搾取したうえで『注意点まで教えてほしかった』なんてお門違いすぎませんか?
エノーラには、貢いでいるという自覚がなかった。
どちらかというと、貢いでいるよりも尽くしているつもりだった。婚約者であるアレックスが要求する高価なプレゼントを用意するために、結構な苦労をしていた。
エノーラには幸いプレゼントを用意できるだけの技能があったので、決死の思いで稼いでいたというわけではない。
けれどそれでも負担になっていたことはたしかだ。
そうして今日も用意した高価な貴金属のプレゼントを持ってエノーラはアレックスの元を訪れた。
彼はひとつづつ開けて検分するようにじっくり見る。
「悪くないな。さすがエノーラ」
アレックスは検分が終わると、まったく興味がないようにローテーブルの上にそれを戻して、後は使用人たちが片付ける。
エノーラは彼が身に着けるのにふさわしいような似合う物を持って来たつもりだったので、そのそっけない反応に少し残念な気持ちになった。
(……でも悪くないと言ってもらえました)
なんとか自分の気持ちを持ち直すために、好意的に捉えて笑みを浮かべる。
「良かったです。アレックス……ところで、そろそろそれなりの貴族らしいと認められる程度の身なりには……なったんじゃないでしょうか」
エノーラがこうして彼に貴金属のプレゼントを用意しているのにはきちんとした理由がある。
彼は今、王都にいる。
成人して一足先に王都に向かった彼は、社交界に意欲的に参加して子爵家の跡取りとして認めてもらい伝手を作るために活動している。
けれども、どうしても下位の爵位ということもあって蔑ろにされることも多い。
だからこそ貴族にとって品格や特権階級の象徴ともいえる貴金属を多く身に着け、より多くの人に対等に接してもらえるようにしたい。
そう言われて、エノーラはこれらのものをアレックスへのプレゼントとして用意していたのだった。
あれから一年ほどがたっただろうか、送ったアクセサリーは数知れず、それでも二人の未来のためと言われてエノーラは疑う余地なく彼を信じていた。
「……え?」
しかし、彼は首をかしげて聞き返す。
まるでまったく予想外のことを言われたみたいな顔をしていて、幻想に小さく音を立ててヒビが入った気がした。
「で、ですから。社交の為に必要だから、私を頼りにしたんですよね。そろそろ目的は達成できるぐらい、あなたに贈ったと思った……んですけど」
「……」
「私、なにかおかしなこと言いましたか?」
キョトンとしている彼に不安になって問いかけると、少しして「あ、あー……」となんだか思いだした様子だった。
それから、少し馬鹿にしたような顔をしてアレックスはいった。
「なんだ、本当に信じてたのか?」
彼は、まるで冗談を真に受けた人に、気まずく本当のことを話すみたいに面倒くさそうに言葉をつづけた。
「いや、もう察してるって思ってたし、別に実際さお前は俺の言う通りにするしかないんだから、別になんでもいいだろ」
「な、なんでもいいってどういうこと、ですか」
「だから、全部遊ぶのに使っちゃってるから目的を達成するとか、そもそもないって話だけど。わざわざ金にしやすいものを持ってこさせてたんだし、わかるだろ?」
アレックスは悪びれることなく、むしろ開き直って当然のことのように続ける。
「でもお前は俺の婚約者なんだし、こんなの当然だ。実際、俺が言ったらこうやって金目の物を山ほど持ってくるんだから、お前の実家からしても大した金額じゃないんだろ」
「……」
「将来、子爵夫人になるための投資と同じだ。なにをそんなに傷ついたみたいな顔してるんだよ。どうせお前が稼いだ金でもないんだし」
へらへらと笑っていて、エノーラはやっと自分が何をしていたのか理解した。
エノーラはただただアレックスに言われるがまま、彼の言葉に従って金銭になるものを融通してきた。
それはエノーラなりの努力のつもりでいたし、彼も同じように努力していると思い込んでいた。
二人で明るい未来のために頑張っている綺麗な幻想を見ていた。
