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愛の記憶

 日が沈みかけていた。

 アネットは窓を少し開け、ソファに座るとゆったりとくつろいだ。

 マリナに会ってとても疲れを感じていたから。

 アネットがそのままソファで横になると、少しだけ開けた窓から心地よい風が入ってきた。

 全身を天使の羽根で優しく撫でられるようなそんな感覚に包まれながら、アネットはいつのまにか深い眠りにおちた。

 アネットは父との思い出に浸りながら小さい頃の夢をみていた。

「あたし天使の絵を描くお絵描きさんになりたい」

 まだ幼いアネットが青空を心地よさそうに飛び回る天使達を仰ぎ見る。

「アネットは天使が好きだね」

 父親が微笑みアネットを肩車する。

「だってあたし天使だもん」

 アネットは父親の肩の上で天に向かって大きく手を広げた。

「アネットは天使だよ」

 父親がそう言うとアネットの背に白い羽がついた。

「もちろんよ!」

 アネットは羽を広げふわり浮き上がる。

「アネットに、天使がいる世界中の美しいところをすべて見せてあげるよ」

 いつのまにか父親にも白い羽がついている。

「わーい!」

 アネットと父親は青い空を自由に飛び回った。

「アネットは天使になんだよ!」

 父親がアネットをもっともっと高いところに手招きする。

「あたし天使なんだね!」

 アネットは天を越え宇宙にまで飛び出した。

 それから夢には、アネットが父親と一緒に旅した世界中の美しいところ、地中海の青い海やアルプスの壮麗な山の風景、砂漠の神殿やライン川の神秘的なお城の数々、あるいは北欧のエメラルドの水をたたえたフイヨルドの雄大な大自然を、幸せそうに見てまわる光景が次々と流れた。

 しばらくするとアネットは、見渡す限りキラキラ輝く緑の草原で、優しい風に吹かれていた。

 そこにはピンク、黄色、オレンジ、紫、色とりどりの美しい花がたくさん咲きみだれていて、蓮華の香りが漂っている。

 青空にはクリッとした目の可愛い小鳥たちが群れをなして楽しそうに飛んでいた。

 とつぜん幼いころ家族のように可愛がっていた愛犬がとびついてきた。

 愛犬はアネットについてくるようにいうと、エメラルドグリーンの澄み切った湖のそばにある、白い木造の家にアネットを導く。

 アネットが家に近づくと玄関の前に、亡くなったはずの父親と母親が立っていて、アネットに笑顔で手を振っていた。

 アネットは嬉しさのあまり涙がとまらない。

 父親も母親も涙を流して喜んでいた。

 アネットは父親と母親が立っているところまで飛んでゆくと、三人はしっかりと抱き合い、愛犬も嬉しそうに尻尾をふっていた。

 父親と母親は、今はいつも一緒でとても幸せだといい、そう言うと父親は微笑みながらアネットに一冊の薄い本をみせた。

 それは天使の童話集と書いてあり、父親がその童話集をアネットに手渡すところで夢から覚めた。

 目を覚ますと朝日が部屋に優しくさしこんでいた。

 アネットは夢の中で父親と母親に再会できてとても幸せを感じた。

 寝ているときも涙が流れていたけれども、目が覚めてからもたくさんの涙がこぼれおちた。しかし、二人ともいつも一緒で、天国で幸せに暮らしていることがわかったので、アネットはとても安らかな気持ちになれた。

 アネットは夢の中で父親から手渡された天使の童話集のことを思い出した。

 すぐにあの雑誌のことだと思い、机の引き出しを探すとピエールの天使の童話が掲載された雑誌を見つけた。

 アネットがページをめくりピエールの童話を一字一句ていねいに読みかえすと、童話の一篇一篇に込められた、彼の愛の想いが魂に伝わってくるのを感じる。

「心に響いても魂に響かないと、すべてがそう。この童話は魂に響く天使の童話」

 アネットはピエールの童話を読んで絵のイメージがどんどんわいてきた。

 童話からこれほどまでにエネルギーとインスピレーションを感じたことはなかった。

 アネットはとつぜん素敵な天使の絵のイメージが降りてきたので、あわててアトリエにはいり、部屋にあったもっとも大きなサイズのキャンバスに絵を描きはじめた。

 童話を読んで感じたさまざまなイメージ、懐かしさ、愛しさ、優しさ、心地よさ、それ以上の言い尽くせない想いをそのままキャンバスに表現した。

 光り輝く宝石のようなたくさんのイメージは天から降りてきたとしか言いようがなく、絵はほとんど一日かけて描きあげた。

 アネットはお昼まえから描きはじめていたので気がつくと夜になっていた。

 イーゼルに立てかけられたキャンバスには、幸せそうに手を繋いでいる二人の天使が、美しい羽をひろげ、ピンクゴールドの光に包まれながら、虹色の光にむかって飛んでいる姿が描かれていた。

