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白い堕天使  作者: いとい・ひだまり
別れ編

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第二十話 天使に安らかな眠りを

「ミシェル!」

「……ん、ルーシュか」

 すっかり青年の姿になり声も柔らかく少し低くなったけれど、彼の明るさと無邪気さは相変わらずだ。ミシェルは眠っていた体を起こしあくびをした。


 本を書くとルーシュが言ってから数年が経った。彼はその間もちょくちょく天使の王国に来ては墓参りをし、ミシェルとハクマと食事を共にしたり、本をどうしたらいいか聞いたりしていた。しかし今日のルーシュの声は一段と嬉しそうで、すぐに寄ってきたハクマの頭を撫でながら、彼はミシェルの隣に座る。

「本、出来たよ! 発行されたよ! ぼくとミシェルで作った本!」

 ルーシュは肩掛けバッグから一冊の本を取り出した。『ぼくが見つけた白い堕天使』。表紙にはそう書かれている。著者はルーシュとミシェル。

「見せてくれ」

「うん!」

 暫くミシェルは黙って本を読んでいた。ハクマはというと、ルーシュの膝に頭を乗せて気持ちよさそうに撫でられて。

「いい出来だ。よかったな、本が発行出来て」

「うん。すごく疲れたよ。でもすっごく楽しくて、充実してた!」

「それはよかった」

 ミシェルはルーシュに本を返すと、その流れで自分もハクマを撫で始める。

「こいつの世話のこと、ちゃんと覚えててくれてるよな?」

「当たり前だよ。どの植物をあげたらいいかも教えてもらったし、ぼくは今日からだってここに住めちゃうようにもう全部準備してあるんだからね」

「にしては荷物が少なくないか」

 ミシェルはルーシュの肩掛けバッグに目をやった。本と、数着の服しか入っていなさそうなペラペラ具合だ。

「ミシェルの家に色々あるもん」

「お前なぁ……」

 はぁ、と息を吐いた彼だったが、特に何も言わず家の入り口の方を見る。

「お前に何度も墓墓言われたから、僕はもう決めた。この家の横に穴掘っといたから、僕が死んだらそこに埋めてくれ」

「えっ、入る時にあった穴それ用だったの⁉︎」

「お前に墓掘らせるのは悪いだろ」

 本人は至って真面目なようだが、ルーシュは何だかおかしくて少し笑ってしまった。それにハクマが何かと頭を持ち上げる。

「ごめんごめん。なんか、真面目だなって思って。……ねえミシェル、ぼくが死んだらさ、この王国の麓に埋まっていい?」

「何だ、埋まるって」

「やっぱり駄目かな……。王国の亡霊はぼくが受け継ぐからさ」

 真剣な表情で頼むルーシュにミシェルは一瞬だけ迷ったが……頷いた。ただし

「好きな場所には好きに埋まれ。でも亡霊はいい」

「え、どうして? 今までミシェルがそうして守ってきたのに」

「もういいんだよ。天使……僕は堕天使だけど、とにかく天使の生き残りがいないのに亡霊なんてやってたら、本当の亡霊になっちまうだろ」

 その言葉にルーシュはぱちぱちと瞬きした。そして「確かに」と笑う。

 ミシェルが死んだら、それで本当に天使の王国は眠るのだ。それでいいとミシェルは言った。この先、王国の姿が崩れて違う国が新たに出来ようとも、それでいいのだと。

「それに、お前は本を書いた。村人から聞いた話によると好評だったんだろ?」

「うん、知れてよかったって。特にミシェルとの会話が面白いって人気だったよ」

「面白……」

 一瞬どっちの意味かと考えたミシェルだったが小さく首を振る。

「とにかく、これからは亡霊じゃなくて人の心が王国を守ってくれる筈だ。遠い未来のことは分からなくても」

「ミシェル……。うん、そうだといいな。ぼく達が書いた本が、彼らにとっても安らぎの一つになるのなら」

 優しい声色で言ったルーシュの横顔を見つめて、ミシェルは静かに微笑む。そんな彼らの手にハクマが鼻をすりすりと寄せた。

「ああ、僕もそう思う。……ミシェル、お前と書いた本は、僕の過去を振り返るものだった。僕の痛みを包んでくれたのはお前だ、ルーシュ。ありがとう」

「……なあに? 急に」

 そう言うルーシュの声は丸くて柔らかい。

「いいや。お礼だよ」

「そっか。あのね、ぼくもミシェルに会えてよかったよ。ぼくの人生で一番のいいことだ」

 ルーシュは微笑んで、真っ直ぐにミシェルを見据えて言った。「あ、もちろんハクマに会えたこともね」と付け足し彼を撫でて。ぶふっと嬉しそうにハクマは鼻を鳴らした。

「……本当に、人生の最後に会えたのがルーシュでよかった」

「……ミシェル?」

 次の言葉がないからと彼の方を向いたルーシュは息を止めて、そして、ゆっくりと震えながらもそれを吐いた。

「ミシェル……ありがとう。ありがとうね、ミシェル。ゆっくり……眠ってね」

 こうしてミシェルは、ルーシュとハクマに見守られ人生の幕を閉じた。


 彼は実に色々なことを経験した。色々なものにもなった。天使、兵器、堕天使、追われる身、果てには亡霊にまで。けれどその死に顔は、ずっと穏やかに柔らかい笑みを浮かべていた。



 ――大戦争から三百年と少し。ついに眠ってしまった天使の王国は、今日も穏やかに時を進めている。緑の木々や小さな植物が風に揺れ、鳥の鳴き声がする。そして、四足の動物のゆったりとした足音と鼻息、青年の靴が鳴らす少しだけ寂しげな音。


 小さな瓦礫で出来た墓石にはミシェルの名前が刻まれている。亡霊となった堕天使の名前が。


 そこへ二つの花がそっと供えられた。一つは人間の手から、もう一つは動物の口から。

 静かに涙を流すルーシュに、ハクマがそっと寄り添う。そんなハクマをルーシュもそっと抱き寄せると、微笑んだ。

「どうか、安らかな眠りを」







最後まで読んでくださりありがとうございます。これにて物語はおしまいです。


裏話、ボツはこちら。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26218981

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