しかしふたを開ければ、まったく違う現実がそこにはあった。気が付く方法は山ほどあったと思うし、簡単なことだったと思う。
それでも気がつかなかったのは、エノーラがそのきれいなだけの幻想に浸るのが心地よかったからだ。……そう思うと自分すら醜く思えた。
しかし同時に彼を責める気持ちが噴出するのを止められない。
「っ、そ、そういう問題ではありませんっ、それに、わ、私たちの未来のためと言われてそれを親にせびるわけないじゃないですか、ちゃんと私は、私の力でお金を手に入れてましたよ! それが、嘘の理由だったなんてっ」
そして気持ちに任せて彼に言った。
けれども、アレックスはエノーラの、自身の力で稼いでいたという言葉に反応して、きらりとぱっと光る瞳をこちらに向ける。
「それ、本当か?」
「っう、嘘なんてつきません。私の魔法は多少珍しいらしくて、それを魔法道具にして━━━━」
「なんだよ! なんだ、もっと早く言えよ!」
話を続けようと、エノーラは手早くアレックスの質問に答えて、続きを話そうとした。
しかし彼は、エノーラの主張などまったく興味がないらしく、笑みを浮かべて興奮した様子で言った。
「お前が稼いでたのかよ! ならもっと、用意できるだろ。で? 魔法具だって? そんなもの作れるならさっさと言えよ。こっちだってお前のためを思って節約してやってたんだから」
「え? な、なに言ってるんですか」
「でもお前が自分で作れるならもう我慢する必要もないだろ、いやそれに売れる魔法具ならそのまま持ってこいよ! 取り分が少なくなるだろ、魔法具で稼いでるならそのまま持ってこい、それで俺がちゃんと売りさばいてやる」
「は?」
「それが一番効率がいいんだ、お前も嬉しいだろ? な?」
矢継ぎ早に問いかけられてエノーラは目を白黒させた。
自分が責めることはあっても、まさかこんなふうに開き直ったうえでさらにあらたな要求をされるとはまったく予想していない事態だった。
アレックスはエノーラの話など聞くつもりはないらしく混乱するエノーラに続ける。
「できないなんて言わせないぞ、こっちは今までお前がちゃんと稼いでるのを知ってるんだからな。それなのに、稼げる金をお前が独り占めするなんて夫婦になる間なのに平等じゃないだろ!」
「……」
「わかったら言う通りにしろよ? そうすればお前の将来は安泰なんだから、俺の言うとことを聞いていればいいんだ!」
アレックスはぽかんとするエノーラを脅すように鋭い目で見つめて意味の分からない理論を展開する。
平等という言葉を自分が利益を得るためだけに吐き捨てて、目の前に振ってきた幸運を逃がさないように、目をギラギラと輝かせる彼の様子に、エノーラはアレックスとはもうダメなのだとやっとわかった。
エノーラは魔法具を持って自分専用の花壇にやってきた。
美しく咲きほこる花々をみて途端に悲しくなってしゃがみこんで顔を伏せた。
まさかこんなことになるだなんて思っていなかった。それがエノーラの今の感情だった。
エノーラ自身、人の役に立つことが好きだ。
たいした理由などなくても求められれば手を貸すし、求められなくても自分から困りごとはないかと問いかける。
そんな性分だったので、お世話が必要なものにはまるのは必然的なことであり、特に植物を育てるのが好きだった。
自室にも鉢植えに植わったお気に入りの花が所狭しと並んでいる。
そして四元素の魔法のうち土の魔法を持っていたこともまた幸いして、植物に良い土を探していくうちに、いつの間にか直接植物に作用する魔法を習得していた。
それをエノーラは成功体験だと思っていたけれど、それも今となっては正しいことだったのかわからない。
(だってこんなことになってしまったんですから、当然です。魔法がなければよかったとは……思わないけれどまさかあんなふうに言われるなんて)
思い出すとまた気分が落ち込んでエノーラは目をきつくつむった。
これでもアレックスのことを信じていたし、不愛想だけれど心の底ではきっとエノーラのことを大切に思っていると考えていた。
