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愛人

 数日後、マリナがバーのカウンターでお客さん相手に話をしていると、クロードがマリナを訪ねて来た。

「マリナさん今日もお美しいですね!」

 クロードは大げさに褒め称える。

「ありがとうございます」

 まんざらでもないマリナ。

クロードはカウンターに腰掛けるとアブサンを注文した。

「マリナさん、この間は助けていただいて本当にありがとうございます」

マリナが何のことだかわからず、きょとんとしていると、

「例の取引先のことですよ。調査会社に調べさせたら、あなたが占った通り粉飾決算していて、かなり大きな欠損と脱税がわかりました。もうじき司直の手が入るでしょう。あのまま契約していたら私の会社まで被害をうけるところでした」

 占いが大当たり、アドバイスも適切だったことを告げられた。

「そうだったのでね。お役に立ててとても嬉しいですわ」

マリナは大物実業家に感謝されたのでクロードに少なからず好意を持った。

 クロードもまた不思議な能力をもつ美しいマリナに魅かれ、その日からちょくちょくマリナのお店に姿を現すようになった。


「あなたの夢を応援させてください」

 クロードはお店に来るたびに、占いのお店を将来持ちたいというマリナの夢の話を熱心に聞いて、いつでも無償で応援すると申し出た。

 実際、お抱えの占い師を雇っている同業者は少なくない。

「嬉しいですわ。でもお気持ちだけいただきます」

 マリナはクロードの申し出を有り難いと思いつつも、今までのお金持ちの男たちがそうであったように、愛人になるのが条件ではないかと警戒する。

「わたしはあなたの才能を世に役立てたいと思っているのです」

 クロードは内心マリナをものにしたいと思っていたが、マリナから警戒されていることもわかっていたので無理強いはしない。

「私は危うくパートナー企業に騙されて、莫大な損害を出すところをあなたのアドバイスで免れました。そのお礼としてお店を出すことを応援させて欲しい。これは私たちお互いにとってフェアなビジネスだ」

 したたかなクロードは見事な提案を持ちかけた。

(こんな安酒場にいる墜ちた女を、この大金持ちは対等なパートナーとして認めてくれた)

 マリナはそう思うと自尊心を激しくくすぐられ、クロードに強い好感を抱いた。しかし警戒心は解かなかったのだが。

 

 数日後、マリナはとうとうクロードの申し入れを受け入れてしまった。

(リュカの経済力はあてにならない。今までどん底の人生を歩んできた自分が、底辺から這いずり上がる千載一遇のチャンス)

 マリナはそう思うと迷いは無くなった。

(私の占いのおかげでクロードは莫大な損害を被ることがなかった。そのお礼としてお店を出してくれるというのだ。これは対等なビジネス)

 こうしてクロードの巧みな作戦は成功したのだ。

 マリナをものにしたようなものだった。

 マリナからお店を出して欲しいといわれたクロードは、さっそくマリナを誘い二人で物件を探しに出かけた。

 数日後マリナから「理想とする物件をべルシー・ヴィラージュで決めたので不動産屋と契約する」との連絡を受けると彼はすぐに開業資金を含めたかなりの現金をマリナに渡し、その場で彼女の口座と不動産会社に振り込ませた。金の出所を掴まれないために。

 半月の突貫工事でマリナ念願の占いの店はオープンした。

 マリナはカフェバーの仕事をやめ、まさに人生の春が訪れた思いだったが、リュカには後ろめたい気持ちで何も話せなく、今までどおりバーに通っていることにした。


 マリナのお店はパリ十二区のべルシー・ヴィラージュというショッピングモールの中にオープンした。

 ここは昔ワインの倉庫街だったところで、ブティックやレストランが入るテナントは、レンガ造りのワイン倉庫をそのまま活用したお洒落なお店ばかり。

 マリナの店も天使のカードや天使の絵、置物、アクセサリー、本など、天使に関する商品を数多く揃え、占いの店というより、まるでブティックのように綺麗で可愛い店だ。スタッフも若い大学生の女の子を二人ほど雇い、マリナは店の奥で占いに専念することができた。

 店の二階に事務所兼住居があり、ときおりクロードが尋ねてくるとここで仕事の打ち合わせをした。仕事が遅くなるとマリナはここで寝泊まりをしたが、リュカにはバーや友達の家にいると適当に誤魔化した。

 

 クロードの後押しもあってオープン初日からマリナの店は大盛況だった。

 マリナは自分の実力だけで店が繁盛していると思うほど愚かではなかったが、クロードの圧倒的な経済力は天国の揺りかごのようにマリナを夢見心地にした。

 ところが三ヶ月も経つと資金繰りが厳しくなって、クロードを頼らざるを得なくなり、マリナはお金ほしさにいともたやすくクロードの愛人になってしまった。

 マリナはお金のために身を売り、世間では愛妻家といわれる偽善者クロードの愛人に成り下がった。愛人になってからのマリナは、クロードから見放されるのが怖くてリュカのことを隠し続け、リュカにもクロードのことを隠し続けた。手に入れた大金や地位を絶対に手放すまいと必死になる今のマリナは、物欲に縛られた哀れな女奴隷のようだった。



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