第六話 天使との日々
ミシェルが立ち上がって戸惑って、ルーシュが同居のお願いをしまくってから数日。彼らは毎日を共にし、昔話をしてくれるミシェルに目を輝かせながらルーシュはメモを続けていた。
ある日のこと。城の側の草むらに座った二人は、橙色の夕焼けに染まっていた。
「お前変わってるな」
「え? どうして?」
「墓参りしたいなんて。それに、墓に案内した僕も何をしてるんだか……」
ふいとミシェルは目を背けた。普段の彼なら、人間を天使達が眠る墓場に連れて行くなんて絶対にしなかったろう。
「お前は変だ」
「そうかなぁ? でも天使の国に来て、昔生きていたひと達が眠ってる場所があるって知ったらお参りしたいって思うよ。ぼくが来て、もしかしたら気に食わないかもしれないけどさ、ごめんなさいを言いたかったんだ。それと、ここの土を踏ませてくれてありがとうって」
ルーシュは振り向くと、東にある墓に目を向けた。彼は墓の前で長いこと手を合わせ目を瞑っていたのだ。
天使の国の城の前。大戦争の最後にそこに集まっていた天使達は皆そこで命を落とした。そんな彼らを側の草むらに移動させ、埋葬し墓を作ったのはかつて生きていた一人の男だった。
彼が、そしてかつての敵の子孫が、何故こうも自分達を思うのか……。思えるのか。そして、何故そんな彼らに自分は少しでも心を許してしまうのか。
ミシェルはルーシュの姿に、彼のことを思い出して小さく溜め息を吐いた。
「分からないもんだな」
「え? 何が?」
「何でもない。お前、家に戻ったら本が書きたいんだよな?」
「っうん!」
ルーシュは元気に返事をする。初めは日記と、気付いたことの記録の為にメモをしていた彼だったが、ミシェルと話している内に本を出したいと思うようになったのだ。
「ミシェルが色々絵も描いてくれたし、きっといい本になるよ! 今ある本よりもっと詳しく天使の国について書きたいんだ」
「大変だぞ、本」
「だとしてもぼくやるよ。本当の姿を知ってほしいから。昔の本よりずっとわくわくするような、そんな楽しいやつがいい!」
張り切るルーシュに、ミシェルは仕方なさそうな、希望を抱いたような顔で微笑む。本にするには足りない情報がまだ多くあるけれど、ミシェルはいつかは過去の話も出来そうな気がした。
その日の晩、ルーシュが来てから初めて雨が降った為厚い防水布を出した。壁には釘が刺さっていて、布の方には引っ掛ける用の紐が付いていた。どちらもミシェルが作ったという。
「ミシェルは何でも出来るんだね」
「当たり前だ。……よし、ちゃんと引っ掛けたな?」
「うん、ばっちり!」
作業が終わったのを見計らって、ハクマがルーシュに優しく頭突きしてくる。どうやら撫でてほしいみたいだ。
「甘えん坊だなぁ」
「すっかりお前に懐いたな」
ミシェルはふっと微笑むと、机の側に座ってルーシュと一緒にハクマの柔らかい毛を撫でた。
「そういえばこの子何歳なの?」
「分からない。拾った時小さかったからそれから数えてる。多分……五十三? まあ寿命の半分はいってる。まだまだ元気ではあるけどな」
「そっか、長生きしてね」
ルーシュに優しく声を掛けられて、ハクマは答えるようにふがふがと鼻を鳴らす。その様子を見ていて、ミシェルはぽつりと呟いた。
「お前、僕が死んだらハクマのこと世話してやってくれないか?」
「え?」
「こいつ餌取るの下手くそなんだ」
言われてルーシュは納得する。だからわざわざミシェルはハクマのご飯も用意していたのだ。それにハクマは食べるのも遅い。自然界であんなにのんびりしていたら他の生き物にさっさと奪われてしまうだろう。ルーシュは快諾した。
「でも何でいきなりそんなこと?」
「初めて会った時に言ったろ。僕はもう三百越えてるんだ。そろそろ死ぬぞ」
「……」
固まったルーシュは、少ししてからミシェルを見ると聞いた。
「じゃあ、ぼくがお墓作っていい?」
「墓?」
「うん。駄目?」
泣くか、「嫌だ!」と駄々っ子のようになるかと思っていたミシェルは意外だとルーシュを見つめる。けれど
「墓はいらない」
そう言った。
「え、何で? ぼく見える場所で腐らせたくないよ。ちゃんと埋葬したいよ」
その言葉にミシェルは少し目を逸らす。
「墓は……いらない。なくていい」
「ミシェル……?」
苦しげな表情のミシェルに、ルーシュの少しだけ持ち上がった右手は宙で迷った。
と、ハクマがいきなり立ち上がると怯えるように隅へと移動する。
「え、ど、どうしたの?」
「……侵入者だ。よくない方のな」
きりっと顔を引き締めて、ミシェルは布の向こうを見つめる。棚から笛のような棒状の物と丸い何かを出すと、黒いレインコートを羽織った。
「お前はここでハクマと待ってろ」
「え、どこ行くの?」
「ちょっと見てくる。ハクマに夕飯やってろ」
「……まだご飯の時間じゃないのに」
呟いたルーシュと彼にくっ付くハクマを残して、ミシェルは夜の闇へと消えていった。