しかし今日の態度を見てわかった。アレックスはエノーラのことをなんとも思っていないのだ。
だからあんなに横暴になれる。
そう思うと今までのエノーラの頑張りはなんだったのかという気持ちが襲ってきて、どうしようもなくなってしまいそうだった。
しかし、この後予定もある。
エノーラはそれまでに、お世話をしてしまおうとここまでやってきたのだ。
気持ちは乗らなかったけれど、それでも魔法具に魔力を込めて使うだけなので難しいことはない。
短くため息をついて顔をあげる。
それから、魔法具についている魔石部分を撫でた。それはじょうろの形をしていて、内側にはキラキラとした緑の魔法がたまっていく。
花壇の花々にゆっくりとかけていくと、美しい光の粒は花弁や葉に吸収されていき、瑞々しさが増しより一層力強く咲きほこる。
(このお花みたいに、私がきちんと忘れずに尽くせばそれだけ素晴らしい結果を残してくれると、疑いようもなくそう思っていました。
でも、結果はむしろ、私が尽くす状況を逆手にとって利用されていただけ。
それにまだ足りないとばかりに、今度は魔法具を要求してくるなんて……)
人は物言わぬ植物のようにはいかない。
そんな簡単なことはわかっているつもりだったけれど改めて実感するとその事実は胸に重たくのしかかったのだった。
「あー……なるほど、そういうことだったんだ……」
エノーラはやってきた魔法使いのセシルに対して先日あったことを報告した。
そもそもエノーラは魔法使いではない。
昔は、土の魔法でどうにか植物にいい作用を与えることはできないかと試行錯誤していた時から魔法に興味があったし、魔法使いという職業に憧れていた。
幼なじみのセシルも魔法学園に入学するというし、自分もそうすれば、もし将来何かあった時に保険になるだろうと考えていた。
しかし、その話をするとアレックスに止められ、その状況では両親の同意を得ることが難しくその道を断念したという過去がある。
それでも魔法に未練があって自分なりに研究していった結果、今の魔法がある。
そして、そのエノーラの持つ緑の魔法を珍しいから魔法具化して販売したらいいとアドバイスしてくれたのが魔法学園を卒業し魔法使いとなったセシルだ。
今でもエノーラの魔法具はセシルが売ってくれている。
そしてアレックスの元へと行った後にはこうしてやってきて、アレックスがどれほどのものを求めていてそれにかかる資金、それからどのぐらい販売するのかという話し合いをする。
しかし今回、アレックスとの話は別の方向に転がり、さっそく今朝にも『早く魔法具を持ってこい』という主張の手紙が届いていた。
そしてエノーラはそれを正直にセシルに話した。
「……たしかに、常識的に考えてみてもおかしいレベルの要求だったから、引っかかってはいたけど、アレックスさんそんなことを言ったんだ」
「そうなんです。だから、なんにせよ、セシル。あなたには長いこと助けてもらいましたが、もう魔法具の販売をお願いすることはないと思うんです」「……」
「突然こんなことになって、申し訳ありません。せっかく協力してくれていたのに」
セシルだって、幼なじみのエノーラのために好意で協力してくれていたのだ。突然こうなってしまったことには謝罪するしかない。
頭を下げてセシルに言うと、彼はすぐに頭を振った。
「エノーラのせいじゃないでしょ。それに俺も気がかりな部分があったのに放置していた過失がある」
「……それを言うなら私もおなじです。違和感はあったと思います。それでも、きっとアレックスを疑いたくなかった。真実を知らずに、彼の為に努力している自分に酔っていた部分があります」
「……」
「だから私が悪いんです。どうか埋め合わせをさせてください」
エノーラのことを気遣ってそう言ってくれるセシルだが、エノーラはさすがにその言葉にうんとは言えなかった。
どういうふうに見たとしてもセシルには責任はない。それは確かなことだろう。
ならば協力してくれただけのセシルに対してエノーラはきちんと恩を返したい。
