第十話 天使の秘密
「亡霊とは違うのか? 天使はまだいたのか? 俺達は堕天使の……」
「スープが出来ましたよ〜」
緊迫した空気を打ち消し入ってきたのは中年女性達。彼女達が持つ鍋からスープのいい匂いがしてきて、ルーシュのお腹がぐぅと鳴った。
「あら、ルーシュくんのお友達……」
言いかけた女性の目が、ミシェルの髪に向く。一瞬驚いた様子を見せたけれども嬉しそうに
「食べてって。いつもこの人達が天使の国にお邪魔する時は纏めて作るんだけど、沢山あるから遠慮しなくていいわよ」
とミシェルに微笑んだ。それを受けて、今度はルーシュがミシェルの腕を引っ張る。
「ご馳走になろうよ。ぼくお腹空いちゃった」
ミシェルが躊躇っていると、ハクマが彼のお尻を押した。
「お、おいっ」
小さく抗議するが、ぶふぶふとハクマは楽しそうに集会所の中へとミシェルを押し込む。ルーシュも彼の腕を引っ張るので、溜め息を吐いたミシェルは諦めて向かうのだった。
「デザートにパイが焼いてあるからね」
キノコと葉物野菜のスープ、それからチーズとパンが出されて、それぞれ自由に床に座る。女性の言葉にミシェルの顔がぱっと明るくなった。
「よかったね」
ルーシュの言葉にこくんと頷くミシェル。もぐもぐとご飯を食べる彼は、いつもルーシュと食べる時より緊張しているように見えるが、表情は固くない。むしろ微笑んでいるような気もする。久しぶりに大勢で食事をするのが嬉しいのかもしれない。
「それで……聞きたいことがあるんだが……いいか?」
ギルアがそそそと近付いてきて近くに座る。ハクマは温かいご飯の空気で眠くなったのか、ミシェルの前に横たわっていたが目を閉じた。
「ルーシュは、ミシェルが天使だと……?」
「う、うん。知ってたよ」
「俺達は堕天使の話は知ってるが、まだ天使が生きてるとは知らなかった。しかし名前と翼……」
ギルアの目が、レインコートを着てリュックも背負ったままのミシェルの背中に向けられる。普通の天使ならばそれくらいで翼は隠れはしない。もぐもぐと咀嚼を続けていたミシェルはそれを飲み込むと、ちらりとルーシュの方を見た。
ルーシュは何も知らない。このまま適当にやり過ごして帰ってもいいが、過去の話をするには丁度いい機会だろうとミシェルは口を開いた。
「ルーシュ、お前のカバンやるからいつもみたいにメモでもしろ」
「えっ? 何でぼくのバッグ持ってるの?」
ミシェルがやっと下ろしたリュックの中から出てきたそれに、ルーシュは目を丸くした。
「お前が服汚してたから持ってきたんだ。あとリュックの形保つ為にわざわざ他の荷物入れるのが面倒くさかった」
確かに、ルーシュのバッグを出したミシェルのリュックは割とペラペラだ。念の為持ってきたのだろう、底に包帯と薬瓶だけを残して。
「大体、侵入者だって言ったのに自分の荷物を置いて出るなんて不用心すぎる」
「う、確かに……。ありがとう、持ってきてくれて」
「ん」と短く返事をするミシェル。そんな二人のやり取りを見て、ギルアは少しだけ意外に思うも微笑んだ。天使であるミシェルが、ルーシュという人間の友達を作っていたことに。
「じゃあ準備出来たみたいだから話す。もう面倒くさいから全部話してやる。お前らも聞きたいなら耳をそばだててないで、ちゃんとこっち向いて聞け」
その言葉に、静かに食事をしていた男達はそろりとミシェルに向いた。少し離れた場所でパイを切り分けていた女達も、それを持って近くへと寄ってくる。
「なんだ、みんな聞きたいんだね」
「悪いな、やっぱ気になっちまってよ」
へへへと頭を掻く男にミシェルは小さく溜め息を吐く。
「じゃあ手っ取り早く疑問を解消する為に……教えてやるよ」
ミシェルの声が一瞬震えたことに、ルーシュは気が付いた。そんなルーシュの瞳を見つめ、ミシェルは覚悟を決めたように一息吸うと言った。
「僕は、堕天使だ」