 アネットは出来上がった絵をみると魂から響く幸せを感じた。

 そのとき不思議なことがおきた。

 カーテンの隙間から金色に光る玉が舞い降りてきたのだ。

 アネットは舞い降りてきた光の玉を両手で大切に受けとめ、光の玉が手のひらから零れ落ちないようにゆっくりとソファに腰掛けた。

 光の玉はアネットに話しかけてきた。

「絵をみながらそっと目をとじて」

 アネットが光の玉にいわれたとおり二人の天使の絵をみながら静かに目を閉じると、自然に瞑想にはいっていく。

 すると瞑想の中でアネットは天国でのことを少しだけ思い出した。

「青い空、心地よい風が吹き抜ける緑の草原、色とりどりの花々や、光の柱の中を小さな天使たちが楽しそうに飛び回っている様子。愛しいルーラン。そうわたしたちはとても深く愛し合っていた……幸せな毎日、わたしはエリーナ、彼はルーラン、わたしたちは恋人同士だった。そして、あっ! あの占い師は天国でネへーラだった。そうネヘーラの嫉妬がわたしたちを引き裂いた。わたしはルーランを追って地上に舞い降りてきた」

 アネットが地上におりたったところで、彼女は静かに瞑想から覚めた。

 気がつくと手のひらから光の玉はいなくなっていた。

 不思議な光の導きで彼女は自然と瞑想にはいり、断片的であったけどたくさんのことを思い出した。

「ルーランは転生してこの童話をかいたピエールという人に生まれ変わったのだわ。きっとそう。でも彼はわたしに気づいてくれるかしら……」

 突然降りてくる魂の記憶に戸惑いながらも、アネットの心は不安よりも期待で大きく膨らんでいった。

「明日、すぐにでもピエールさんに連絡してみよう」

 カーテンの隙間からみえる星の光は、アネットを励ますようにキラキラと瞬いていた。


 翌朝、さっそくアネットはピエールの童話が掲載された雑誌社に連絡してみた。電話をしてみると話中でなかなか繋がらなかったが、時間をずらして掛けなおすとようやく繋がり、雑誌社の人と話すことができた。

 アネットは手元にある雑誌のバックナンバーを担当者に伝えて、天使の童話を投稿したピエールの連絡先を調べてもらおうと思った。

 ところが雑誌社の人は、掲載された作品の作者の連絡先までは保管していないという。期待が大きかっただけにアネットの落胆ぶりは激しかった。

「でも彼は必ずパリにいるはずだわ。それにまた雑誌に童話が掲載されるはず。この雑誌にかぎらずほかの雑誌や新聞にも投稿しているかもしれないわ……」

 アネットは美術学校にいくとすぐ図書館に行き、ここ数ヶ月間の雑誌や新聞をほとんど探してみた。しかし、どこにもピエールの童話を見つけることができない。

 もしかしたらブログがあるかもしれないと思ってインターネットで、天使の童話や、ピエールを打ち込んで検索をかけてみたけれども、それらしいブログもヒットしない。

 アネットはとてもがっかりした。

 せっかく父親の死から立ち直ったように見えていたアネットが、今度は作家の連絡先がわからないと言って、ふさぎこんでいるのを見かねた親友のサラがアネットにある提案を持ちかけた。

「わたしの知人が経営しているモンマルトルのカフェには、パリで活躍する新人の詩人や作家、芸術家がよく集まるの。そこにあなたのあの二人の天使の絵を飾らせてもらったらどうかしら。雑誌に童話が載るような方ならそのカフェに通っているかもよ。そして、もしあなたが思うとおりの人なら、あなたの絵をみて必ずピンと来るはずだわ」

 アネットに選択の余地はなかった。

 話が決まると二人はすぐにサラの知人が経営するというモンマルトルのカフェを訪れた。  

 二人がカフェに入ると、カウンターの中央にいる五十歳台半ばぐらいの、口髭が少しある感じのいい紳士が、愛想よく二人に挨拶した。

「いらっしゃいませ。サラさんお久しぶりですね!」

 ムッシュとサラは親しげに肩をだく。

「こんにちはムッシュ!」

 サラはアネットを紹介した。

「そちらのお嬢さんは?」

 ムッシュが握手のため手を差し出す。

「親友のアネットです」

 サラに紹介されてアネットはにこにこしながらムッシュと握手を交わす。

「はじめましてアネットです。落ち着いた雰囲気の素敵なお店ですね! 壁に飾られているどの絵も素晴らしいです!」

 アネットは瞳を輝かせながらそこここに飾られた絵や彫刻を褒めた。

「アネットさんありがとうございます! このお店の絵はすべて、画家を夢見てこのモンマルトルにこられた方々が描かれた作品ばかりなのですよ」

 ムッシュが話し終わると、三人はあらためてお店の中にたくさん飾られている、モンマルトルの街並み、キラキラ輝く朝のセーヌ川、パリの夜景などを描いた沢山の叙情溢れる絵を見た。

 おたがいの挨拶が終わると、サラはお店のムッシュにアネットの絵を紹介し、そしてある人を探すためにアネットの絵をお店に飾らせて欲しいと相談した。

 アネットがムッシュに天使の絵を描いたスケッチブックをみせると、そこにはたくさんの可愛らしい天使の絵が描かれていて、もちろんそのなかに二人の天使の絵が描かれたデッサンもあった。

「すばらしい……」

 ムッシュは無言でアネットのスケッチブックの絵をみていたが、しばらくして口を開いた。

「絵をみてこんなに心地よい気持ちになれたのは久しぶりです。ありがとうございます」 ムッシュはアネットの絵をいっぺんで気に入り、お店の一番目立つところに二人の天使の絵を飾ることを快く引き受けてくれた。

 アネットは必ずピエールから連絡があると信じた。

「神様のお導きがあったから必ず彼に会えるはず。わたしが瞑想中に感じたことを彼も同じように感じているはずだわ……」

 アネットは二人の運命を信じてピエールからの連絡を待つことにした。



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