幼なじみだとしてもそういう部分は重要だと思う。
「……お礼か……一応、今までだって何かとお礼は受け取ってたよ」
「それでも普通は、多額の手数料が発生することを融通を利かせてもらっていたんですから、気軽に終わりにするだけでは気がすみません、セシル」
こんなふうに、魔法具の販売をやめることになるとは思っていなかったけれど彼に対するけじめは必要なことだ。
これからも幼なじみとして関係を続けていくうえでもきちんとしたい部分だった。
しかしセシルの表情はよくない。エノーラのことを心配そうに見つめていて、お礼の話には乗る気がないようだった。
「それより、俺は君がこれからどうするのかの方が気になるよ。魔法具を売らなくなったって、俺たちはなんの関係もなくなるわけじゃない。話してよ、エノーラ」
心配そうにエノーラに視線を向けて彼は言う。
たしかに元から仲良くやってきたのだ。
魔法具を売らなくなってもたまにはお茶会をしたいし、交流も続けたい。
そして、相談もしたい。現状、エノーラはアレックスの要望に対してこれからどうするかは決めあぐねていた。
「……」
「第一に、アレックスさんとの関係はどうするつもり? ……こんなことがあってもこのまま、やっていくの」
問いかけられて、それにだけは答えが出ているので、エノーラは「いいえ」と短く返す。
「それは考えられません。私が考え無しだった部分もありますが、それでもアレックスの行動は許せない。あんな人と結婚して子爵夫人になったところでそれが幸せとも思えませんから」
そう言うとセシルは少しホッとした様子で「そっか」と短く言う。彼なりにエノーラのことを心配してくれていたのだと思う。
「ただ、それを父や母に言ったところで婚約破棄できるかと言われたら正直分かりません。私がこう思っていたとしても実際はアレックスのいうことを聞くしかないのかも……」
エノーラは、結局アレックスの言いなりになるという結末を可能性の一つのように言った。
けれど、実際には大いにあり得る、一番可能性の高い結末だった。
アレックスの主張をエノーラが我慢すればいいことだと判断されて両親がアレックスの側についたらエノーラはなすすべがないのだ。
エノーラ自身はもう彼に気持ちはない。
けれども、アレックスにエノーラは自身でお金を稼げるすべがあると言ってしまった。
それを知ったからにはアレックスもエノーラのことを簡単には手放さないだろう。
(なんで言ってしまったんでしょう。言わなければ、もっと簡単だったかもしれないのに)
アレックスの言葉を聞いた時点で、これ以上の出費をすることはできないと断っていたら、これ以上エノーラから引っ張るのは無理だとあきらめて、簡単に別れることができていたかもしれない。
その可能性をエノーラは怒りに任せて気持ちによって潰してしまった。
「アレックスさんがどういっていようと、なにか罪を犯したというわけでもないし、不貞行為があるわけでもないからね。君の懸念もわかる」
「……」
「それに、渡しているお金は君の魔法から作られるものだから、究極的には君が労力を割いているだけのものだ。ご両親も懐が痛まないし、誰かに糾弾されることも少ないだろうね」
エノーラの言葉にセシルも真剣に考えるが、アレックスから離れるいい手段を思いつくことはないようで、難しい表情をしていた。
(……やっぱり、それでもアレックスの言いなりになる以外方法はないんでしょうか……)
心の中でそう思う。エノーラにとってアレックスは不信感しかない上に、開き直って悪びれない最低の人だ。
そんなアレックスとこれからもずっと、一生、寄り添っていくしかないのか。
そう考えると、さらに自分の失敗が悔やまれた。
「……それにしても、アレックスさんが魔法具を取り扱える資格を持っているなんて、予想外だったな」
考えつつセシルが言う。
魔法具を販売するには、資格が必要になってくる。それがエノーラがセシルを頼っている一番の理由だった。
