「正義」
母は父を許すことができず、父は母を丸め込もうと嘘を吐く、その度に関係が悪くなることを繰り返していた。まるで壊れかけている機械を何の手当てをしないまま無理矢理に動かし続け、壊れるまで待つような、放っておけば確実に壊れていく関係性そのものだった。
私は父の立場も母の立場もわかっている。なぜならば、私は父に仕事を学び、それが生半可な覚悟で身につけられるようなスキルではないことを知っているし、学んでいく過程で失敗を繰り返し、母のように人の苦しみや痛みを少しずつ理解していったからだ。
ただ、ここは私が出る幕なのか、出しゃばり過ぎではないか?心の中で声がする。「身の程をわきまえろ、お前にはそんな役は務まらない。」
そうだ、危険すぎる。だが、ただ黙って見ているだけはできない。放っておいても崩壊してしまうなら、誰かがやらなければならない。ただ、私にできるのか?何もできない癖に手を出して、それでやったふりをして自分を許してしまうのは傲慢だ。この場合、何が大事なのかは一言で言えば「覚悟」だ。たとえ誰にもわかってもらえなかったとしても私は私の「正義」を信じる。覚悟とは、たとえそれがわかってもらえなかったとしても自分の正義を最後まで貫くことだ。
そのとき私は覚悟を決めた。私は私の正義を信じる。私は父の努力も母の痛みも知っている。できるのは私しかいないんだ。やるしかない。父と母は離婚せず、別居していても新しい夫婦の形でお互いを支え合ってほしい、これが私の考える正義で、そのために私の個人的な感情は封印し、父と母の関係の悪化を私が防ぎ誤解を解いていく。何年かかってもいい。今の夫婦の関係は良くない、誰も幸せにならない。たとえもし私が壊れてしまったとしても、私は私のこれまで生きてきた証を誰かの記憶に残したいのだ。これが私に課した覚悟の中身だった。
それから私は、たまに帰ってくる父との雑談の回数を意識して増やし、父に1人で暮らしていても1人じゃないことを伝え続けた。父に自分の弱さと向き合うきっかけを作りたい。そのために父のプライドを傷つけないように丁寧に接しつつ、母の苦労を理解してもらうためにカウンセリングを受けること、「仕事をしている父さんはとてもかっこよかった。」と父のこれまでの努力を認め、再び仕事に就くことを勧めた。
母には心の痛みを和らげるために毎晩遅くまで母の思いを受け止め、共感した。母の行き場のない怒りをただただ受け止め、泣き喚く母を慰め、これまでの母の苦労を認め、その優しさに救われていたよ、母の人生は無駄だったわけではないんだよ、と伝え続けた。
ただ、父には別荘に出ていった後、母がとても楽しく幸せに暮らしていることを伝え、母には私が父を完全に敵として見ているのではなく、母が父に騙されないようにするために助言することは、今後の夫婦関係のために、公平な立場で物事を進めていくためだ、ということも伝え続けた。
そうして3ヶ月程度経った後、私の孤独な闘いはあまりにもあっさりと理想的な形で終わりを告げた。今朝、母が感情的にならずに父に電話して、父もこれまでの行いを悔いる形で本当のことを話し、お互いこの形で今後も仲良くしていこう、と決まったらしい。要は別居婚をしつつ、お互い楽しく今後も付き合っていこう、ということだ。きっかけは母が昨晩、電話で父を強く罵倒してしまったらしく、父に謝りたいと言っていたのだが、そのときの母の状態では父に落ち着いて電話はできないと私は思っていたので、もともとは父に数週間後、LINEで「母が暴走してしまってごめんね」、と伝える予定で母と共有していた。私の努力や覚悟は無駄だったのか、と思うレベルで物事の流れが一気に変わった瞬間だった。
唖然としている私に母が、
「あなたのおかげで私たちはあるべき関係におさまった。本当にありがとうね。父さんも今回の件は本当にあなたに感謝している、と言っていたわよ。」
どうやら私の正義と覚悟は無駄にはならなかったようだ。これまで少しずつ積み上げてきたものが大きな結果となって返ってきたのかもしれない、と思うと同時に人間というものの可能性、本当の強さについて知ることができた。
最近、父はハローワークで仕事を探し、自分もひょっとして自閉症だったのではないか、と発達障害の検査も受けてくれるようになり、自分と向き合うためにいろいろと動いてくれているらしい。
母も最近は父の追い詰められた際に嘘を吐く癖を見抜いて、笑って受け流しつつ釘を刺せるようになってきたようだ。
どうやらカメレオンは世界を静かに変えていくことができたみたいだ。
今日も一ミリだけ世界は回った。




