宿縁
そんなアネットを心配した親友のサラが、気晴らしにアネットが探す魂の伴侶にいつ出会えるのか占ってもらおうと提案した。
サラはアネットがいつも話す魂の伴侶のことを信じてくれている唯一の理解者だ。
「パリに、最近よく当たるって評判の占い師がいるのよ。カードリーディングで未来を見通せるって今すごい人気なの」
サラは自信満々に言う。
「そんなによく当たるの? あまり気がすすまないわ。恐い結果がでるかもしれないし」
アネットは直感的に不安を感じた。
「大丈夫よ。じつはあたしその占い師のお店にいったことあるの。マリナって女性だけど、魔法使いのような怖いお婆さんが出てくると思っていたら、若くてすごい美人だったからびっくりしたわ。しかも優しくて感じがいいの。タロットと天使のカードを使うから恐い結果はでないよ。すべて前向きなアドバイスをくれるの」
はしゃぐように話しながサラは笑顔を見せる。
「天使のカードって本屋で見たことあるわ。すごく可愛くて綺麗なカードよね」
アネットはしぶしぶサラに調子を合わせる。
「どう? 行ってみない? アネットの魂の伴侶さん案外近くにいるかもよ」
アネットは気がすすまなかったけれど、サラがあまりにも熱心に言うので、一度ぐらいならとマリナのお店に行くことにした。
ところがマリナのお店に予約を入れていざ行こうとすると大雨で道路は渋滞し、結局マリナのお店に予定よりも一時間も遅れて着いた。
アネットは雨が降ったのは天からの警告のサインのような気がしてならなかった。
やはり来るべきじゃなかったのかしら。
マリナのお店はパリ十二区のベルシー・ヴィラージュというショッピングモールの中にある。昔ここはワインの倉庫街だったところで、ブティックやレストランが入るお店は、煉瓦造りのワイン倉庫をそのまま活用したお洒落なお店ばかり。
マリナのお店も天使のカードや天使の絵、置物、アクセサリー、本など、天使に関する品物を数多く揃え、占いのお店というよりはまるでブティックのように綺麗で可愛いお洒落なお店だ。
アネットとサラがお店の入り口を入ると、天使のような衣装を身に着た可愛らしい女性スタッフが笑顔で出迎えてくれた。大学生になったばかりだろうか、二人ともまだ高校生のような幼い顔をしていた。
二人はカウンターで受付をすませ、マリナが待つ奥の鑑定ルームに向かう。そこには黒いクロスをしいた大きな丸いテーブルをはさんでマリナがいた。もちろんテーブルの上にはコロナ対策のアクリルの仕切りが立ててあった。
ほのかなウェーブの長い黒髪、紫色の瞳、黒いドレスにまばゆいばかりのアクセサリー、華奢なとび色の首にはゴールドのヘビのネックレスが輝き……マリナはとても占い師には思えないほど若くて美しい女性に見えた。
アネットはマリナの正面の席に座るようサラに促されたので、仕方なくその席に座り、サラがその隣の席にすぐに腰かけた。
アネットが硬い表情でマリナに向き合う。
「今日はおこし下さってありがとうございます。さ、もっとリラックスしてくださいね」 マリナはそう言って微笑む。
アネットはなぜか落ち着かなかった。
この正面にいるマリナという女性に本能的に危険なものを感じたのだから。
マリナもまたアネットにいいようのない不愉快さを感じていた。
マリナが「今日はどんなことを占いますか?」 と質問したが、アネットはうつむいたままなかなか返事をしない。
サラの話に乗ってきたものの、アネットはなぜかマリナに魂の伴侶のことを話す気になれなかった。
自分の中のもっとも大切なものを他人に触られたくないという思いもあったのだけれども、それ以上に目の前のマリナには絶対に話したくはないと強く思ったから。
「なにかとても寂しそうな感じに見受けられますが、最近、心を痛めるような、とても悲しいことでもありましたか?」
アネットがなかなか質問にこたえないので、マリナは質問を変えてより優しく尋ねてきた。
「は、はい……」
アネットはつい返事をした。
父親が亡くなったショックで心のバランスを失っていたアネットは、マリナのなにげない質問に心の中を見透かされたように感じて動揺し、なにもかもついうっかりして話してしまった。
「先月 父が急死して、身体の一部をもぎ取られるほどの辛い悲しみをあじわいました。 母はすでに他界しているので、もう年老いた祖父母しか家族はいません……とても寂しいです。もちろん沢山の友人はいますが、人生のパートナーといえる魂の伴侶に早く出会いたいと願っています」
アネットが話し終わると、マリナは、「大変だったのですね」と、ありきたりの言葉で慰めた。