魔法使いならば必ず持っているその資格だが、魔法使いでなくても商人なども、魔法協会での試験を受けて取得可能な案外知名度の低い資格である。
「君の魔法具を求めて自分で売り払うって言っているってことは独自の販売ルートがあるんだろうね。魔法協会の認可は俺が取っているものがあるけれど、それを利用しないで販売するのは結構な時間と費用がかかると思うけど……」
「……」
「うん……でもおかしくないと思う。それだけエノーラの魔法は汎用性も高いし、これから新しい魔法具を作る可能性を考えたらそれだけの投資をする価値は絶対にある。それをエノーラが口を滑らせた程度のことで見抜いたのなら、案外頭の回る人だったんだね、アレックスさんは」
魔法具を販売する際には一つ一つの商品に設計図が存在し、その設計図でどんな魔法が使えるのか、価格帯はどの程度か、製作に必要な材料はどんなものかなどが記載される。
そしてその設計図を魔法協会に送り、認可をもらう必要がある。
資格と認可があって初めて、適切に魔法具の販売が可能になるのだ。
それは、魔法に携わる仕事をしている人ならば知っていることだし、知っていた方がいいことではある。
しかし、エノーラはそのことをセシルから教えられて初めて知ったし、若年の貴族は知らない人が多い。
そしてアレックスはそんなことを常にごろから考えていて、資格勉強に精を出し何かに使えるかもしれないからと資格を取っておいたのだろうか。
認可のための費用と時間と、これからのエノーラの魔法が生み出す利益を比較して、それらを加味してもエノーラの魔法は金になると結論を出し魔法具を要求しているのか。
(あれ、あの人、そんなことしないのでは……?)
目の前で悩むセシルは、アレックスが、まさか魔法具取り扱い資格と魔法協会の認可を知らないまま手を出そうなどと考えるはずもないと思っている様子だった。
しかしエノーラから考えると十分にあり得る可能性だった。
なんせアレックスは、どうせバレるとわかっていながら、その場しのぎの嘘をついてエノーラに金品をせがむような人で、結局そのことを忘れて隠し通すこともなく開き直るような人である。
とても彼がそんな面倒な手順を踏めるとは思えなかった。
「……セシル」
「ん? なにかいい案でも思いついた?」
「お、思いついたかもしれません」
「え、ホント?! 聞かせてよ」
セシルはぱっと表情を明るくして、それからエノーラの話を真剣に聞いたのだった。
アレックスからの手紙は日を追うごとに、脅迫的な内容になっていった。
そこでエノーラはアレックスに対して、仲間内や家族で楽しむためならば提供ができると前置きをした。
彼は最初、そんな程度ではたりないし、なにに使うかなんてわかっているだろうと手紙で迫ってきた。
けれどそうでなければアレックスに魔法具を渡すことはできないと否定すれば彼は、きちんとそれに了承して、十個の魔法具を要求してきた。
それをどうするのかエノーラはわかっていたけれども、彼の言質は取った。
それが重要だった。そして作りためていた魔法具を一気に王都の彼の元へと送ったのだった。
それからセシルを通して魔法協会の方へも連絡を行った。
「申し訳ありません、当然の報いです」
「本当に申し訳ありません」
アレックスは当たり前のように、捕まった。
アレックスの実家には物々しく捜索され、一時期は投獄されてその捜査は厳しいものだったがエノーラは通報した本人であり、アレックスからの手紙もあったので被害者として扱われた。
そうすればアレックスがエノーラに対してどのようなことをしていたかが公になり、彼には罰金と汚名がつくことになった。
必然としてアレックスは子爵家の跡取りという地位を下ろされることになった。
婚約時に交わした契約をきちんと遂行することができなくなった子爵家は、子爵、子爵夫人、そしてアレックスの三人で謝罪にやってきた。
子爵や子爵夫人は憔悴した様子で、頭を下げる。
あれ以来、顔を合わせていなかったアレックスも今までのような傲慢さを失い、両親と同じように頭を下げているだけだった。
