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別離

 アネットは美術学校の卒業を来年にひかえていたが、今年に入って急に体調が悪くなった父親から「学校を卒業したらアメリカに帰って来て欲しい」と言われていた。父親の健康のことがとても気になるのだが、魂の伴侶との出会いを信じてパリまできたのだ。

 彼女は卒業までになんとか魂の伴侶に出会いたいと願い、毎日神様に「父が早く健康になりますように。そして、卒業までに魂の伴侶にめぐり合えますように」と祈り続けた。 するとある日、アネットは不思議な夢をみた。夢の中には書店で雑誌を見ている自分の姿が出ていて、その雑誌に掲載されている天使のことを綴った童話を熱心に読んでいるのだ。

 その童話の終わりには作者の名前が書いてあったが、はっきり見えなくて、夢はそこで終わり目が覚めた。

 夢を見てからアネットは夢のことがとても気になってしかたがなく。彼女は暇をみつけては本屋に入ってそれらしい雑誌を探してみたが、夢の中にでてきたような雑誌を見つけることはできなかった。

 ところがアネットが夢のことをすっかり忘れかけたある夏の日、たまたま入った書店でなにげなく手にとった雑誌が、なんと驚くべき事に、夢でみた天使の童話だったのだ。

 アネットは天使の童話を読んだ瞬間、その童話はまるで自分に送られた魂のメッセージのように感じ、彼女の魂は激しく疼いた。

 アネットはこんなに魂に響く童話を読んだことは今までになかった。

 作者はピエールとだけ書いてあり、アネットはこの童話を書いたピエールという人に会ってみたいと思った。そこですぐに雑誌社に問い合わせてみることにしたが、その矢先、病気がちだった父親の健康状態が急に悪くなって入院したと、ボストンの祖母から急な連絡が入った。

 アネットは驚き、急ぎ帰国することにした。

 アネットの父親は悪性の癌を患っていたが、父親は留学中のアネットに心配をかけたくないと思い、癌であることを隠していたのだ。幸いにもアネットがボストンの病院で父親と面会した時はまだ少し話すことができた。

 抗がん剤のせいで髪の毛はほとんど無く、痩せていてひとまわり小さくなっていた。

 父親はアネットを呼ぶと聞き取れないほどのかすかな声で言った。

「学校はだいじょうぶなのか」

 父の指先が微かに動いた。

「学校はだいじょうぶよ」

 アネットは父親の耳元で囁くように言う。

「……もう心配しなくて良いから……」

 父親はこくんと頷き、アネットにフランスに戻るようにうながした。

「わたしは大丈夫だから」

 アネットは父親に心配をかけまいとつとめて笑顔でこたえた。

 父親はそれを聞いて安心したのか目をゆっくりとじて眠りについた。

 アネットは父親の意識がまだしっかりしていると感じたので、その日は安心して実家に帰ることにしたのだが、別れはその二日後に突然やってきた。

 アネットがショッピングセンターで買い物をしている時にスマホが鳴った。

 父親の主治医からだった。

「お父さまの容態が急変し危篤に陥っています」

 アネットはすぐに病院に駆けつけた。

 父親は話すこともできないくらい衰弱していた。

 父に呼びかけても、片目を微かに開いてすぐに閉じてしまう。

 アネットは自分がそばにいることを伝えたくて父親の手を握った。

 すると父親の手が死んだように冷たくなっている。

 びっくりしたアネットは、父親の手を温めようと両手で懸命に擦った。

 苦しそうに息をする父親をみながらアネットは、握った手を一生懸命擦り続ける。やがて父親の手は彼女の手と同じくらい温もってきた。

 アネットがすこし休もうとして、そっと手を離しかけると、父は力のない力で手を握り返してきた。

 心細いのだ。

 父親は声をだせないけれど、まだかすかに意識があることがわかった。

 心細がっていると感じたアネットは、そのまま手を離さずにずっとそばについていてあげた。

 横向きになって背中を丸め苦しそうに息をするアネットの父親、脈拍は弱り続け、時間とともに呼吸はこきざみになっていく。

 アネットは父親のそばを片時も離れず奇跡を祈り続けた。

 時計の針が午前零時をまわったころ父親の手から力が抜けていくのが感じられ、ハッとしてアネットが父親の顔をみると、そこには長かった苦しみから解放されて静かに眠る父親の安らかな寝顔があった。

 アネットにとって父親はたった一人の理解者だった。

 再婚もせずにアネットを愛情深く育て、フランスに留学する時、反対する祖父母を説得してくれたのも父親だった。

 アネットは葬儀が終わると父親の言葉どおり、すぐにフランスにもどった。

 美術学校を卒業して画家になることが父親へのいちばんの孝行になると思ったから。

 フランスに戻ってからのアネットは友達の前では普通に振る舞っていたが、父親を失った精神的なショックは大きく、心のバランスを失っていた。

 気晴らしにショッピングにでかけたときでも、街を歩きながらでも、どんなときでも、突然涙がこぼれ、いちど涙がこぼれはじめると、とめどなく溢れ出た。



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