「溶解度」
私は一般人ではない。一般人のフリをして生きているカメレオンだ。凡人には真の意味で理解されず、天才には話が通じる中途半端な存在だ。しかし、それでも静かに世界を変えていく。それがこの中途半端な存在に唯一できる存在価値の証明であるからだ。
今日も仕事に行く。擬態には昔から慣れてはいるが社会に出て、より一層疲れやすくなった。まあ主に人間関係が原因なのだが。
「葛木さん、あの仕事どうなってる?」
また来たか、説明しても理解しない、上昇志向のみ高い上司が。彼は私をこの職場に入れてくれた恩人だが、私が説明していると「話が長い」と途中ですぐに会議へ行ってしまう、ちょっと情けないやつだ。実際仕事ができる同僚ほど彼を嫌っている。まあ私はほどほどの付き合いで済ませているが。本人としては部下に慕われたいらしい。それならば会議に出るだけじゃなく、仕事の勉強を少しはしてもらいたいものだが、彼には理解できないだろう。
「あの仕事ですか?あれは今この段階まで進んでいて、次はこのアプローチで進めていこうと、、、。」
「ああもういい、わかった。とりあえずあのトラブルの解決の納期は〇〇日までだからそれまでにお願いね。」
「、、、、はい。」
、、、まあこれまでの職場に比べたらかなりマシだがこんなレベルである。
私は技術職としての仕事が好きでやりがいを感じており、評価よりも現場に感謝されることを目的としてやっているのだから問題ないが、こういう上司って本当に多いな、と思う。
さて、今日は点検をした後、スケールの実験をやるのだった。大きい会社なので実験道具は経費で買えるところは良いところだと思う。
この職場はとある機械部品のテストを行う施設であり、私が配属された部署はそこの設備保全である。
ここの設備の問題点は何といっても冷却水のスケールである。部品のテストをする際、非常に高温な状態になるため、冷却に水を使うのだ。そして、そこで熱を吸収して高温になった冷却水を一定温度まで下げるのが冷却塔、というものである。冷却塔で温度を下げるしくみは、言ってしまえば水が蒸発する際に熱エネルギーを消費する、それによって水の温度が下がる、というものである。ただし欠点がある。蒸発する際、水に溶けていた固形物が出てきてしまう、ということだ。これをスケールと呼ぶ。一応現状確認、という名目で不定期に導電率(ざっくり言うとこの数値が高いほど固形物がたくさん溶け込んでいる)を測っていたようだが、導電率の目安となる数値も決まっていないし、ほぼ惰性に近く、言い訳目的でやっているのは見え見えだった。
私はとりあえず資料にあたって導電率の管理値を500程度、と定め、どのような条件でスケールが生じるのか、様々な内容で実験を行っている。
最近やっているのは、水道水、冷却水の導電率を測定し、さまざまな割合の量で混ぜて導電率を測定する実験だ。これを行うことで希釈することによって変化する導電率の数値を測定して記録、その数値の比較検討により、導電率の数値ごとに溶け込める固形物の量がわかるのではないか、と。
これは専門業者が測定した水質分析の結果から思いついたものだ。スケールのカルシウム濃度、シリカの濃度、導電率、、、。これらは何かで繋がっているんじゃないか?
なんとなくではあるが問題解決につながるヒントのようなものは浮かんでいた。それは朧げではあるが、私を先の見えない洞窟から抜け出させる光のようなものとして感じていた。
そして今日もいつも通りスケールの実験をし、冷却水の水質の資料を読んでいたところ、急にある仮説が生まれた。
、、、結局、溶解度なんじゃないか?
瞬間、私は思考を巡らせ、ある解決策に至った。つまり、水に溶け込める固形物の量は最初から決まっていたのだ。これが溶解度の概念だ。これまでみてきた導電率に溶解度から推察すると、これって結局ブロー不足なんだ。
そうと決まれば話は早い。さっそくあの分からず屋上司に説明しに行こう。スケールが生じるしくみは溶解度で、導電率を500まで下げるには、ブロー量を増やして新しい水を取り込み、希釈しなければいけない、早く提案しないと。
とある職場の一つの問題が解決された瞬間だった。
今日も一ミリだけ世界は回った。




