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白い堕天使  作者: いとい・ひだまり
出会い編
2/12

第一話 天使の石像

 大戦争で削り取られた人間の国々の大部分は草原となり、残っていた街のかけらからまた新たな国が一つ、二つと復活し今に至る。まだぎりぎり少年と言えるだろうか、ルーシュはその国の一つから七日程かけてこの天使の王国の跡地へとやってきた。本の世界でしか天使のことを知らなかった彼は、本物に触れたいと思い街を出てここまで一人で旅をしてきたのだ。

 そして今、未知の世界の空気を胸いっぱいに吸い込んで、ルーシュは一歩足を進める。

 少し薄汚れたり色褪せたりはしていたが、本には所々挿絵が付いていた。王国の中心に建つ白く立派な三角屋根の城と、そこを中心に下っていく傾斜に並び立つ白い民家。円状に出来た天使の国はとても綺麗だったが現在ではその面影などなく、山と化したそこは瓦礫とそれに生える苔、植物で埋め尽くされている。そんな悲しい姿であっても、彼にとってはわくわくと、どきどきを感じる場所だった。

 そんな彼は深呼吸すると大きな声で

「っお邪魔します!」

 とお辞儀をする。ルーシュはかつて国への入り口だったのだろう門の残骸を乗り越えると、王国跡へと足を踏み入れた。


 暫く草と瓦礫の中を進んでいると、不意にガサゴソという草を踏むような音と、僅かな水音がした。ルーシュは辺りを見回す。しかし近くに音の主と思われる者はいない。ルーシュは気にしながらも探索を続けた。見えるのは、元は白かったのだろうが焦げたり苔に侵食されたりした民家の壁や日用品。少しでも手に取ってみると、ぱらぱらと崩れていく。それにルーシュは少し寂しさを覚えた。

 また暫く進むと、建物の陰から真っ白な毛並みの動物が現れた。全長一メートル、体高五十センチ程のガフという生き物だ。ぽてっと丸みを帯びた体をしており、鼻が少々長い。ルーシュに見つかり慌てたのか、四足で頑張って走るがそんなにスピードは出ていない。

「ふふっかわいいっ」

 ルーシュはそんなガフの後をゆっくり追いかけた。と、広場のような場所に出る。

「っわぁ! 天使の石像だ!」

 見るなり、空色の瞳をきらきらと輝かせてルーシュは駆け出した。小さめな噴水の真ん中に、青年……というよりは少年の方が近いだろう風貌をした等身大の石像が座っている。周りと違いやけに白くて綺麗だが、ルーシュはそのことには気が付かない。

「すごぉい! 天使の石像だ! 天使の……ん?」

 近くまで来て、彼は異変に気が付いた。彼が天使だと思っていた石像に大きな翼はなかった。

「これ……人間の像……?」

 ルーシュは横に回って、石像の後ろ側を確認してみる。するとそこにはしっかりと翼が生えていたが、前腕より少し長いくらいの長さしかない。伸ばしていれば前からでも天使だと分かったろうが、畳まれていた為見えなかったのだ。

「翼が短い天使もいたのかな?」

 ルーシュは本の中でしか天使を知らない。本には個体によるが一メートル程と書かれていた。

 彼は持ってきていたノートにメモと模写をしようとペンとノートを取り出す。が、

「やっぱりおかしいよね?」

 翼の短い天使像と、辺りの様子を見比べる。辺りは薄汚れていて所々苔が生えているにも関わらず、石像は真っ白だ。そして雨が降った訳でもないだろうに像には水がしたたっている。まるで本当に生きているかのように。

「最近建てられたのかな? ……でも誰が何の為に?」

 ルーシュは取り敢えずさらっと、見つけた石像の情報をメモするとバッグにしまう。噴水のふちに膝立ちすると石像を観察してみた。

「うーん、綺麗な顔立ち。肌もサラサラ。石像らしい美しさ。だけど……やっぱりちょっと綺麗すぎるよね。……失礼しまぁーす」

 一応断ると、ルーシュは自分の手を伸ばして石像の肌に触れてみた。

「ん?」

 そこは何故か柔らかくて、心なしか温かいような気もする。不意に吹いた風にルーシュが目を細めたその先で、天使の髪が揺れた。

「こ、これ……石像じゃない……。ということは……」

「いつまで触ってんだ! このド変態がぁッ!」

「ぎゃああああっ! ごごごごご、ごめんなさいぃ!」

 立ち上がった石像にルーシュは驚いて噴水から転げ落ちる。どすん! と音を立てて尻もちをついた。

「みみみみみ、ミイラがしゃ、喋って……」

「ミイラぁ? 馬鹿かお前。ミイラがこんな湿った場所にいる訳ないだろ」

「え? じゃ、じゃあ……天使?」

 腰を抜かしたルーシュに、彼は黙って頷いた。

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