却水設備稼働中に一気にブローしたらどうなると思う?葛木さん。」
「冷却塔の水が空になり、稼働中の冷却水設備にエアーがただちに届いてしまうことになりますね。そうなると冷却のムラや機器のダメージにつながり、よくない影響を与えてしまうでしょうね。」
「ま、そんな感じだ。だから、冷却塔の水が空にならない程度にブローのバルブの開度を調節してブローすることで水の入れ替えを行う。で、ある程度水を入れ替えられたら導電率を測定し、管理値以内ならバルブを閉じてブローをやめる、でいいんじゃないか。」
「ありがとうございます。ちなみに水を補給する箇所はどこにあるかわかりますか?すみません、ちょっとわからなくて。」
橋木さんは少し頭を掻いた。
「あー、、、ほら、ここだ。インシュロックと発泡スチロールで給水箇所を調節してるところあるだろ。それと屋上にあるホースから給水できる、これを使えばいいと思うよ。」
「なるほど、、、。ちなみになぜわざわざインシュロックと発泡スチロールで給水量を制限しているんですか?これも導電率を上げる原因になりますよね?」
「ま、これもこの職場の闇だ。前の部長が水道代をけちりたかったみたいでな。それがそのまま続いている感じだ。」
「無知は罪ですね。」
「そうだな。とりあえずバルブを開けるためのパイプレンチ、つなぎとヘルメット着用で作業。作業手順は冷却塔の水を空にしないようにバルブ開度を調節してブローしつつ、ホースと給水箇所を押さえて給水量を増やし、水の入れ替えをする。導電率に問題なければバルブを閉じて作業終了する。大丈夫か?」
「はい。それでは橋木さんが都合のつく時に実施しましょう。よろしくお願いします。」
数日後、橋木さんの都合のつく時間に冷却塔のブローを実施した。
「葛木さん、冷却塔の水、大丈夫そうだよ。バルブを少しずつ開けていって。」
「わかりました。」
私はつなぎを着てヘルメットを着用した状態で冷却塔の下に潜り、パイプレンチを使い少しずつブロー用バルブを開けていった。
「冷却塔の水、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないよ。もう少し開けても大丈夫かな。」
こうしたやりとりをしつつバルブ開度を調節していった。床に手足をついて作業せざるを得ないのでバルブの開度を上げるほど水と泥が飛び散り、私の着ているつなぎを汚していった。
ある程度給水しつつブローした後、橋木さんが、
「もういいんじゃないか?」
と言ったので、導電率を計測した。1000程度だった導電率が300と大幅に下がった。管理値以下になっていたので、作業を終了した。
、、、思った以上に大変だった。1系統やっただけなのに2時間もかかったし、身体的な疲労も大きい。橋木さんの言う通り、不可能ではないが現実的ではなかったな。ただ、改善すればブローの自動化もひょっとすると不可能ではないのかもしれない。
「よし、やってみるか。」
自分を鼓舞する意味でも声を出し、私は資料の山と格闘し始めた。
今日も一ミリだけ世界は回った。