「まぁ、無知ゆえのことだったようですし……」
エノーラの父は彼らの様子に、少し同情的に接する。
話し合いの場は重たい雰囲気ではあったものの、滞りなく進んでいった。
子爵家のアレックスの過失による婚約解消なので多少の慰謝料も発生し、いくつかの書類にサインをしてアレックスとの婚約は解消となりエノーラはこのことに少し胸をなでおろした。
やっと長い時間をかけた話し合いの場は終わり、子爵家の三人を見送るために移動する。
応接室を出て両親たちが軽い雑談を交わしていると、歩きながらアレックスはふとエノーラのそばに寄ってきた。
彼は少しこちらに視線をよこしてそれから「悪かったな」とつぶやくように言った。
アレックスからエノーラに対する謝罪はそれが初めてだったので、彼も今回の出来事で変わることができたのかもしれないと思い、なにか言葉を返そうとした。
しかしアレックスは続けて言葉を紡ぐ。
「……でも、お前が俺に一言教えてくれればこんなことにはならなかったのにな」
ぽつりとそんなことを言った。
その言葉は、自身の責任を転嫁する言葉で、エノーラは思わず目を見開いて立ち止まった。
ふつふつとした怒りがわいてきて、アレックスが公的に罰されたことによって言わずにいた言葉がよみがえってきて気がついたら口を開いていた。
「自分が馬鹿なことをしたせいでこうなったとまだわからないの?」
彼の背中に向かってぶつけるように強く言った。
「ただ善良に生きてるだけだったらこんなことにはならなかった。あんな風に私をだまして金銭をせびって、好き勝手していたからこうなったんですよ?」
アレックスは慌てた様子で振り返りは両親たちに視線を配って、やめろとばかりに責める視線を送ってくる。
その様子にアレックスは一言、エノーラに憂さ晴らしに文句を言うだけのつもりだったとわかる。
恨み言を一つエノーラにぶつけて、スッキリして今回のことは忘れようとしていただけの言葉だったのだろう。
けれども、エノーラはもう黙って尽くしてアレックスを増長させるだけの自分ではない。
あれからたくさん考えて、後悔もしてそして怒りもある。
それは伝えなければ、わからないものだ。だからこそ行動に移す必要があった。
「欲張って金銭を要求したところから始まり、私の才能に気が付いてからは私の魔法具を手に入れるために必死でしたね」
「っ……」
「私は手紙でも何度もやめて欲しい、やめた方がいいと伝えましたよ。それでも、私の言葉を無視して、私の意思も無視して搾取しようとしたのはあなたじゃないですか。そんな人を心配して取り扱いを教える道理などどこにありますか?」
異変を察知した両親たちもこちらを見ていて、けれどもエノーラはつづけた。
「アレックス! あなたは、人から言ってもらえなかったから、無知だったから間違いを犯したわけじゃない! そもそもあなた自身が人をないがしろにして自分の利益ばかりを追い求めていたから起こった事じゃないですか」
「……っ」
「誰が相手でもいつかはこうなっていたんじゃないですか? 私からすればあなたのような人がこうなることなんて必然です。立場を使って搾取して、許されることじゃありません。それを私が忠告していればこんなことにはならなかったですって?」
エノーラはアレックスだけを睨みつけた。
「お門違いにもほどがあります、そんなふうに他人に責任転嫁しているうちはあなたの人生はこれからもずっとこんなことの連続でしょうね!」
「な、なんだと!?」
「むしろ私からすればよかったです。あの日あなたが、傲慢に振る舞ってくれて、その本性をきっちりと見せてくれて、私はあなたの人生の巻き添えを喰らわなくて済んだですから」
「っ、」
「これからも、どうぞ破滅への道を突き進んでください! あなたのような人を引き留めてくれる親切な人なんてあなたの人生には現れませんっ!」
アレックスは拳を握って、顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。