「いま、気になる人とか、あなたにアプローチしてくるような異性はいますか?」
マリナはより優しく訊いてくる。
「感じのいい人はたくさんいますが特に気になる人はいません」
アネットは返事をしてうつむき加減になる。
マリナはカードをカットしながら話し始めた。
「運命の出会いってそんなに衝撃的なものではありませんよ。むしろご縁というものは、出会ってから徐々に深まっていくものです。まして、魂の伴侶との出会いは奇跡に近いといわれるほど難しいのですよ」
マリナはアネットをたしなめるように言う。
「でもわたしは運命の出会いともいうべき魂の伴侶と出会いたいのです」
アネットは身を乗り出して言う。
「それでは今後、運命の人との出会いがあるかみていきましょう」
マリナは一瞬、人を蔑むような目をしてアネットを見つめ、カードをテーブルに広げ、両手でシャッフルをはじめた。
カードがよく混ざったところで、彼女はカードを集め手際よくカットした後、そのカードが二つの正三角形を逆に重ねた形となるようにテーブルに並べていった。
カードを並び終えたマリナは一枚ずつ丁寧にめくりはじめ、それが終わると、近くに置いていた天使のカードを手に取り、3回ほど軽くカットして、既に展開されたカードの上に重ねていく。
すべてのカードを展開し終えたマリナはカードのお告げを話し始めた。しかし、マリナはとっさに、アネットを幸せに導くようなアドバイスをしたくないと思った。
マリナにとってもっとも妬ましい存在だった魂を目の前にすると天国にいた時の魂の記憶が疼いたのだ。
マリナはまたしても魂の悪いクセがでてしまい、アネットに嘘のアドバイスをはじめた。「まず十二月に出会いがありますが、十二月に出会う男性は悪魔のご縁で必ず不幸をもたらします。この男性は必ずあなたを不幸にしますので注意してください。運命の出会いは来年の6月になります。この男性は天使のご縁ですから必ずあなたを幸せにしてくれるでしょう。出会いまでまだ少し時間がありますが楽しみに待っていて下さいね!」
アネットはマリナが話し終わるとすぐに質問した。
「来年に運命の出会いがあるのですね……でもその方は魂の伴侶ではないのでしょう?」 アネットが魂の伴侶にこだわるので、マリナは諭すように言う。
「まずこの広い地球上で出会ったということが奇跡なのです。しかも男女として。そういう意味では出会う人すべてがソウルメイトであり魂の伴侶でもあるといえるのですよ」
アネットはなおもすっきりしない。
マリナはアネットが納得できてないことを察していたので話し続けた。
「特別な魂の伴侶にこだわりすぎると大切な出会いを逃してしまうことにもなります。幸せになるにはもっと心を広くもって視野を広げ、いろいろな人とお付き合いしてみることも大切ではないかと思いますよ」
(答えをかえしてくれない)
アネットは黙ってマリナが話し終わるのを待っていた。
「ほかになにかみて欲しいことはありませんか?」
マリナは自分のペースで話せて満足した。
アネットは来なければよかったと思った。
二人は心の中で秘かに対立した。
「とくにありません。よく考えてみます。今日は時間に遅れたのにありがとうございます」 そういうとアネットはさっと席をたち鑑定ルームから出て店を後にした。
サラもアネットを追うようにマリナのお店を出て行く。
サラはいい結果がでたと自分のことのように喜んでいたが、アネットはマリナからいい印象を受けなかった。
アネットはマリナから感じる悪いエネルギーにあてられ、とても疲れを感じた。
「アネット、カフェによって帰ろうよ」
「ごめん、サラ、あたし体調が本調子じゃないの。また今度誘ってね」
彼女はサラのお茶の誘いも断りすぐにアパルトマンに帰ることにした。
いっぽう、マリナも二人がでていった後なぜかイライラし、とくにアネットをみてすぐに虫が好かないと感じた。マリナの天国における魂の記憶が無意識に蘇ったのだから。
マリナは反射的にアネットの不幸を願い、魂から沸きあがる暗黒の感情を抑えることができなかった。マリナの魂のクセ、疑り深く嫉妬深いという魂の悪いクセは人間になってからもなおらず、彼女は地上でも再びピエールとアネットを引き裂こうとした。
マリナはピエールとアネットにかぎらず、せっかくお店に来てくれるどのお客さまにたいしても、虫が好かないと思ったら、わざと不幸になるようなアドバイスをしていた。神様はマリナが愛に目覚め、人々に慈悲深く生きるようにと特別な霊感を与えたのに、マリナは魂の悪いクセをなおそうとせず、いつまでも神様から与えられたチャンスに気付かなかった。




