第十一話 天使の亡霊
「僕は堕天使だ」
その言葉が発せられて、皆は困惑したように目と目を見合わせた。ルーシュは首を傾げて、どういうことだろうとミシェルの言葉の続きを待っている。ミシェルは小さく息を吐いた。
「『天使の素』を使ってる。天使の国で取れるあの石は、砕くと白い染料になる。染める力が強い。だから僕はあれを使って天使の姿で生きてた」
「そうだったのか……。じゃあ亡霊はあんたで合ってたんだな」
ギルアは答え合わせにほっとしたような顔で言った。言い伝えられてきた話では、亡霊は翼の短い堕天使だった。
「そうだ。……だけどお前達、まだ眠った奴らをそのままにしてるのか?」
ミシェルは集会所の端にいる彼らをちらりと見る。
「ああ。あれは俺達が渡す対価だと思ってる。だから自然に目が覚めるまで待ってるんだ」
「全く、馬鹿か。お人好しばっかりだな。いいって言っただろ。その辺に生えてる草で解毒剤が作れるんだから、それで起こせばいい。カムフラージュの為にお前達村人のことも眠らせてるだけだ。大体毎年、終戦日の辺りに国に来るだろ」
「いや、あれは麓にそっと花を置くだけで中には入らないし……」
「別にいいって言ってるだろ。変に畏まられても困る。お前達のことは恨んでなんかいないし、何なら感謝してるんだ。いいからとっととあいつら起こせ」
「……じゃあ、そうする。……いつもありがとう、ミシェル」
ふん、と顔を背けたミシェルとルーシュの目がぱちりと合った。この村の者とは長い付き合い故にこれだけの説明だけで済んだが、ルーシュは話に置いてけぼりだった。
「あの、えっと? つまりミシェルは堕天使で、亡霊? ってことで合ってるよね」
ミシェルは頷く。
「亡霊って、結局何をしてたの?」
「亡霊は……ええと」
ギルアが答えようとしたが、亡霊のやっていることを村の者以外に事細かに説明していいものか悩んで、結局ミシェルが説明した。
「侵入者を追い出してる。天使の国とその周辺に生えてる草を調合して、作った薬を筒に仕込んでる。それを侵入者の近くで吹いて肌に付着させるんだ。そうすると眠って最大三日は起きない。怖がらせる為に丸い楽器を吹いてる」
「ああ〜!」
ミシェルが出ていった時に持っていた物の正体が分かって、ルーシュはぽんと手を叩いた。つまりは、ミシェルは『亡霊』になりきって来た人来た人を怖がらせ、呪いに見せかけ眠らせては退散させていたという訳だ。
「言ってよかったのか?」
「ルーシュはいいんだ」
ギルアの言葉にミシェルはそれだけ答えたが、信用しているということだろう。それにルーシュは何だか嬉しくなった。
「でもどうしてぼくのことは眠らせなかったの?」
「僕が水浴びしてる時に来ただろ」
そう言われて、ルーシュは「最悪なタイミング」と言われたことを思い出す。
「それにお前は石が目当てじゃなかったみたいだしな。平和ボケしたただの観光客だ」
「平和ボケって……。でも、亡霊のことは本に書けないね。亡霊に中身がいるってバレちゃったら怖がってもらえないもん」
「本?」
ギルアが聞く。
「うん、ぼく自分の家に戻ったら本を書くつもりなんだ。それでミシェルに色々教えてもらってるの」
それに彼らは少し心配そうな顔をしてミシェルの方を見たが、彼は「嫌ならメモ取らせてない」と散れ散れと手を振った。それを受けて皆は二人と一匹から離れていく。
「え、みんなもうお話聞かないの?」
「後は俺達は知ってるんでな」
「ルーシュくんだけ聞きなさいな」
取り残されて、辺りはわいわいと騒がしくなる。ルーシュは再びミシェルに向いた。
「僕の体験談は、本を書くのに丁度いい筈だ。堕天使になった訳も、その後の王国の様子もな」
「……聞いていいの? その、翼が短い理由も」
それにミシェルはゆっくりと頷いた。話す覚悟は出来ているらしい。
「事は三百年と少し前。僕が十の時だった――」