「アレックス! なにを言ったのよ!」
「そうだ、エノーラ嬢申し訳ない」
「っだが! こいつが!」
彼を止めるように子爵夫人が彼の腕を掴み、子爵が肩を掴んで制止する。
「女の分際で、いい気になりやがってっガッ」
それでも止まらない様子のアレックスに、子爵が彼の頬を拳で殴りつけた。
ごちっと鈍い音がして、アレックスはその場に崩れ落ちる。
「ち、父上……?」
「いい加減にしろ! こんなことがあってもまだ……っ、お前はまったく変わる気がないのだな! もう看過できない」
「……う、ううっ……申し訳ありません、申し訳ありません」
「母上まで……」
「こいつのことはきちんと処理させていただきます。不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」
アレックスの両親は頭を下げて謝罪をする。
父や母の行動にアレックスはぽかんとしていて、それから引きずられるようにして、屋敷を後にした。
それ以降、アレックスは社交界でも見かけることが無くなり、風の便りで修道院に入れられたと後から知ったのだった。
しばらくしてエノーラは婚活に精を出さなければいけないと、わかっていつつも、植物の世話をして時間を過ごしていた。
植物は、人と違って、手を焼いたら焼いただけ元気に育ち美しく花を開かせ、お世話が間違っていなかったことを教えてくれる。
それがなによりの癒しになっていて、ついつい時間をかけてしまう。
両親からは、アレックスの件の埋め合わせとばかりに色々な人を紹介されていたけれど、今更あたらしい人を見つけてうまくやっていく自分はうまく想像できなかった。
このまま好きなことをして生きるだけの人生ならいいのになんてことを夢想していると、セシルがやってきた。
彼から話があると言われて、少し身構えていたのだが、応接間のローテーブルの上に置かれたのは、どっさりとした資料の束と本だった。
「……」
「……」
「あの、これはどういう意図ですか?」
エノーラが面食らいつつ問いかけるとセシルは、真面目な顔をしていった。
「今回の件、俺なりにとてもまじめに考えたんだよ。エノーラ」
「はい、そうなんですね。ありがとうございます」
反射的にお礼を言って返すが、セシルは一つ頷いて続ける。
「それでね、俺はもちろん君が悪いとは思っていない、でも君が言っていたように人につけこまれるような土台があったことも確かだと思う」
「……はい」
「君は、割と素直に何でも信じる方だし、俺も君に言われるとついつい協力したくなってしまうし、俺も正直、賢く華麗に人を助けたりはできなくて……」
申し訳なさそうにセシルは言ったけれど、誰だってそんなことは当たり前だと思う。
むしろなにがあっても自分が守ると言い切れる人の方が少ないのではないだろうか。
「でもね。それでも俺にもできることがあると思う」
エノーラは話が見えないまま、曖昧にセシルに返事をした。
「それは、君自身が人に左右されないきちんとした基盤を持つ手伝いをすることだと思う」
「基盤……ですか」
「そうだよ。君はとてもいい魔法を持っているけれど、魔法使いというわけじゃない。それだと仕事として魔法を扱うことは難しい、でも俺もいる。魔法具の制作なんかは指導することができるし、それが出来れば後は自分で市場価値を作り出す力があったらいいんじゃないのかな」
セシルは一つ本を手に取って、エノーラに差し出した。
表紙を見てみれば、それは商人などが取得する魔法具取り扱いの資格の教本だった。
「この一冊は俺からのプレゼント、後は魔法学園に通っていた時代の資料だよ。これがあれば他の受験者よりもずっと早く知識が身につく!」
「……」
「大変な資格であることには変わりないと思う、でも、君がなにかに巻き込まれてつらい目に合うところを俺は見たくないし、そうなる前に手助けしたいんだ」
言われて渡されたそれを持ってみる。
思ったよりもずっとずっしりとしていて、中を見ると文字がぎっしりと詰まっていた。
