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白い堕天使  作者: いとい・ひだまり
過去編

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第十四話 「天使の王国は滅んでしまった」

「お前……軍を抜け出してきて殺されないのか?」

「一時的に出てるだけなんだ。休憩みたいなものだよ。ただ、毎日ここへ来ていたら怪しまれるから暫くは来れない」

「……別に、来なくていい」

 泣き腫らした目でミシェルは答える。滝の水で冷やし男に包帯を巻いてもらった翼で、心細そうに肩を抱いて。

 そんな痛々しい姿に男は歯を食いしばる。出来るだけ優しく手当てしたつもりだったが、ミシェルはその間もずっと涙を流していた。人間の国に行った両親が帰ってこないとか、その途中で捕まったとか、光線を撃つ時もその前も後もずっと恐ろしかったとか、瓦礫の下にいた天使を助けられずにそのままその天使が死んでしまったとか、そういう話をしながら……。

「……まだ痛むか?」

「ううん。もうあんまり痛くない。……ねえ、次来る時教えてよ。僕の国がどうなってるか」

「分かった。……もう一人で国に向かったりしないと約束してくれるか?」

 それにミシェルは少し俯いて小さく「うん」と答えた。今回、頂上に着く前に光線が飛んできた。向かえば次こそ命を落とすだろう。



 それから約一週間後。何故かボロボロだったもののやってきた男にミシェルは内心ほっとした。頼れる者が彼しかいなかったのだ。男が持ってきてくれた食料は僅かだった為、このところ一人ぼっちで森を歩いては木の実や果物をかき集め何とか生きていた。

「よかった、生きていた」

 男はミシェルを見て心底安心した様子で笑ったが、「悪い報せだ」と次には暗い表情になっていた。


 天使の王国は滅んだ。光線を撃たれ、最後には火が放たれた。一昨日、一段と明るかった空の謎が解けたミシェルは膝を付いた。

「もう誰も、残ってないのか……?」

「恐らく……」

「お前も、やったのか?」

「いや、私はこのところテントの中で縛られていた」

 その言葉に疑問を持ち首を傾げたミシェルに男は続ける。

「君と話した後、何故か……我慢が出来なくなってしまって。光線が撃たれるのを待っている時に、もうやめてくれと叫んだんだ。その後走り出そうとしたら押さえられて、滅茶苦茶に手足を動かして誰かを多分……殴った。それでこの(ざま)だ」

 所々腫れた顔を指差して彼は苦笑する。刃向かった為に数日間隔離されていたらしい。それで昨日辺りにようやく出てこれたという。

「何で暴れたんだ。……馬鹿か」

「馬鹿だきっと。君を残して死ねないのに」

「……死ねるだろ。僕は天使なんだから、お前より長生きだ」

「……そうだな」

 現在守るべき存在ではあるものの、本来彼らの人生は長いのだということを男は思い出す。そしてどうか、この先のミシェルの人生に幸があるよう願うのだった。


 天使の国の火は消され、生き残りがいないかの捜索が国の中で始まっていたのだが、男は「ここも危ないかもしれない」とミシェルに伝えた。

「じゃあ、もっと西に行くのか? でも、森が深まって日の光が少なくなる」

 暗い森を想像して、ミシェルは俯いた。男は一緒に来てくれる訳ではない。そんな寂しく怖い場所で一人でいたくなかったのだ。

「捜索は取り敢えず一週間だ。それまで隠れていてくれればいい。一週間後に私はまたこの場所に戻る」

「……絶対だぞ」

「約束する」

 男は言葉よりもずっと強く心の中で誓った。恐らく天使の国の最後の生き残りとなってしまった彼を、どうしても守ってやりたかったのだ。それは小さな贖罪だったのか、彼の中で果たせる精一杯の正義だったのか、もしくはそのどちらもか。



 男が出て行って間もなくだった。

「……ねえ、行かないの?」

「でもやっぱりちょっと、緊張するじゃん」

「大丈夫、大丈夫。行こうよ。お母さん達にも行ってらっしゃいって言われたし。お腹空いてるよ、きっと」

 数人の子ども達は滝の側で話し合っていた。手には、村で作ったクッキーが詰まった袋を持っている。数分そこで悩んでいた彼らだったが、一人が意を決して滝の前に飛び出した。

「あ、あのさ! ご飯あげる!」

 しかし滝の向こうからは何も返ってこない。

「聞こえてないんじゃない? もっと大きな声で」

「じゃあお前らも一緒に言えよ」

「大きな声出して軍に見つかっちゃダメだよ」

「じゃあ滝の向こう行こう」

 わいわいと話しながら近付いてくる子ども達にミシェルは心臓をばくばくさせて、男が渡してくれた布を引っ被ると隅で縮まった。

「こんにちは。ぼく達ここの近くの村でひっそり住んでるんだけど、最近走り回ってる君を見つけたんだ。うちの村においでよ。匿ってあげる」

「わたし達他の人間からは嫌われ者の一族だから、君を突き出したりしないよ」

 その言葉にミシェルは少し考えたが、信用出来ず動かなかった。けれど暗がりに目が慣れてきた子ども達は、隅に丸まる布を見つける。

「そこにいるの? クッキー持ってきたんだけど、食べる?」

「……」

「あ、毒が入ってないか気になってるなら大丈夫。今から食べて安全だってのを証明するからさ。ほら、見てて」

 うずくまるミシェルは布を少しだけ持ち上げて目だけを出した。それを見て、子ども達の内一人が袋からクッキーを一枚取るとサクサクと食べる。そして、もう一枚……。

「ちょっと、それこの子にあげるんだから沢山食べないでったら」

「ち、違うよ。ぼくはただ毒味をしようと……」

 言い訳をする男の子に女の子が睨みを利かせた時

「……ぅめ」

 二人の後ろで知らない間にクッキーを取っていた男の子が呟いた。

「あ、こらっ」

「うわ、いいじゃんちょっとくらい。ケチッ」

「なんですって〜⁉︎」

 子ども達が騒ぎ始めて、くだらなさを感じてきたミシェルはそっと起き上がる。お腹も空いてきていた。

「……クッキー、ちょうだい」

「っうん!」

 そう言ったミシェルに、心を開いてくれたんだと思った子ども達は心底嬉しそうにクッキーを差し出した。

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