けれども、セシルの言葉を聞いてまったく億劫には思わなかった。
「勉強も教えるよ。婚活のために王都の方に来るんだよね。それなら時間があるときいつでも手を貸すし」
その予定は確かにあって、近いうちに王都に出発する予定ではあった。
「その資格を持っていれば色々なところで選択肢がずっと広がると思う。どうかな」
問いかけられて、エノーラは胸がどきどきとしていることに気が付いた。
セシルの提案に、心が躍って、それならばきっとエノーラは好きなことに重心を置いた生活を送ることができると思う。
しかし、同時に疑問が振って湧く。
エノーラに協力してくれて、なにかあれば対策を考えてくれて、勉強を教えてと至れり尽くせりだ。
エノーラはセシルに対してなにもしていないと言っても過言ではないのに。
もちろん、突然、魔法具の販売をやめたことや今までお世話になったことを兼ねて、贈り物をしたりと金銭的なお礼はしている。
しかしそれは自分でいくらでも稼げるセシルにとっては、彼の助けになるようなものではない。
エノーラばかりが得をしていると言ってもいい。
セシルはいつもこうしてエノーラのことをまっすぐに思いやってくれる。それが今回はとても顕著で、今以上にどうセシルに対してお礼をしたらいいかなど思いつかないぐらいだ。
「……すごく、いいと思います。……でも、セシル」
「ン?」
「どうしてこんなに良くしてくれるんですか。本に、勉強まで……」
疑問に思ったまま口にすると、セシルはアッとなにかやらかしたみたいな顔をして、それから視線を逸らして必死になって答えを考える。
それから、うーん、うーんと唸ってみて、ちらりとこちらに視線を向けると彼は少し頬を赤らめた。
「い、言わない。……の、は、恥ずかしいからとかではなくて、恩に着せたくないから。俺は、君にできるだけ幸せにはなってほしいなって思ってて、そのためにこの資格はいい案だと思う」
「……」
「でもそれを手伝ったことを引き合いに自分の気持ちを伝えて、エノーラに自分の気持ちをないがしろにした選択をしてほしくなくてね。……その、伝わるかわからないけど、君がどう転んでも大丈夫なようになってから、フラットな時に、伝えたいことがあって」
恥じらいつつもセシルは言葉を選んで口にする。
さすがに鈍いエノーラでもわかるような、もう告白に近いような言葉だった。
けれど、直接言わないことも彼の優しさであり、その気持ちはとても暖かかった。
「だから、これは俺が安心して君に想いを伝えるための布石でもある! だから君は気にせず頑張って! そのあとほんの少し、俺に時間をくれるだけ、それだけでいいから」
そして気持ちを伝えるための前提条件として自分がやりたいことだからと彼は言った。
そのセシルの気持ちには、一つもエノーラから奪い取ろうとする意志などなく、彼はエノーラが幸せになることを自分の価値に感じているかのようだった。
それならきっと、この人はエノーラが気質を発揮して尽くしても増長して欲をかくようなことはないのだろうと思えた。
むしろお互いに似たような気質をしている気がする。
エノーラも、セシルに限った話ではないが、人に尽くすことや手助けが好きなタイプだ。
それならお似合いにお互いのことを思いあういい関係を作れるのではないだろうか。
そう思えた。
だからセシルの伝えたい想いの答えはイエスだと間違いなく今は言える。
けれども、今のセシルはきっとそれを望んでいない。彼は気負わずに自分の気持ちに応えてほしいらしいのだ。
だからこそその言葉を飲み込んでエノーラは嬉しい気持ちも、彼に抱く好意も今は呑み込んで気持ちを切り替えた。
「わかりました。セシル、私頑張りたいです。応援してくださりますか」
「もちろん」
セシルは嬉しそうに笑みを浮かべて、エノーラは新しい目標を見つけて元婚約者の騒動から一歩前に踏み出すことができたのだった。
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